第9話 ギルドの役割
「あの……質問があるのですが」
マディスが遠慮がちに尋ねる
「うむ。もちろん構わんぞ」
「冒険者達の仕事が魔物狩りなら、街の衛兵や、ご領主様の兵隊たちとの役割分担は、どうなっているんでしょうか。昔、僕の住んでる村にゴブリンが出たときは、村の皆でお金を出し合って、冒険者を雇って討伐してもらいました。でもよくよく考えたら、年貢を納めているのに、ご領主様の兵隊達が助けてくれないというのは、おかしい気がしてきました」
「ほう。いい質問だな。なかなか賢いではないか」
レオンは感心したように言った。
「主に国や各領主の軍隊というのは、都市や国境の防衛や、街道筋の警備などに重点を置いている。農村などに魔物が出た場合については、ロドック周辺のような、冒険者の多い地域は、我らが担うことが多い。これに対して冒険者が少ない地域については、領主や代官に申し立てをして、兵隊達が討伐することが多いな。そういった地域はその分、防衛費として年貢や税に反映されるから、この周辺の村々が、不当な扱いを受けているわけではないぞ」
国や地方によって、迷宮の多い地域もあれば、少ない地域もある。マディスのいるラディア王国は迷宮が多く、魔物の脅威が大きい、それゆえ冒険者の数が多い国だ。納得したマディスは質問を続ける。
「そうなんですか。では兵隊さんは主に人間を相手にし、僕たち冒険者は魔物専門ということですか」
「そうとも限らんな。盗賊達については、衛兵隊が中心になって対応することが多いが、冒険者に討伐依頼が出されることも多々ある。国の兵隊や騎士達も、定期的に魔物狩りを行っている。またスタンピードが起きれば、冒険者も軍隊も総出で鎮圧に乗り出すしな」
聞いたことのない言葉に、マディスが疑問を投げかける。
「そのスタンピードというのは?」
「魔物の大量発生現象のことだ。魔物どもが一定数まで増えると、奴らは一斉に迷宮から押し寄せるのだ。詳しい原理は不明だがな。冒険者ギルドが結成されたのにも、そこに理由がある。かつて、王家や貴族たちが政争や内紛に明け暮れ、魔物が放置されることもあれば、意図的にスタンピードを誘発させ、敵対関係の国へ魔物を誘導するなどの、愚行が行われることもあった。ゆえに我らは、世俗の権力とは距離を置き、魔物の討伐に徹する。国と国との諍いには我らは介入せぬ。冒険者個人が傭兵として戦に参加する分には別段構わんがな」
そういって冒険者ギルドの存在意義を説明するレオン。一部、その死骸から、薬の原料になるなど、有益な部位を採取できる魔物もいるが、魔物の大半は何の価値もない害獣にしか過ぎない。人々が魔物の討伐を怠れば、世には魔物が溢れ、世界は破滅するだろう。
「さて、話が長くなったな。お前のこれまでの働きは、大したものだ。戦闘経験のない新人が毎日三十匹ものゴブリンを狩ってくるなど異例なことよ。ギルド直営店の売上にも貢献してくれているしな。ガルドも喜んでいるだろう」
「ガルド?」
マディスは首を傾げた。レオンはあきれ顔になって言った。
「直営店の店主のことだ。お前、毎日通っていながら名前も聞いておらんのか」
「す、すみません」
「……いや悪かったな、なにもお前だけの問題でもなかろう。ろくに常連客に名乗らぬガルドにも問題がある。私とあいつとは腐れ縁でな、付き合いも長い。奴も実力のある冒険者だが人付き合いに難があってな。もう少し人当たりが良ければ慕う者も多いだろうに」
人の面倒を見たがる癖に難儀な男だ、とガルドを評するレオン。
「話が逸れたな。さてそろそろ話を締めくくるか。お前は晴れて、鉄級冒険者となり、冒険者の仲間入りを果たしたわけだ。最も、冒険者の八割は鉄級で生涯を終えるのだがな。鉄級で一定の功績を上げたものは銅級へと昇級し、そのまた次は銀級となる。銀級ともなれば国でいえば貴族や騎士のようなものだ。かくいう私も銀級だ。冒険者の頂点にいるのが金級冒険者だが、世界広しといえども、金級などわずかしかおらぬ。いわば冒険者の王様よ」
