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宇宙と傭兵と日日是好日 ~ハードボイルドな日常譚~  作者: 相沢 藍
錆びついた記憶の鎖(チェイン)
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第八話『一瞬の隙間』

 防衛シールドが激しく揺れ、オルフェウス・ステーション全体に微かな振動が伝わる。


「シールド出力、限界間近です! このままでは数分も持ちません!」


 オペレーターの声に、調停官クレインの表情が一層険しくなった。


「安全保障局艦隊の到着まであとどれくらいだ?」


「あと7分です!」


「あと7分か……長いな」


 ルカは小さく吐き捨てると、ディランとカイルに視線を向けた。


「何か考えはあるか?」


「このまま待つだけじゃ持たない。こちらから何か仕掛けるしかないだろう」


 ディランが即座に答える。


「だが、どうやって?」


 アイラが慎重に尋ねると、カイルが冷静な口調で言った。


「敵艦隊同士の間をついて隙を作る。連邦軍とマクスウェルは今、互いに牽制し合っている。その状況を逆手に取るんだ」


「つまり、彼らが互いに気を取られているうちに、こちらが一瞬でも離脱を試みれば、敵の動きを乱せるということか」


 ルカが理解すると、カイルは頷いた。


「そうだ。ただし危険な賭けだ。タイミングを誤れば即座に蜂の巣だ」


「やらないよりマシだろう。ここで座して死ぬ気はない」


 ルカが断言すると、クレイン調停官が慎重に頷いた。


「それが最善かもしれませんね。我々も協力します。シールドの出力を一瞬だけ上げ、あなた方が突破するための隙を作りましょう」


「頼む」


 ルカは通信端末を通じてフィズに指示を飛ばした。


「フィズ、スカベンジャーをスタンバイだ。こちらが指示した瞬間に動け」


『了解。全システムを起動させておく』


* * *


 ステーション外では、連邦軍とマクスウェルの艦隊が、互いに微妙な距離を取りながらステーションを包囲していた。互いに敵対しているにも関わらず、互いを警戒するように動きを止めている。


 アルテミス艦内のレイラ中佐は、この膠着した状況に苛立っていた。


「マクスウェルの艦隊は何を考えている……。我々に攻撃を仕掛けるつもりか?」


「いえ、彼らも我々同様、ステーション内部のターゲットを狙っているようです。迂闊に動けば隙を見せることになります」


「ならば、我々も軽々しく動けないというわけか……」


 一方、マクスウェルの艦隊でも同様の状況だった。


「連邦軍が厄介だ。こちらが動けば即座に撃ってくるだろうな」


 マクスウェルは険しい表情でモニターを睨んでいた。


「では、どうしますか?」


「待つしかない。だが、このままではヴァレンタインに逃げられる可能性もある。動きがあれば即座に対応しろ」


「了解です」


* * *


 ステーション内ではクレイン調停官が最後の指示を出していた。


「準備完了です。シールド出力を一瞬、200%に引き上げます。その隙に脱出を!」


「感謝する」


 ルカは調停官に頷くと、仲間たちに向かって叫んだ。


「行くぞ!一発勝負だ!」


 全員が司令センターを飛び出し、急いでドックへと走った。スカベンジャーは既にエンジンを最大出力で起動させ、いつでも出航可能な状態だ。


「ルカ、シールド出力アップ開始まであと30秒だ!」


 フィズの声がインカムから響く。


「了解!乗り込め!」


 全員が急いで船内へ駆け込み、操縦席へ飛び込んだルカは、操縦桿を強く握りしめて待機した。


『シールド出力、アップ開始まで……3、2、1、開始!』


 ステーション全体のシールドが一瞬だけ最大出力となり、強力なエネルギー波が周囲の艦隊のセンサーを混乱させた。


「今だ!」


 ルカは全力でスロットルを押し込み、スカベンジャーを一気に発進させた。船は猛烈な加速でシールドを抜け、艦隊の包囲網へと突っ込んでいく。


「接近する艦艇があるぞ!回避しろ!」


 ディランが叫ぶと、ルカは操縦桿を巧みに操作して、敵艦の砲撃を回避しながら複雑な機動を繰り返した。


『連邦軍が追撃してきている!』


 フィズが鋭く警告したが、その直後、マクスウェルの艦艇が動きを見せ、連邦軍に向けて威嚇射撃を始めた。


「敵同士がぶつかり合った!これが狙いだ!」


 カイルが喜ぶように言うと、ルカも微かに笑った。


「互いに潰し合えばいいさ!俺たちはこの隙に離脱だ!」


 スカベンジャーはそのまま高速で宙域を抜け、戦闘に巻き込まれる前に脱出に成功した。


* * *


 安全な距離まで離脱したスカベンジャーの操縦席で、ルカは深い息を吐いた。


「何とか抜けられたか……」


「だが、これで終わりじゃない。むしろ本当の戦いはこれからだ」


 ディランが冷静に言った。


「データを持っている限り、俺たちはどこへ逃げても追われる運命だ」


 カイルも厳しい表情で付け加える。


「でも、調停機構は味方になってくれたわ。状況は以前よりは良くなったはずよ」


 アイラが慎重に慰めると、ルカは頷いた。


「ああ。ここからが正念場だな」


 スカベンジャーは再び宇宙の闇を駆け抜ける。追っ手が完全に消えることはないだろうが、少なくとも今は逃げ切ったという安堵感が船内を満たしていた。


 だがその安堵も束の間、新たな通信が入った。


『こちらクレイン調停官です。安全保障局の艦隊が到着しましたが、状況は依然として厳しい。連邦軍が総力を挙げてあなた方の追跡を開始したようです。十分に気をつけてください』


 ルカは小さく舌打ちをした。


「分かった。こちらも覚悟している」


 通信を切ると、ディランが呟いた。


「まだ終わりは遠いな」


「だが、必ず逃げ切ってみせるさ」


 ルカは静かに決意を固め、操縦桿を握り直した。


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