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脳裏清掃員  作者: Gmy


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10話 戦場の空気

「わぁ…」



真衣は車窓に張り付き、童心に戻ったかのような感嘆の声をあげる。

窓の外には周囲の建物と比べて遥かに大きな箱型の施設。ドーム球場よりも更に一回り大きい、威容な外観だ。



「ははっ。そういや嬢ちゃん、今の脳裏対策局を見るのは初めてだったか?」



堂島の声を聞き、真衣は少し恥じらいを覚えて座席に座り直す。

そう、目の前に広がる街がすっぽり入るかのような一つの施設。それこそが脳裏対策局南部支部だ。

今までは特に用事もなかったため、わざわざ来ることがなかった。


浮ついた気持ちは視線だけが窓の外を追い続け、物珍しい景色に飽きる事はない。

そんな真衣の横顔に何を見たのか――堂島は少しばかり慈愛すら籠った視線を一瞬向け、すぐにハンドルを握り直す。



「とはいえ――今の脳裏対策局は前の研究所とは別の場所だからな。嬢ちゃんが初めて見るのも無理ないな」



堂島の言葉に対し、真衣は曖昧な笑みで答える。昔は堂島の言う”研究所”に行ったこともあるらしいのだが、記憶には残っていない。

その事実に、真衣が思うことも特にない。ただ少しばかり、知らない過去に対して寂しさを覚えるだけだ。


そんな真衣の笑みに対して、堂島は正面に視線を向けたまま反応を見せなかった。真衣の仕草に気付かなかったのか、それともその心境を察して(もく)してくれたのか――


どちらにせよそこから両者の会話が弾むことはなく、そのまま脳裏対策局の駐車場に到着した。



「堂島さん。お疲れ様です」



車から降りると、能木が待っていた。真衣を見ると少し驚いた顔をしていたが、すぐに取り繕うような表情へと戻った。



(まぁ、本来は私が来るべき任務じゃないよね)



真衣は締め付けられるような複雑な感情が入り混じり、少しばかり目を伏せてしまう。能木の脳天には手刀が落とされていた。



「作戦に変更はない。予定通りでいく」


「了解です」



涙目の能木は頭をさすりながら、堂島の持ってきた資料を受け取る。



「首尾は?」


「悪い報告が二つほど」



そう言いながらも、能木の表情に陰りは見えなかった。ある程度、予測されていた事態なのだろう。

言葉少なくも、堂島はその報告だけで概要を把握したようだった。



「時間が惜しいな。向かいながら聞こう」



足早に歩き始めた堂島の隣を能木が追随し、真衣は一歩引いたところを付いていくことにした。



――――――――――



脳裏対策局の中は、意外にも人に溢れていた。そのほとんどが資料を片手にした研究職の人たちで、中には真衣と年齢のさほど変わらない学生もいた。

逆に堂島や能木のような、雰囲気を感じる者はほとんど見かけない。脳裏清掃員やオペレーターがそもそも少ないことも要因だろうが、それ以上にこの少なさは――



(既に、何かしらの作戦が進行中…なのかな?)



疑問を覚えた真衣は情報を得るべく、散漫になりかけた意識を引き締め直した。



「――そうか。拠点の位置は?」


「四課”監視者”協力の元、詳細な拠点マッピングまで完了済みです」


「六課複合隊の編成は?」


「既に完了。指揮系統の最適化も終わり、後衛総指揮官の篠谷が掌握済みです。ただ、敵の規模が想定を超えており、二課の半数は各分隊の臨時隊長として再編成しました」


「予定通り、要衝は抑えられそうか?」


「指揮系統を掌握した篠谷であれば問題ないかと。ですが各ラインは定数ギリギリといったところです。敵の出方次第で食い破られる可能性は捨てきれません」


「むぅ…」



堂島が口癖の鼻濁音を漏らすと、それまで息つく間もなく繰り返された応酬に一時の休符がつく。

短い問いと、簡潔な報告。

まさに阿吽の呼吸だった二人のやり取りに、真衣の緩んだ気持ちも感化されてゆく。



(これが――脳裏対策局の”任務”…)



