第三話『アルカディアへの道』
宇宙船スカベンジャーはバーストポートを離れ、辺境宙域の星々が疎らに輝く暗闇へと加速した。ディランが口にした『アルカディア』という名前は、ルカにとって重い意味を持っていた。
「アルカディアか……」
ルカは低く呟きながら、操縦席の前方スクリーンを睨みつけた。
「その場所を知ってるの?」
アイラが静かに尋ねる。
「ああ。知りたくもないくらいにな」
「どういう意味?」
「数年前まで、あそこは傭兵たちの前線基地だった。だが今はもう廃墟だ。俺が傭兵を辞めたのも、あの場所での作戦が原因だ」
ルカの言葉には怒りと悔恨が滲んでいた。横でそれを聞いていたディランが小さく頷いた。
「あの場所で何が起きたのか、お前は本当に覚えていないのか?」
「覚えているさ。いや、忘れたくても忘れられない。ただ、それが作戦の失敗だったのか、それとも誰かの陰謀だったのかまでは分からなかった」
「だろうな。俺も最近まで知らなかったんだ。お前のチームは最初から消される予定だったんだってことを」
ルカは拳を強く握りしめた。
「なぜお前がそれを知った?」
「俺も連邦軍や企業の裏取引を探っていて偶然掴んだ情報だ。お前のチームがあの場所で目撃した『軍事機密』を封じるため、作戦そのものが仕組まれた」
「軍事機密か……あれが兵器だったということか?」
「その通りだ。マクスウェルが運ばせていたあの積荷、それこそがお前の仲間たちが命を落とした兵器の完成形だ」
ルカの目が鋭く細められた。かつての記憶が鮮明に蘇る。爆炎、悲鳴、通信途絶――そして自分だけが奇跡的に生き残った絶望の記憶。
「なるほどな、これで点と点が繋がった。だが、それを証明する証拠はあるのか?」
「アルカディアに行けばそれが手に入るかもしれない。あそこにはまだ情報が残っているはずだ」
「わかった。今さら逃げても始まらないしな」
ルカはスカベンジャーの進路を決めると、船をアルカディアへと向かわせた。
フィズが静かな声で補足する。
「アルカディアまでは約2時間だ。ただし、周辺宙域には未だに武装した無法者が頻繁に現れる。油断は禁物だぞ」
「それは分かっている」
ルカが頷くと、船内に静かな緊張感が広がった。
航行中、ルカは客室に戻っていた。考えを整理するために一人になりたかったが、すぐに扉がノックされ、アイラが顔を覗かせた。
「邪魔だったかしら?」
「いや、構わない」
ルカが頷くと、アイラはためらいながら室内に入ってきた。
「あなたの過去に触れることになって、ごめんなさい」
「謝る必要はない。むしろ、俺自身も答えが欲しいと思っていたことだ」
アイラは少し安心したように頷くと、慎重に言葉を選んで続けた。
「その……あなたが傭兵だった頃のこと、少しだけ教えてもらえる?」
ルカは短く溜息をつくと、軽く目を閉じた。
「あの頃は、金のためなら何でもやると思っていた。だが、仲間が目の前で殺され、理由もなく自分だけが生き残った時、全てがどうでもよくなった」
「あなたが生き残ったのは偶然ではなく、誰かが仕組んだ可能性があるのよね?」
「ああ。俺だけが生き残ったのは、きっと『目撃者』として利用価値があったからだろう」
ルカは苦笑いしながらアイラを見た。
「アイラ、お前こそ兄との問題に巻き込まれているんだろう? こんなところにいる場合じゃないと思うが」
「もう手遅れよ。それに、私は兄がどんな組織に手を染めているのか知りたいの」
「お互い、厄介な運命だな」
「ええ、でもあなたとなら、それも悪くないかも」
アイラが微かに笑うと、ルカは苦笑した。
「こんな生活を気に入ったのなら、お前も相当な変わり者だ」
「あなたに言われたくないわね」
アイラの言葉にルカが微かに笑った時、インカムからフィズの声が響いた。
『アルカディアに接近した。コクピットに戻ってくれ』
「すぐ行く」
ルカは立ち上がり、アイラと共に操縦席へと戻った。
コクピットから見る宇宙の光景は不気味なほど静かで、遥か彼方に朽ち果てた巨大な要塞の姿が浮かび上がっていた。
「アルカディアだ」
ルカは低い声で呟いた。
巨大な宇宙要塞は、その名の通り楽園を意味する『アルカディア』とは程遠く、無残に破壊された廃墟となっていた。破れた装甲板、漂うデブリ、そして壊滅したドックゲートが、あの日の惨劇を生々しく物語っている。
「この要塞にまだ何か残っているのか?」
アイラが疑わしげに問いかけると、ディランが確信に満ちた表情で頷いた。
「連邦軍やマクスウェルの組織が必死に隠そうとした機密データが、どこかに眠っているはずだ。俺たちはそれを探す」
「危険な探索になりそうだな」
ルカが呟くと、フィズが警告を口にした。
「だが、我々以外にも要塞を狙っている連中がいるかもしれないぞ」
「分かってる。全員、警戒を怠るな」
スカベンジャーは慎重にアルカディアの廃墟へと接近していった――。
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