極寒の玉座
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玉座の間は、まるで墓所のように冷え切っていた。
石造りの床に、アルトの足音が小さく反響した。
壁に掲げられた王家の紋章も、どこか色褪せて見える。
暖炉は消え、燭台の灯火すら揺れていない。
この玉座の間が、栄光ではなく“死を告げる場所”に変わってしまったかのようだった。
老王エドワード三世は、かつての勇者を見つめた。
三年前、少し不安そうに旅立った青年の面影は、もうどこにもなかった。
「……よく、戻った」
王の声が、空虚に響く。
「魔王は討ち取りました」
アルトは膝をつかなかった。ただ立って、報告した。まるで、もう誰にも膝を折る価値を見出せないかのように。
「四天王は?」
「全て」
「魔王軍は?」
「はい」
簡潔な報告。まるで、天気の話でもしているかのような平坦な声。
「そうか……世界は、救われたのだな」
アルトの唇が、かすかに歪んだ。笑みとも、嘲りともつかぬ表情。
「陛下、魔王は死にました。……けれど、世界はまだ沈黙していない」
その瞳が、玉座の間を見渡した。
大臣たちが、息を潜める。
まるで、獲物に狙いを定められた小動物のように。
「皆、悪を抱えている。罪を隠している」
アルトの視線が、一人一人の顔を舐めるように通り過ぎていく。
財務大臣が顔を青ざめさせた。横領の罪を、まるで見透かされたかのように。
近衛隊長が目を逸らした。賭博場への出入りを、知られているかのように。
「勇者殿、休息を……」
宰相ガレスの声が震えた。
「休息」
アルトは、その言葉を噛み締めるように繰り返した。
「誰が悪を裁くのです」
静寂が、玉座の間を支配した。
「私は行きます。北の村で、盗賊団がうろついてると……」
「勇者殿」
王が、震える声で呼び止めた。
「もう……十分ではないか」
王の声は懇願にも似ていた。
アルトは振り返らなかった。
扉の閉まる音が、葬鐘のように響いた。
宰相ガレスは、こめかみに汗をにじませながら囁く。
「彼が……あのまま、すべての“悪”を斬り続けるとすれば……」
バルトロメウス騎士団長が、ぎりと奥歯を噛んだ。
ガレスが、小さく呟いた。
「……我々が彼に、ああなれと願ったのだ」
「しかし、ここまでとは」
バルトロメウスが、拳を震わせた。
「覚えているか、三年前を。民衆の声を」
皆が、記憶を辿った。
『悪を1つ残らず滅ぼして!』
『どんな手段を使っても構わない!』
『慈悲など無用、魔族は皆殺しに!』
あの時の自分たちの言葉や期待が、今、牙となって返ってきていた。
王は、深いため息をついた。
「もはや、勇者は……」
「魔王以上の脅威となりつつあります」
ガレスが、王の言葉を継いだ。
「しかし、どうすれば……」
「誰が、魔王を倒した男を止められる?」
重い沈黙が流れた。
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