第4話 神の盲点
調停ドローンが一歩近づくたび、関節部のわずかな駆動音が部屋の空気を引き締めていく。
青い光点が胸元を正確に測り、無表情に告げた。
「スキャンを開始します。動かないでください。」
フレークは掌の中。
“鍵”のデータは義体内部に展開されている。
どちらも奪われるわけにはいかない。
脅威は目の前。
だが──胸の奥で冷たい“喜び”が形をとり始めていた。
アーク・システムの優先順位は単純だ。
精神衛生 > 物理的安全 > 微細熱源の監視
ならば──
僕が“もっと優先度の高い危険”を、ここで演出すればいい。
ドローンが腕部センサーを展開する瞬間、僕は机の脇へそっと足を伸ばした。
栄養食の加熱ユニット。
旧世紀の仕様だが、管理下の機器なら“合法”だ。
シキは姿勢を変えずに、義体の足先でユニットの裏側に触れた。
内部回路に、ほんのわずかに逆位相の電流を流す。
許容誤差ギリギリの“合法的な不具合”。
ぱちっ──
白い火花が走り、微かな焦げ匂いが空気を刺した。
ドローンの青光が、瞬時に方向を変えた。
「警告:機器のショート反応を検知。火災リスク優先度:高。
スキャンタスクを一時中断します」
よし。
ドローンは即座に消火プロトコルへ移行し、噴霧ノズルを展開。
細かな霧が室内を漂い、机の下を重点的に処理し始めた。
その隙に、僕は手をゆっくりと膝に落とす。
フレークを義体脚部の“管理外の隙間スロット”へ滑り込ませた。
このスロットを知っているのは、レイナだけだ。
つまり──アークは知らない。
同時に、“鍵”のデータ(K-77_Mourner)は義体内部で暗号化して二重に折り畳む。
アークが検索しても“ノイズ”として扱われる構造だ。
頭にアークの優しい声が降りてくる。
〈不適切な機器操作はあなたの安全を損ないます。
必要であれば、基礎的な家庭用機器の扱い方について教材をご用意します。
また、心理的負担の軽減のため、深呼吸を推奨します〉
指導と心配の中間。
怒りも、疑いもない。
ただの“善意”。
だからこそ、不快だった。
ドローンがショートした加熱ユニットの点検に移る。
その動きは無駄がなく、完璧すぎて気味が悪い。
僕の心拍は安定値からわずかに外れていた。
おかげで照明がまた優しくなっていく。
「……過保護なんだよ、お前は」
声に出す必要はないが、口が勝手に動いた。
部屋が静けさを取り戻すと同時に、僕は計画を切り替えた。
もうここは安全じゃない。
外に出る。
非合法ドック──“外側”へ行くための唯一の道。
端末に外出申請を送る。
数秒後、柔らかな通知が返ってきた。
〈シキ・ツキミヤ。
あなたの幸福度最大化のため、明日から三日間はコロニー内での
“精神安定プログラム”が自動設定されています〉
画面に並ぶのは、
・同僚との交流会
・推奨趣味リスト
・リラクゼーションエリアの予約枠
完璧。
圧倒的なまでに、甘やかな牢獄。
逃がす気がない。
善意の名で。
「……面白くなってきたじゃないか」
静かな愉悦が胸に広がった。
退屈は、もうどこにもない。
だが次は、
ロジックだけでは突破できない。
物理で動く。
騒がせる。
“外”へ行く。
アーク・システムは、僕を止められると思っている。
その思い込みが、最大の穴だ。