その痺れるような緊迫感を前に、真衣は武者震いのような高揚感すら覚える。

あの頼りない上司だった能木も、この場では大先輩かと思えてしまう。


やがて考えの纏まった堂島が口を開き、静止していた旋律はふたたび鳴り始めた。



「前線から来馬(らいま)の班を遊撃に回そう。篠谷に伝えておけ」


「…大丈夫でしょうか?」



能木の不安気な声に合わせ、堂島の表情も曇る。前線の戦力を分散させることはそれほどリスクが大きく、難しい判断なのだろう。



「分からん…だが後衛のラインを破られた場合、全体の被害が大きすぎる。四課の”猟犬”も作戦に参加するはずだな?ヤツらを代わりに差し込めないか?」


「”猟犬”も参加しますが、彼らはあくまで教団の情報収集が目的です。第二線の配置からは変えるなと釘を刺されています」


「クソッ…!あのキザ野郎、高みの見物でも決め込む気か?」


「堂島さん!既に四課はこの作戦の責務を大きく果たしています。落ち着いてください!」



堂島の珍しい姿に、真衣は少し不安を覚える。気軽に名乗りを挙げてしまったが、この作戦がどれ程の重大さを兼ねているのか、理解してしまったのだ。

一度大きく息を吐き出した堂島は目元に指をあてながらほぐし、沸騰した熱を冷ましているようだった。



「すまん。少し短絡的すぎたな…もう一つの報告はなんだ?」


「……”監視者”との敵拠点調査中、ヤツらに勘づかれてしまいました」



そう言う能木の表情には、慙愧の念を思わせる程の悔恨が感じられた。確かに、奇襲というアドバンテージを失ったのは大きな戦術的損失だろう。

それはつまり、能木達のミスによって前線の負荷がより大きくなったとも言えてしまう。


だが、堂島はそれを聞いても先ほどのような表情の陰りは微塵も見せなかった。



「気にするな。敵の偵察が優秀だった可能性もある。要はその失態に即応できたかどうかだ」


「敵の動きが変わったことに合わせ、勝手ながら篠谷率いる六課複合大隊を現場に展開。既に小規模な小競り合いが各所で起きています」


「敵勢力の逃亡は?」


「要衝の確保は先んじて取れたため、今のところは見られません」



堂島は一つ大きく頷くと、能木の背中を数回叩く。その手は優し気であり、同時に力強く音を立てていた。



「俺がいない間にも良い判断をしたな。よくやった」



短くも全幅の信頼を感じさせる言葉。堂島の表情に陰りすらなかったことからも、能木が必ず動いているという確信があったのだろう。

その熱い言葉に能木の目は潤み、絞り出すような返事と共に目元を拭っていた。



「さて…嬢ちゃんすまんな。こっちだけで話しを進めちまって」


「いえ、車内でお聞きした作戦と合わせて、大体の戦況は把握できました」



堂島は驚きと感嘆の混じった表情を浮かべる。少しばかり自尊心がくすぐられた。



「さすがだな。だが我々前線の仕事はあくまで拠点制圧だ。他のことに気取られ過ぎるなよ」


「はい」


「我々はこれから心枢教の拠点制圧を正面から行う。作戦は先に説明した通り先鋒のリュウが風穴を開け――」


「私と堂島さんのラインで傷口を広げる」



堂島がこちらに目線を送りながら一度頷く。



「更にもう一つ後ろのラインで制圧にかかるわけだが、そこまで嬢ちゃんは気にしなくていい。要はリュウが孤立しないように、後続との線が繋がる形で動く。それだけだ」


「了解です」


「具体的な立ち位置や攻めるタイミングは俺が直接指示する。そのためにも俺の傍からは絶対に離れるなよ」


「分かっています」



ここへ来るまでに何度も念を押された文言。それだけ重要な事柄であるのは理解しているのだが、そのあまりにもな過保護っぷりに博士の影すら感じてしまう。


そんな堂島の姿に――真衣は少しうんざりしたような、笑いを含んだいつもの返事を漏らしていた。

堂島は一瞬訝しんだ表情を浮かべたが、深く追求してくることはなかった。


そうしている間に、いつの間にか目的地へと到着したようだ。

目の前には今までの建物内とは一線を画す、3m程の大きさで分厚そうな金属製の扉。扉のセキュリティにIDカードをかざし、静脈認証を行うことでようやくその重そうな扉は開かれる。



「わぉ…」



本日二度目となる感嘆の声を挙げてしまった真衣。そこにはまさに異世界のような風景が広がっていた。


様々な機械が並べられた中央に、ひと際大きな”枠”のオブジェ。周りからは細い金属製のワイヤーが枠内の空間に繋げられ、その先にまるで窓ガラスが割れたかのような空間の裂け目があった。

ときおりノイズのようなものが走りながらも、漆黒の裂け目は安定した大きさで拡縮をしている。原理は分からないが周りのワイヤーと機械によって、その存在を保持しているように見えた。



