君の師匠さんにはお世話になった
班長は素振りを始め、僕らも感情を乗せる感覚を養う為に各々頑張っていた。
「はぁ、はぁ、」
「いいよ〜その調子。焦りと苛立ちを感じる。」
「はぁ、もっもう一回お願いします!!」
槍さんは花山さんとひたすら対人を組んでいた。お互い能力は使わず、刀だけの対人をしていた。対人は流石に経験の差が顕著に出ていたが、明らかに槍さんの一撃一撃が強くなっていた。
僕と渡くんは班長と同じように素振りをしていた。
「ふぅんっ!!」
力一杯刀を振り下ろした。素振りを何度しても何か変わることなんか無かった。
(全然ダメだな、、、)
木にもたれかかりため息を吐いた。するとこちらへ渡くんが近づいてきた。
「どっ、どうしたの?渡くん、、、」
「いやぁその、今どんな感じかなって。」
渡くんとはほぼ話したことがない。お互い距離感を掴むため、少し畏まった感じでいた。
「いやぁ、僕は全然ダメだよ。渡くんは?」
「………俺もだ。感情のイメージとかよくわかってない。」
班長は感情を炎だとイメージしながらやっていた。僕らもきっと何か他の物にイメージしないとダメだろう。
「なあ、俺らもあいつみたいに対人してみねぇか?素振りしててもなんも感じねぇし。」
突然の事で驚いたが「うん、いいよ。」と二つ返事で了承した。
今のままじゃきっと感情を乗せるなんて到底無理だ。それに互いに刺激し合うのも悪くないと思った。
―――――――――――――――――――――
僕らは対人用の木刀を持ち、広いところへ出た。
「じゃあルールは能力の使用は無し。相手が降参をする、もしくは木刀を手放したら負けでいいな?」
「う、うん、いいよ。」
慣れない木刀を触りながら返事をする。
対人に"勝つ"のに最も現実的なのは木刀を持っている手を狙い、木刀の手放しを狙うことだろう。
だが、きっと彼はそれをしない。僕らの目的はあくまで、感情を感覚的に感じることだ。木刀の落としあいなんてそんなに感情が高まることなんてないだろう。もちろん僕だって降参を狙う。
「じゃあこの石が落ちたら開始だ。」
渡くんは石を上に投げ、木刀を構える。
ポトッと石は落ち、二人の距離が一気に近くなる。
木刀同士がぶつかり合う。渡くんの攻めをなんとか受け流すが、渡くんはすぐ持ち直し防戦一方だった。
(無駄の無い動きに付け入る隙が無い、、、!)
明らかな力量差を前にしてただ受け流すことしか出来ず、常に隙を探っていた。
ドッ、、、
突然足元がぐらついた。足元をかけられ体勢が崩れる。その隙に一発叩き込まれてしまった。痛い。
だが、叩き込まれると同時に隙も出来る。
崩れるがまま体重を移動させそのまま叩き込んだ。
いい感じに入ったが以前体勢が崩れたままで不利なのは変わらない。
叩き込んだ一撃が相当応えたのか一旦お互い距離をとった。
「はぁ、はぁ、大分重い一撃を入れてくるな。」
「はぁ、はぁ、はぁ、渡くんだって、、、」
お互い打たれた所を押さえながら言った。
そんな会話をしている最中も、両者木刀を相手に向け、睨み合っていた。
今度は負けじと今度は自ら攻め入った。
渡くんの様に常に打ち込み続けることは無理でも、一発一発を重い一撃で相手の防御を削ぐ。
重い一撃を打ち込むと自分自身が再度打ち込むまでに要する時間も多くなる。その隙を突かれさっきよりも重い一撃を喰らい、木刀を手放してしまった。
「はい!!お二人さんお疲れ様〜!」
いつの間にか素振りをやめていた班長がやってきた。終わったという事実に二人共その場に座り込んだ。
「はぁ、ハハッ。俺の勝ちだな。」
「はぁ、はぁ、疲れた。」
会話すらできていない僕に手を差し伸べ、体を起こすのを手伝ってくれた。
「渡くん、ありがとう...」
「君付けなんていいって、邪魔だろ?俺も実って呼ぶからさ。」
「わかったよ、わ、わたる...」
人のことを呼び捨てしたことなんて初めてだ。しかも公認。
「男同士の熱い友情が芽生えた所で一つ!僕が君たちを見ていて思ったことを一人ずつ言ってあげよう!」
班長は手を叩き嬉しそうに言った。
「渡くんは最後の一撃に微量だけど感情が乗ってた。何か感じることは無かったかい?」
少し考え込んで渡は「ブワッと何かが湧き出てきて腕に伝わってきました。」と言った。
「その感覚を忘れないでよ!その感覚をいつでも出せるように頑張ってくれ!」
「はい!」
班長は渡とのやりとりを終えると僕の方向を向いた。
「実くんは感情が全然出てきてない。なんだったら感情の片鱗すら見えなかった。」
その言葉に悔しさを感じる。手を握りしめ、自分の不甲斐なさを感じた。
「そこで僕から提案が。」
「えっ?」
突然の思わぬ言葉に驚いた。
(班長からの提案?もしかしたら着いて来れないから三班を辞めてくれとか、、、)
そんなことを思っていると
「君は感情を乗せるのは辞めて、君のペットくんを"纏わせる"するのはどうだろう?」と班長は言った。
『ペットとは聞き捨てならないな。』
多分ペットはシャドウのことだろうと思う前にシャドウがでしゃばってきた。だけどシャドウをエンチャントなんてできるのか?
