第九話『包囲網を抜けろ』
ネオン・ハーバーの外周域に、重苦しい静寂が漂っていた。
連邦軍の哨戒艦『アルテミス』が宙域に居座り続けているせいで、普段は自由な空気の漂うステーション全体が緊張を帯びている。
「外の様子はどうだ?」
操縦席で腕組みをしていたルカが尋ねると、フィズが状況を伝える。
「アルテミスはまだ周囲を巡回している。明らかに我々の動きを待っているな」
「くそ、よほど積荷に執着してるらしい」
そう呟いた時、通信端末が着信を知らせた。ルカが渋々通話に応じると、マクスウェルの声が響いた。
『準備は整った。指定された宙域に、可能な限り早く積荷を運んでくれ。座標は今送った』
「ああ、分かったよ。ただ、軍艦が睨みを利かせてる中をどう突破するか、それが問題だな」
『その点については手を打った。5分後に陽動作戦が始まる。その混乱を利用してステーションを脱出してくれ』
「陽動だと?」
『小規模な偽の襲撃を演出する。アルテミスはそれに気を取られるだろう』
「ずいぶん手際がいいな」
『こういう事態は想定済みだ。では、頼んだぞ』
通信が切れると、フィズが苦笑するように呟いた。
「やはり相当怪しい組織だな」
「だが今は乗るしかない」
ルカはアイラに振り返った。
「そろそろ出る。いいな?」
「ええ、大丈夫よ」
アイラの返事には動揺がなく、落ち着いた視線を返してくる。ルカは小さく頷くと、操縦桿を握った。
「フィズ、ゲート管制に連絡を入れろ。緊急出航の許可を取れ」
「了解」
フィズが手早く通信を取り、ネオン・ハーバーのドックゲートが再び開放された。
だがその直後、アルテミスがこちらの動きに反応し、素早く旋回を始めたのが見えた。
『スカベンジャー、そちらの動きを捕捉した!即刻停止しろ!』
再びレイラ艦長の声が通信回線を通して響く。ルカは苦笑した。
「悪いが、それは無理な相談だ」
『これは最後通告だ。強行突破すれば敵対行動とみなす!』
「もうとっくに敵対してるようなもんだろ?」
ルカは通信を切ると、迷わずにスロットルを押し込んだ。スカベンジャーは猛烈な速度でゲートを抜け、宇宙空間へ飛び出す。
「フィズ、陽動はまだか?」
「あと20秒だ。持ちこたえろ!」
「仕方ねえ、耐えるぞ!」
アルテミスからの砲撃が始まった。スカベンジャーは巧みな機動で回避するが、距離は確実に詰められている。ルカは操縦に集中しながら、汗ばんだ手を拭った。
「あと5秒……3、2、1!」
その瞬間、別の方角で突如複数の小型船が現れ、派手なレーザー砲撃をアルテミスに向けて浴びせた。アルテミスは即座に応戦するために旋回を始めた。
「マクスウェルの陽動作戦だな!」
「今だ、一気に突っ切る!」
ルカは叫び、操縦桿を全力で押し込んだ。スカベンジャーは全速力で宙域を横切り、小惑星帯に突入した。
後方ではアルテミスが小型船との戦闘に追われているのが見える。陽動は上手くいったらしい。
「積荷の目的地まで、あとどれくらいだ?」
「最短ルートなら15分だ。ただし、アルテミスがいつまでも騙されるとは限らない」
「分かってる。できるだけ急ぐぞ!」
ルカは小惑星帯を駆け抜け、指定された宙域を目指した。背後からの追撃は一時的に途絶えたが、それが長く続かないことは明らかだ。
緊張した数分間が過ぎ、ようやく目指す座標付近に到着すると、小さな研究ステーションが視界に現れた。マクスウェルの組織が所有する秘密施設だ。
「到着だ!」
ルカが操縦桿を握り直し、ステーションの格納庫へ近づくと、すぐに通信が入った。
『スカベンジャー、積荷を確認した。速やかに格納庫へ着艦せよ』
「了解」
スカベンジャーが格納庫内へ滑り込み、ようやく船を停止させると、ルカは深い息を吐いた。
「これで終わりか?」
「終わりだといいがな」
フィズの不安げな言葉にルカは小さく頷いた。その時、格納庫に再びマクスウェルが現れた。
「さすがだ、ルカ船長。約束通り、これで君は自由だ。報酬も指定口座に振り込んだ」
「それは結構。だが軍の追及はどうする?」
「それはこちらで対処する。君たちはしばらく宙域を離れることを勧めるよ」
「言われなくてもそうするさ」
ルカは操縦席から立ち上がり、アイラと目を合わせた。アイラもまた、安堵と緊張が入り混じったような表情を浮かべていた。
だがその瞬間、ステーション全体を揺るがすような激しい衝撃が起きた。
「なんだ!?」
マクスウェルが驚愕の表情を浮かべ、ルカは操縦席に戻って状況を確認した。
「アルテミスだ! もうここまで追ってきたのか!」
モニターには、猛烈な勢いでステーションに接近するアルテミスの艦影が映っていた。
お気に入り登録や感想をいただけると、すごく励みになります
どうぞ、よろしくお願いします!