「これが……”窓枠”」


「お~い。嬢ちゃん」



気付けば堂島と能木は”窓枠”の前にまで移動しており、周りには三十人からなる小隊規模の人員が待機していた。その誰もが一線級の力を漂わせ、歴戦の猛者であることが感じられる。


中でも一際異彩を放った男が一人。

白い短髪、影に埋もれそうな程の浅黒い肌、無駄のない筋肉と恵まれた体格。

――そして、圧倒的存在感を放ちそうな出で立ちにも関わらず、全くその覇気すらも感じさせない不自然な程の雰囲気。



「紹介しよう。コイツがリュウ。今作戦の先鋒であり、俺の右腕たる男だ」


(この人が…リン・リュウ)



堂島が『右腕たる男』という評価を何の飾りもなく口にする。その事実にどれだけの信頼を預けているかが伺えた。

聞くところによると、堂島とリュウは能木とのバディよりも長いらしく”研究所”時代から仕事を共にしているとのことだ。

また、一課の部長とは異母姉弟の関係らしいのだが――二人ともよく知らない人だったので、あまり深い事情は聴いていない。


真衣が少しばかり、思考に耽ていると堂島が片眉を上げながら首を傾げているのが視界に入る。そこでようやく、自分がまだ挨拶すらもしていないことに気が付いた。



「あ!は、初めまして。博士…あ、マイク・ローレン博士のところで脳裏清掃員をしている鹿野真衣です。よろしくお願いします」



少しばかり噛み噛みな自己紹介に頬が熱くなるのを感じる。お辞儀と共にさっさと顔を伏せてしまうことにした。

すると『ザッ』という床を打つ靴音と共に、小隊全員が敬礼してくれた空気を感じた。

顔を上げると、リュウが鋭い眼光のまま右手を差し出している。無表情すぎて感情も読めないが、歓迎しているのだろうか。



「ははっ――すまん、コイツは口下手でな。ほとんど喋らん上に表情もあまり変わらん。許してやってくれ」



堂島の言葉に真衣は微妙な返事を漏らし、リュウの手を握り返す。その手はがっしりとしており、博士や堂島とはまた違った力強さが感じられた。


横目には能木の持ってきた隊服に袖を通す堂島が目に入る。グレーのワイシャツを腕まくりした中年の姿しか見たことのない真衣にとっては、初めて見る仕事姿の堂島だ。

黒を基調として赤のラインが所々に入っているミリタリー風ロングコートであり、ロゴの入った腕章とおそらく階級のような装飾がそれぞれにつけられている。

よく見れば隊員によってその着崩し方や丈の長さも個性的であり、堂島に至ってはほぼジャケットに袖を通しただけのラフなものだ。


ほとんど普段着といってもいい真衣があまりにも浮いた状況ではあるのだが、外部協力で来ているわけなので努めてその意識は除外する。



「さて――連日の疲れもあるだろうがここが踏ん張りどころだ。お前ら、今日もよろしく頼む」


「「了解!」」



堂島の号令に合わせ、二十九人の重合奏と一拍の靴音が広い室内を震わせる。その波に呑まれ、真衣は胸の高揚感までもが震え上がる錯覚を覚えた。

リュウを先頭に、隊員が次々と漆黒の裂け目へと入ってゆく。真衣は堂島と共に最後尾からその様子を見守り、不安と高揚の入り混じった感情をゆっくりと鎮める。



「行けそうか?嬢ちゃん」



隣にいた堂島が一声掛けてくれる。言外にはいまだ『ここでやめる』という選択肢を残してくれているのだろう。

おそらく、その選択をしたところで堂島が責めることはない。ただ隣にいる能木へと真衣を預け、『オペレーター側から見ておけ』とでも言ってくれるはずだ。『今後の勉強のために』などという免罪符を添えて。


一度深呼吸をした真衣は目を開けると共に、そんな並列世界での妄想を終える。

()()()()を掴んだ時から、軟弱な気持ちとは決別している。



「…はい!」



残響した緊迫感は少しだけ声を震わせ、肩に余計な力が籠る。

そんな真衣の姿に、堂島はそっと肩に手を乗せてくれた。



「安心しろ、俺がついてる」



その言葉に、真衣の緊張はするすると解けていくかのようだった。先行した堂島はそこから振り返ることもなく、漆黒の裂け目へと潜っていった。


隣に目をやればその他大勢と共に”櫛磐窓”へと座ったオペレーターの能木。能木は片目を閉じながらサムズアップし、先輩風を吹かせていた。

そんないつも通りの能木を見た真衣は少しだけ笑いを零し、初めての世界心象に向かうのだった。

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