第二話『クロノス-7への誘い』
本日三話更新予定ですのでよろしくお願いします。(2話目)
「割増料金?」
アイラは面白がるように口角を上げ、視線をルカに固定した。
「ま、そりゃそうだろ。クロノス-7なんて宙域はリスクが高い。流れ弾に当たるだけでも割に合わない仕事だからな」
ルカは面倒くさそうに片手を挙げると、グラスの底に残った酒をぐいっと飲み干した。喉を焼くアルコールの刺激を楽しみながら、彼はアイラの反応を観察する。
依頼人の女性は視線を逸らすことなく、むしろ余裕を感じさせる笑みを深めた。
「ええ、分かっています。報酬については色を付けさせてもらいますよ」
「ほう、それは話が早くて助かるな」
ルカはニヤリと笑った。酒場に漂っていた気怠い空気は消え、にわかに緊張感を帯びていく。アイラは懐から薄いカード型端末を取り出すと、フィズに向けて示した。
「ここに依頼内容と、こちらで提示する報酬額を入れてあります」
「では、拝見しましょう」
フィズは端末にワイヤレスでアクセスすると、小さな球体の身体からホログラムを展開した。空中に、青白い光で映し出された数字を見た瞬間、ルカの口笛が漏れる。
「おいおい、こりゃ思った以上に大盤振る舞いじゃないか。そんなに大事な積荷なのか?」
「さっき言ったでしょう、少しばかり価値があるって。積荷そのものの価値よりも、時間のほうが惜しいの」
アイラの返答は軽やかで、わずかに切迫したものが感じ取れた。もっとも、ルカには積荷の正体など本気でどうでもよかった。彼の気を引くのは、いつだって提示される金額だけだ。
「こりゃ断ったら、罰が当たりそうだ」
ルカはフィズに視線を送った。ドロイドはすでに諦め気味の口調で答える。
「君がやる気になった以上、私が反対しても無駄だろう?」
「さすが、よく分かってるじゃねえか」
ルカはカウンターを軽く叩き、勢いよく立ち上がった。その姿にアイラがわずかに驚いたように目を瞬かせる。
「意外に話が早いのね」
「俺はどんな仕事でも、金次第で態度を決める。で、積荷の回収だけでいいんだな?」
「ええ、私の船は修理が難しそうだったから諦めるわ。あなたの船で現地まで運んでもらって、積荷を回収したらネオン・ハーバーまで戻ってくれればそれでいい」
「積荷はデータ通りのコンテナ1個で間違いないですか?」
フィズが再確認を促すと、アイラは迷いなく頷いた。
「そうよ。それで問題ないわ」
「それならいいが。まあ、現場で追加料金が発生する事態になっても、文句は言うなよ」
ルカの言葉にアイラは微笑みながら肩をすくめる。
「わかっているわ。あなたを困らせるつもりはないから」
ルカはアイラを一瞬じっと見つめたが、彼女の態度にはこれ以上詮索しても無駄だと悟った。ネオン・ハーバーでは、誰もが事情を抱えている。詮索しすぎないのが、長生きするためのコツだ。
ルカはフィズに合図すると、席を立ち、アイラに言った。
「船の準備がある。出発は3時間後でいいか?」
「ええ、お願いするわ」
「なら3時間後に格納庫エリアのDゲートに来てくれ」
ルカが雑にそう告げると、アイラは微笑んで頷いた。彼はそれを確認すると、再び酒場のカウンターの奥に声をかける。
「マスター、ツケだ!」
「溜め込んでるツケ、早く払えよ!」
奥から老いたマスターの呆れたような声が響くが、ルカは聞こえないふりをしてドアへと向かった。店を出ると、フィズが呆れ声を出す。
「君は本当にいい加減な性格だな」
「俺はこういう風にしか生きられない性分なんだよ」
無精ひげを撫でながら、ルカは小さく笑った。
廊下を進み、エレベーターで格納庫エリアへ向かう。途中、ステーション内のあちこちから響く人々のざわめきと、絶え間なく流れる広告音声が、彼の耳を煩わせる。
「フィズ、クロノス-7の状況を調べておいてくれ」
「もうすでに調査済みだ。廃棄されたのは約25年前、環境不適合が理由だが、実際は違法な密輸業者が基地として利用しているらしいな」
「面倒くさい場所ってわけだ」
「かなり面倒くさい場所だ。海賊の目撃情報も多い」
「ま、楽な仕事なんてないさ」
ルカは肩を回し、緊張を解くように深呼吸をした。宇宙船『スカベンジャー』が待つDゲートが近づいてくる。
「しかしアイラという女性、君にしては少々気に入った様子だな?」
フィズが悪戯っぽく囁く。ルカは鼻を鳴らした。
「ああいうタイプは厄介だ。美人には裏がある。ま、それも含めて楽しいがな」
ルカの唇には、不敵な笑みが浮かんでいた。
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