正義の犠牲
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レミナス村は、血に染まっていた。
ただし、村人の血ではない。
「二十三人……」
村長が、震え声で呟いた。
「盗賊団の二十三人を、たった一人で……」
倒れ伏す盗賊たちは、皆同じように喉を掻き切られていた。
血は凍り、地面に黒い染みとなって残る。
炎に焼かれた痕跡も、折れた扉もない。
まるで“清掃”のような戦いだった。
だからこそ、恐ろしかった。
いや、戦いとすら呼べなかった。
一方的な処刑。
盗賊たちの顔には、恐怖が貼り付いていた。抵抗する間もなく、理解する間もなく、ただ裁かれたのだ。
アルトは剣を拭いていた。丁寧に、愛おしそうに、まるで恋人の髪を梳くように。
「悪は断たれました」
一拍の静寂。
そして、次を問う。
「他に、悪は……?」
村人たちは顔を見合わせた。
救われたはずなのに、なぜこんなに恐ろしいのか。
正義が行われたはずなのに、なぜこんなに寒いのか。
「あ、ありがとうございました」
村長が、かろうじて礼を述べた。
アルトは答えなかった。ただ、地平線を見つめていた。
その視線の先に、世界そのものの罪を見ているかのように。
村の少女が、母親の袖を引いた。
「お母さん、勇者様は私たちが呼んだの?」
母親は答えられなかった。代わりに、目を逸らした。
そう、彼女らが呼んだのだ。
――誰か助けて、と。
アルトが立ち去った後、村人たちは集まった。
「あの目……見た?」
「ああ……まるで」
「死んでいるみたいだった」
老人が杖をついて立った。
「わしらが、あの青年をああしたんじゃ」
「どういうことだ、爺さん」
「三年前を思い出せ。彼が聖剣に選ばれ勇者が誕生した時、何と願った?」
村人たちは、顔を見合わせた。
「それは……」
「あの青年が、その犠牲じゃ」
若い母親が、震え声で言った。
「でも、盗賊団は確かに悪党だった」
「そうじゃ。だが……」
老人は、血溜まりを見つめた。
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