第十話『漂流する過去の破片(フラグメント)』
研究ステーションは激しい衝撃と共に大きく揺れ、警報音が鳴り響いた。照明がちらつき、赤い警告ランプが格納庫を不気味に照らす。
『こちらアルテミス。直ちに積荷を引き渡せ! 抵抗は許さん!』
レイラ中佐の声が通信を通じて響き渡り、容赦ない砲撃がステーションをさらに揺らした。爆発音が断続的に響き、研究ステーションの外壁が徐々に崩壊していく。
「くそっ、ここに来てまだ諦めないのか!」
ルカは苦々しく吐き捨て、再び操縦席へ飛びついた。
「フィズ、すぐに出発準備だ!」
「了解、エンジン再起動!」
フィズの迅速な操作でスカベンジャーのエンジンが再び唸りをあげる。だが、マクスウェルが激しく動揺した様子でルカに詰め寄った。
「待て! 積荷を置いて逃げる気か!?」
「悪いが、俺はこれ以上付き合う義理はない。積荷は引き渡した、後は勝手にしろ!」
ルカは冷たく言い放つと、アイラに向かって叫ぶ。
「アイラ、行くぞ!」
アイラは迷わずスカベンジャーの中へと飛び込んだ。マクスウェルは激しい怒りを見せたが、次の爆発によって生じた火花で引き止めることを諦め、後方に退いた。
「ゲートを開けろ、フィズ!」
「了解、ゲート開放!」
ステーションの格納庫ゲートがゆっくりと開く中、ルカはスロットルを一気に押し込んだ。スカベンジャーはその隙間から猛然と飛び出し、宇宙空間へと逃げるように加速した。
「追ってくるか!?」
「いや、アルテミスはステーション攻撃に集中している。こちらを追う余裕はなさそうだ」
「なら、このまま一気に離脱する!」
操縦桿を握るルカの手には、かつてない緊張感が漲っていた。スカベンジャーが研究ステーションから離れるにつれ、背後で小さな爆発が繰り返されるのが見えた。やがて激しい光を放ちながら、ステーションはアルテミスの攻撃によって破壊された。
無言でその光景を眺めながら、ルカは深く息を吐き出した。
「終わったか?」
「少なくとも俺たちの仕事は終わった」
ルカが小さく呟くと、アイラも静かに息を吐いた。フィズが状況を再確認し、落ち着いた声を出した。
「追撃の兆候はない。どうやら連邦軍は積荷の破壊が目的だったらしいな」
「ああ、あの積荷は一体何だったんだ……?」
ルカが小さく呟くと、アイラが静かに答えた。
「おそらく、新型の軍用兵器よ。連邦軍が公式に存在を認めていない類の」
「やっぱりか……そんなところだろうと思ったぜ」
ルカは苦笑し、操縦桿を緩やかに握り直した。視界の前方には広大な宇宙が広がり、星々が静かに瞬いている。
「さて、これからどうする?」
フィズが問いかけると、ルカは肩をすくめた。
「ネオン・ハーバーには戻れないな。しばらく宙域を離れて、ほとぼりが冷めるのを待つしかない」
「それなら、私も同行させてもらえる?」
アイラが静かに言うと、ルカはチラリと彼女を見て微笑んだ。
「それも悪くないな。お前も、もう戻る場所がないだろ?」
「ええ、あなたのおかげでね」
皮肉めいた言葉だが、彼女の表情には安堵があった。
ルカはスカベンジャーを宙域外へ向けて航行させながら、ふとアイラに尋ねた。
「ところでアイラ、お前は元々どうしてこんな厄介ごとに巻き込まれたんだ?」
アイラはしばらく考えるように沈黙した後、静かに口を開いた。
「私もあなたと同じようなものよ。報酬に目が眩んだだけ……と思いたいけど、本当は私にも確かめたいことがあったの」
「確かめたいこと?」
「そう、積荷を依頼してきた相手……マクスウェルは、私の兄なのよ」
ルカは驚いたように彼女を見つめたが、アイラは微かに微笑んで首を横に振った。
「驚いたでしょう?でも私も、こうなるまで知らなかった。彼が何を企んでいるのかを」
「家族の問題か……そりゃ俺には荷が重いな」
「巻き込んでごめんなさい。でも、あなたのおかげで色々と見えたわ」
「まあ、そう言ってくれるなら、少しは救われるぜ」
ルカは小さく笑った。
スカベンジャーはやがて速度を緩め、静かな宇宙の中を漂うように進んでいく。周囲には星々の光が無数に広がり、いつもの静かな宇宙が戻ってきていた。
「次の目的地は?」
フィズが静かに尋ねる。
「しばらく休暇だ。辺境の宙域でのんびり漂うのも悪くない」
「君らしい答えだな」
「うるさいぞ」
ルカは肩をすくめて苦笑した。厄介事は終わったように見えるが、彼は本能的に感じていた――自分の過去と今回の事件が、どこかで繋がっていることを。
「漂流する過去の破片、か……」
ルカは呟きながら、小さく目を細めた。
スカベンジャーは静かな宙域を抜け、再び宇宙の闇に飲まれるように姿を消した――。
(第一章・完)
お気に入り登録や感想をいただけると、すごく励みになります
どうぞ、よろしくお願いします!




