第六話『招かれざる監視者』
遠隔操縦された無人の攻撃艇――。
ルカの脳裏に嫌な予感が渦巻き、眉間に深く皺を寄せた。たかが一個の貨物コンテナをめぐって無人機を投入するとなると、背後には相当な規模の組織が絡んでいる可能性が高い。
「フィズ、信号の解析は続けろ。操縦元を特定できないか?」
「難しいな。信号はかなり巧妙に暗号化されている。だが、少なくとも攻撃はクロノス-7宙域外から送信されている」
「なるほどな……面倒な仕事を引き受けちまった」
ルカは溜息混じりに呟き、座席に深く身体を沈めた。依頼人のアイラは客室に引っ込んだままで、再び通信が入ってくる気配はない。
「アイラの雇い主が何を企んでいるか分からんが、軍用物資と無人機の攻撃となると、個人的なトラブルってレベルじゃないぞ」
「私もそう思う。ネオン・ハーバーまで何事もなければいいが」
フィズの冷静な声に同意しながらも、ルカはその『何事』が簡単に訪れそうな気がしていた。
帰還航路に乗ったスカベンジャーは、再び小惑星群の隙間を縫うように進んでいく。これまで以上にセンサーに注意を払い、わずかな信号にも耳を澄ませる。無言の緊張感が、船内の空気を張り詰めさせていた。
しかし、しばらくしても特に異常はなく、前方には小惑星帯を抜けた先にネオン・ハーバーの外縁が姿を現し始めた。
「宙域は今のところ静かだ。このまま何事もなく到着できるかもしれないな」
フィズが少し安心したように言ったが、ルカは緊張を解かなかった。
「いや、まだだ。このまま素直に帰してくれるほど、世の中甘くない」
ルカがそう言い終わるか終わらないかの瞬間、センサーが警告音を鳴らした。フィズが素早く確認する。
「後方から高速で接近する大型艦を探知した!」
「なんだと!?」
振り返ったルカの目に、モニター上で急激に距離を縮める巨大な艦影が映し出された。全長二百メートルを超えると思われる、漆黒の鋼鉄の戦艦。民間の船とは明らかに異なる、鋭利で禍々しいシルエットが見える。
「マズいな、あれは企業軍か軍の正規艦だぞ」
「くそ、何者だ?」
ルカが呻くと同時に、通信チャンネルに冷淡な女性の声が割り込んできた。
『スカベンジャー、こちらは連邦軍哨戒艦『アルテミス』。直ちに停止し、積荷の引き渡しを要求する。応じない場合は強制手段を取る』
「連邦軍だと?」
予想外の相手にルカは歯を噛んだ。民間のトラブルならまだしも、軍に目をつけられたとなると話が違ってくる。
「フィズ、アルテミスの情報を!」
「連邦軍第六艦隊所属の哨戒艦だ。艦長はレイラ・キーツ中佐。厳格なことで有名だ」
「厳格な連中が、こんな宙域まで何しに来た?」
「少なくとも私たちに良い話ではなさそうだな」
通信はまだ繋がっており、相手の女性艦長――レイラの声が再び響く。
『繰り返す。スカベンジャー、積荷を放棄し停止せよ。抵抗する場合は容赦なく攻撃する』
「無茶言いやがる……」
ルカはインカムをオンにし、冷静な口調で応じた。
「こちらスカベンジャーのルカ・ヴァレンタインだ。積荷の引き渡し要求の理由を教えてもらえるか?」
『積荷は連邦軍の管理下に置かれるべき物資だ。機密保持のため、これ以上の説明は許可できない』
「それじゃ話にならないな。俺は契約で動いてる。おたくらの言い分だけで簡単に荷物を渡すわけにはいかない」
ルカの言葉に、レイラの冷たい声はさらに厳しくなった。
『契約は無効と判断する。我々は正当な権限のもとで動いている』
「悪いが、それを素直に信じるほど俺は甘くないんでね」
通信を切ったルカは、スカベンジャーのエンジン出力を最大にした。フィズが動揺した声を出す。
「まさか、軍の艦隊から逃げる気か?」
「他に手があるか?」
「ない……な」
ルカは不敵に笑った。前方のネオン・ハーバーまで、あとわずか。このまま逃げ切れば、軍も無闇にステーション内で行動を起こせない。
「アイラ、しっかり掴まってろ!派手に飛ばすぞ!」
ルカが叫ぶと同時に、スカベンジャーは急加速し、近くの小惑星帯へと突入する。
『スカベンジャー、停止しろ!抵抗は無意味だ!』
アルテミスからの通信が苛立ちを隠さずに響き渡る。だが、ルカはそれを無視し、操縦桿を強く握りしめた。
「フィズ、相手が本気で撃ってきたら、すぐに知らせろ!」
「了解!」
ルカは巧みな操縦でデブリ帯を潜り抜けながら、背後に迫る巨大な艦影を視界から振り払うように加速した。逃げることには慣れている――だが、こんな相手から逃げる羽目になるとは、思いもしなかった。
お気に入り登録や感想をいただけると、すごく励みになります
どうぞ、よろしくお願いします!