第八話『闇の取引』
「共に責任を背負え、だと? 冗談じゃないぜ」
ルカはマクスウェルを睨みつけながら、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。
しかしマクスウェルは悠然としたまま、軽く肩をすくめるだけだ。
「冗談ではないよ、ルカ船長。この積荷を輸送したことで、君はもう連邦軍から目をつけられている。彼らにとって、君は機密を盗んだ犯罪者同然だ」
「盗んだ?ふざけるな、あんたらが勝手に裏取引した結果だろうが!」
ルカが声を荒らげると、周囲の警備員たちが一瞬ピクリと反応した。だが、マクスウェルは冷静に手を挙げ、部下たちを制止した。
「そう興奮しないでくれ。今、私たちが争っても何の解決にもならない」
そう言うと、マクスウェルはゆっくりとルカに近づき、静かな声で言った。
「そもそも君がこの仕事を引き受けた時点で、こうなる可能性は理解していたはずだ。アイラさんからの説明は曖昧だったかもしれないが、君のような腕利きの傭兵が、裏の事情を想像できないはずがない」
「悪かったな。だが俺は金で動く人間だ。裏で何が起きてようと知ったことか」
「だからこそだよ、ルカ船長」
マクスウェルは笑みを深めて話を続ける。
「我々の計画に最後まで協力してくれるなら、十分すぎるほどの報酬を約束しよう。積荷は重要だが、もっと重要なのは君という人材だ」
「……人材?」
「そうだ。君の戦闘能力、操縦技術、そしてこういった事態を切り抜ける機転。我々の組織には君のような人間が必要なんだ」
ルカは唇を歪めて苦笑した。
「悪いが、俺はあんたらの組織に入るつもりはない。自由に生きたいんでな」
「加入を強要するつもりはないさ。ただ、今回の積荷の件だけでも、最後まで協力してくれればそれでいい。後は好きにすればいい。報酬は三倍にする」
「……三倍?」
その言葉にルカは思わず眉を跳ね上げた。背後でフィズが小さく囁く。
「君の欲に付け込んでるな」
「黙ってろ」
ルカは吐き捨てたが、内心では心が揺れていた。この厄介ごとに関わってしまった以上、タダ働きで終わらせる気は毛頭ない。
「いいだろう。だが俺は軍の追跡をかわすのに精一杯だ。次はどんな仕事だ?」
「シンプルだ。連邦軍のアルテミスはまだ宙域に留まっている。だが、彼らがネオン・ハーバー内で直接動くことは難しい。我々が必要なのは、彼らの目を盗んで積荷をステーション外へ運ぶことだ」
「運び出す? どこへ?」
「宙域外縁にある私たちの研究ステーションだ。そこで積荷を受け渡せば、君は自由だ」
マクスウェルは淡々と説明したが、ルカは直感的にさらなるトラブルを予感した。
「積荷は本当にただの軍用物資なのか?」
「それ以上は、今は答えられない。君は単なる運び屋に過ぎないのだから」
マクスウェルは冷徹に言い切ると、再び冷静な表情で部下に合図を送った。
「準備が整ったら連絡をしてくれ。それまで安全な場所で待機を頼む。連邦軍はまだ君たちを監視している」
そう告げると、マクスウェルは警備員と共に格納庫を去った。
残されたルカは深く息を吐き出し、壁にもたれかかった。
「ルカ、大丈夫か?」
フィズが心配そうに尋ねる。
「どうにか生きてる。それにしても、えらい仕事に巻き込まれちまったな……」
ルカが呟くと、背後から足音がして、アイラが静かに近づいてきた。
「ごめんなさい、あなたを巻き込んでしまって」
「あんたを責めても仕方ない。問題は、この後どうするかだ」
アイラはしばらく迷ったように沈黙していたが、やがて決意したように口を開いた。
「私もあなたと同行させてほしい。ここで離れても軍に追われるだけだわ」
「それは構わんが……本当に巻き込まれるぞ?」
「今さらね。それに、私にも責任があるわ」
アイラの目には決意の光が灯っている。ルカは肩をすくめて苦笑した。
「好きにしろよ。ただし、足手まといにならないでくれ」
「それは約束するわ」
ルカは頷くと、スカベンジャーに戻り始めた。フィズがその横に浮遊しながら静かに言った。
「君の優しさは、いつか君自身を追い詰めるかもしれないぞ」
「やめろよ、気味が悪い」
ルカは小さく舌打ちしながら船内に戻ると、操縦席に座って深く息を吐いた。窓の外にはステーションの向こうに、まだアルテミスが冷たい視線を送ってきているのが見える。
「やれやれ、ネオン・ハーバーの退屈な日々が恋しくなってきたぜ……」
そう呟きながらも、彼の表情にはいつもの気怠さとは違う鋭さがあった。彼は無意識に、かつて傭兵として過ごしていた危険な日々を思い出していたのだった――。
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