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第7話 契約と火花

銃口は眉間に触れたまま、微動だにしない。

大柄な影は沈黙していたが、その沈黙自体が圧迫だった。


その圧を割るように、シキは小さく笑った。


「撃つ前に、一つだけ確認させろ」


「……死に際の台詞か?」


「いや。むしろ、あんたが死ぬ話だよ」


シキはゆっくりと視線だけを横に流し、黒い鉄塊――船体を示した。


「そのMourner、今のままじゃ動かない。

 推進ユニットは左右で世代が違う。制御バスも不統一。

 エネルギー配分のルートは最低二カ所でループ。

 ――このまま点火すれば、数十秒で反転爆発だ」


男の呼吸が止まった。


わずかに銃口の圧が緩む。


「……お前、なんでそんなことが分かる」


「簡単。俺が“起動シークエンス”を持ってるからだよ」


沈黙が重く落ちた。


銃口が明確に下がりきるまで、シキは一歩も動かない。


「レイナから預かったデータは座標だけじゃない。

 このスクラップ船を統合制御するための“ドライバ”が入ってる。

 つまり――」


シキはゆっくりと男の顔を真正面から見据えた。


「俺を撃てば、この船はただの鉄屑だ。」


男の手が止まる。

迷いと驚きが混ざった気配が、無骨な装甲越しにも伝わってくる。


その沈黙を破ったのは、低く押し殺した声だった。


「……レイナ。あいつの知り合いか」


「知り合い?」


「ああ。“借り”がある」


男は舌打ちし、ヘルメットのロックを外した。

露わになった顔は傷と油と疲れの混じった、典型的な技術屋の顔だった。

だが目だけは鋭い。“命より機械が先に来る人間”の目。


彼はシキを、義体の関節から瞳孔の色まで一度に解析するように見た。


「……その義体、いい改造してるな。

 反応速度も最適化されてる。肘関節の癖は……“改造者の趣味”だな」


「やっぱり分かる?」


「分かるさ。腕のいい技術屋の匂いがする」


「レイナだ」


「だろうな」


男は銃を完全に下ろし、腰のホルスターへ戻した。


その瞬間、空気の質が変わる。


「で? どうするんだ、ハッカー」


「簡単だよ。あんたと“契約ディール”を結ぶ」


「ほう」


男はわずかに口角を歪める。

アークの管理下では決して存在しない、外側だけのルール――契約。

それは金よりも強く、暴力よりも信用できることがある。


「運賃は?」


「船のチューニング」


シキはMournerを顎で示す。


「あの鉄の亡霊を最適化してやる。

 その代わり、あんたが俺を運ぶ」


「ハッ、技術屋でもないくせに」


「義体を見て分かるなら、俺の腕も推測できるだろ?」


男は数秒黙り込み、やがて肩を落とすように笑った。


「……認める。お前は使える。


ゲイル・ヴォルコフだ。運び屋でも整備士でも、好きに呼べ」


「シキ・ツキミヤ。客でもハッカーでも、どっちでもいい」


硬い握手が交わされた。


「よし。契約成立だ、シキ」


「じゃあ、動かそう。あのデカブツを」


ゲイルは鼻で笑いながら、


「ついてこい。見せてやるよ、俺の棺桶の中を」


と言い、船内へ向かった。


 


中へ入ると、外観以上のカオスだった。


むき出しの配線、焦げたチューブ、火花を散らす接続部。

アナログ針の計器が、死んだ時計のように止まったまま壁に埋め込まれている。


「ほんとによくこれで死んでなかったな」


「死にかけたことなら何度かある」


ゲイルが自嘲する。


シキは中央のメインコンソールに歩み寄り、ポートに指を触れた。

義体内部の端子がカチリと噛み合う。


「……データ投入する」


「やれ」


視界の奥でコードが走り出し、

死んでいたセンサーが次々に再起動する。


――パルス異常修正

――制御バス、同期化

――推進制御、リンク確立

――熱交換ユニット、作動域に到達


金属が悲鳴のように震えた後、船体が低く唸り始めた。


ゴォォォォォォ……ン


骨を震わせる重低音。

空気が震動し、古いネジが振動でカタカタと歌い始める。


「……おいおい、本当に起きやがった」


「言ったろ。動くように作ってあるって」


ゲイルは操縦席へ飛び乗り、いくつものスイッチを叩く。


「推力チェック! 出力安定化! ……クソ、全部生き返ってやがる!」


「褒めてるのか?」


「当然だろ。技術は正直なんだよ」


その瞬間――。


巨大ドックの扉が重々しく開き、外の光が差し込む。

同時に、耳を裂くような警告音が鳴り響いた。


キィィィィィィィィン――!!


「……アークの監視が来たな」


「思ったより早い」


「神は暇だからな」


白い監視ドローンの群れが一斉に突入してくる。

光学センサーが赤く瞬き、こちらをロックオンする。


シキはわずかに笑う。


「じゃあ行こう。“神の外側”へ」


「座れシキ! 推力三段階――点火!!」


船体が跳ね上がり、重力が胸を潰しにかかる。


轟音、振動、火花。

アークの白い監視網を抜ける軌道へ向けて、鉄の亡霊が吠えるように加速する。


シキは振動の中で呟いた。


「これでやっとだ。境界の外へ」


ゲイル・ヴォルコフが笑い返す。


「歓迎してやるよ、ツキミヤ。ここは神の手が届かない場所だ」


 Mournerは、赤い警告灯の中を突き破り、宙へと跳ね上がった。

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