長々と話していたレオンが、話を締めくくろうとする。
「さて、私が一方的に話してばかりだったが、最後にお前の話を聞きたい。お前は冒険者としてこれから何を目指すのだ?呪いの剣を使っているにせよ、今のお前の力であれば日々の糧を得ることは容易い。今のままで満足するのか。もっと上を目指すのか。上を目指すのであれば、どのような冒険者を目指すのか。教えてくれ」
「僕が目指すもの……」
マディスは両手を握りしめ、顔を伏せてしばらく沈黙していたが、やがてぽつぽつと語り始めた。
「僕は……家から……ほとんど口減らしのような形で追い出されました。冒険者への憧れがなかったわけではありませんが、ただ生きるため、食べるために冒険者を目指しました。読み書きもできないような、世間知らずな男がまともな職につけるとは到底思えませんでした」
「お前のいうことはもっともだが、糊口をしのぐだけであれば、仕事なぞいくらでもあるぞ。無論最低限のその日暮らしは免れんが……領主とて貧民対策を講じておる」
レオンが指摘すると、マディスは顔を上げ、声を震わせながら続けた。
「それじゃあ……家にいたときと同じです……貧農の子供なんていうのは、いてもいなくても関係ない存在です。ただぞんざいに扱われて、憂さ晴らしに殴られる……そんなのは獣以下です。到底生きているとは言えない。そんな生活を街でも続けるくらいなら、死ぬ危険を冒してでも冒険者になろうと思ったんです」
震えるマディスを見ながら、レオンは内心考えていた。
(貧農としては賢い。賢すぎるのがこの子の不幸だ。話を聞く限り、家族や周囲から虐げられていたように思えるが、おそらくこの賢さが要因であろう。人間とは周囲とは違う異物を本能的に排除しようとするものだ。貴族とは言わないが、平民の裕福な家庭に生まれていれば一角の人物になったかもしれない)
「お前はその賭けに勝ち、故郷の家族よりかは裕福となったであろう。今の所はな。さてそろそろ質問の答えを聞かせてくれるかな」
マディスは顔を上げると、レオンの目をまっすぐに見て話した。
「僕は……誰よりも強くなりたい……誰にも虐げられず、大切なものを奪われない為にも……そのためにも、もっと上を目指したいです」
「うむ。若者らしい良い答えだな。だが心しておけ。力には義務が伴うのだ。お前が上に進めば進むほど、自分のことだけを、守っているようでは許されぬぞ。その力を持って、力なき者を守らなければならぬ。それができぬようでは、お前を虐げた者共と変わらぬぞ。それに、いくら強くなろうとも、一人でできることには限界がある。これからは他の冒険者ともよく交流し、協調を図れ」
黙って頷くマディス。
「まあ、お前が現状に満足していないのは、手を握った時からわかってはいた。お前の手の平……あれはゴブリンを屠っているだけではああならぬ。剣の修練をはじめた者の手だ。どこかで素振りでもしているのであろう」
マディスは少し恥ずかしそうに答えた。
「はい。宿に帰った後は、寝るまでひたすら素振りを行っています。親切な冒険者の方が教えてくれました。……ガルドさんもそうですが、街に出てきてから、色々な方に親切にしていただきました。村にいた頃は、そんなことありませんでした。その人たちに恩返しするためにも、僕はもっと強くなりたいです」
レオンは複雑な表情を浮かべながら、最後に語った。
「お前の気持ちはわかった。強い冒険者が増えることは、ギルドにとっても喜ばしいことだ。……お前はずいぶん賢いようだ。ある程度蓄えができたら読み書きを習え。銅級以上に進むのであれば読み書きは必須だ。それに文字が読めるようになれば、書物から知識を得ることもできる。さて話はもうおしまいにしよう」
そういうと、レオンは立ち上がり部屋を後にし、マディスもそれに続いた。