「不安そうな顔をしているね。ペットくん、不可能じゃあないだろう?」
『あぁ。不可能じゃない。俺はそこら辺の"属性系"となんら変わらんからな。それに俺を纏えば、その感情を乗せる攻撃とやらと同程度の威力が出るだろう。』
一番シャドウと長く過ごして僕の知らない新事実が舞い込んできた。それにシャドウの影は属性系だっただなんて。
「なら、感情を乗せるよりもエンチャントの感覚の方が楽だろうから、感情の片鱗が見えるまでその方針でいこう。」
感情を乗せるのは今現状ではほぼ不可能らしい。班長の言い方や言葉がそれを物語っている。
『おい、班長さん。』
「ん?なんだいペットくん。」
突然シャドウが班長を呼び止めた。何してんだとも思ったが、シャドウはあえて意味も無く呼び止めるような事は絶対にしない。何か思うことがあったんだろう。
『なんで俺が属性系だと分かったんだ?』
確かに不思議だ。あの言い方的にまるでエンチャントが出来る前提で話を始めていた。どうして気づいたんだ?
「それは...」
息を呑んだ。あんなに柔らかかった班長が真剣な表情で少し言葉を焦らしてきたからだ。
(なんだ?何か危ないことに手を出しているんじゃ...)と不安がっていると遂に「もう言っちゃっていいか!」と吹っ切れたように言い放つ。
「僕は君の師匠さんに話をよく聞いててね。それで知ってるんだ。言うなって言われてたけど変な疑問の種を撒かれてても困るからね。」
......なんだ師匠か。まあおかしい話ではない。
僕の師匠...というか、育ての親はこの防衛団の団長なのだから。話が来ていてもおかしくない。
『なんだあの女か。変なこと吹き込みやがって。』
シャドウはそう言い放ち、僕の影に隠れた。
「すっ、すみません!!うちのシャドウが無礼な真似を...それに師匠のせいで変に気を使わせてしまって...」
頭を下げて謝った。
「ああ〜気にしないで!大丈夫。君の師匠さんにはお世話になったし、ペットくんは疑うべきところで疑っただけだから。全然大丈夫!!」
ニヘーっとしながら手をパタパタとふり大丈夫だと言い続けていた。
「とにかく君たち一年生には期待しているよ。」
「?」
見捨てられると思っていたのに思わない言葉に、は?となった。
「だって二人も感情を乗せることがほぼ出来てるんだもん。それに後一人は乗せずともほぼ同等の威力が出せるしね。僕らはそうはいかなかった。」
僕以外の二人は感情を乗せることが出来ているらしい。二人共すごいな。
「班長さんはどれぐらいで出来るようになったんですか?」
「僕は、一週間ぐらいかかっちゃった。」
やっぱり凄い人でも一週間ぐらいかかるもんなんだ。
「僕は君の師匠さんにボコボコにやられながら頑張って体に覚えさせたからね。本当に思い出したくもないほどキツかった...」
他の人と話すときは師匠と呼べって言われてるから師匠とよんでるけど、僕はそんなに修行させてもらってないんだよな。そんなにキツいんだ.....
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班長と話してから3時間ぐらい経っただろうか。
休憩を挟みながらシャドウをエンチャントし、もっと上手く操れるよう練習していた。
渡も感情を上手く乗せられるよう特訓をしていた。
槍さんは、ずっとナイフを飛ばして精度を上げる特訓をしていた。
ときには誰かと対人をしたり、三人でやったりした。
「全員集合ー」
花山さんが大きな声で僕らに呼びかけた。
その呼びかけの通りに僕らは集まった。
「今日の訓練は終わり!ほら新しいタオル!!」
花山さんも疲れているだろうに、ちょっとの事でバテてしまう僕らのことを労ってくれる。
(なんで優しいんだ!それにこのタオル冷たい濡れタオルじゃないか!!)とあまりの感動で僕らはすぐさまタオルを顔にベチャッとつけた。
「キャハハー」
高らかな笑いと共に僕らは顔を上げる。お互いに顔を見合うと白くなった人が目の前にいた。
その時思い出した。花山さんは悪戯好きなのだと。
「あっはー。普通気づくでしょwww」
大爆笑している花山さんと班長を虚無顔の三人が見つめる。
「もう!!花山さん!!」
槍さんは冗談混じりで怒った。
「いや〜新鮮だねぇ♪他の奴らすぐ気づいて面白くないのさ。っねは・や・て♪」
そう言い放つと花山さんは班長にタオルを巻きつけた。なんという早技!
巻きつけられこけた班長をみて不思議と僕らも笑顔になった。
「はぁ〜、おっかしw今日はみんな風呂入ってすぐ寝なね〜w♪」
一人だけ綺麗な花山さんはそそくさとこの場を後にした。
「くっそ。翼の野郎、やりやがったな?」
花山さんの出て行った姿を見ながら班長は言い放った。
「君たちは風呂入って後は休みな。あいつは俺が成敗しといてあげるから。」
そう言ってベチャベチャなままどこかへ消えてった。
「それじゃ、また明日!」
「ああ、また。」
「うん、また明日。」
それぞれが違うドアに向かって歩みを進める。
(今日は渡との仲が深まってよかった。流石にすぐに呼び捨てに慣れることは出来なかったけど、今日の僕はよくやった。)
そんなことを思いながら僕は夢の中に入った。
シャドウだけ姿が想像出来てないんですよねぇ。人外のような姿だろうけど...