第7話 剣術指南
ギルドを出たマディスは、その足で向かいの直営店に向かった。中に入ると店主が帳簿を付けているところだった。マディスに気が付いた店主は唖然としたが、マディスはお構いなしに話しかけた。
「無事に戻ってこれました。薬草は五束しか取れませんでしたが、ゴブリンを十体討伐したので、銅貨十五枚になりました」
店主は深いため息をつきながら言った。
「お前……あれだけ言ったのにゴブリンと戦ったのか。まあそうせざるを得ない状況だったんだろうが。それにその剣……」
「はい。ゴブリンに殺されそうになったときに、偶然見つけました。呪われているんだと思いますが、ものすごい切れ味で、この剣に助けられました。……考えてみれば、昔から家族に殴られても、助けてくれた人はいませんでした。今回、初めて誰かに助けてもらったような気がします。」
マディスはやや嬉しそうに答えた。店主はマディスが零した悲惨な過去の一端に顔を顰めた。生き残ったのは良かったが問題は呪いだ。
「……そうか。まあ生き残って何よりだ。呪いの影響は何か出ているのか?」
「ずっと頭の中に声が響いています。殺せ殺せって」
何でもないことのようにマディスが言う。
「……大丈夫なのかそれ。頭がおかしくならないか」
「はい……実家は大所帯で四六時中騒がしかったですから、この程度なら特に気になりません……」
そういう問題じゃないと思うが、と顔を引きつらせる店主
「まあ大丈夫ならいいが。くれぐれも人殺しはしないようにな。」
「はい……気を付けます……この剣も『人を』殺せ、とは言わないので大丈夫だとは思います……」
その後店主はひとまず、古着の上下と、鞘代わりのぼろ布と縄を見繕ってやった。宿の場所も教えてやり、まず宿についたら、湯をもらって体を洗えと助言し、最後に何か体に異変を感じたら、必ず教会へ行けと忠告をしマディスを見送った。
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店を出たマディスは、教えてもらった宿へ向かった。冒険者に必要な施設は、ギルド近辺に集中しており、すぐに着いた。宿につくと、血濡れのマディスを見て女将が顔を顰めた。マディスが頼むまでもなく、まずは裏庭で体を洗えと湯を渡された。勿論湯は只ではない。
裏庭には簡単な洗い場と、物干しの空間があった。マディスは裸になると、体を洗い始めた。体を洗っていると、宿から冒険者と思しき男がやってきた。男はマディスに構わず、剣の素振りを始めた。男の剣は、マディスの剣の倍以上はあるかという大剣だったが、軽々と振っており、マディスは体を洗いながら見惚れていた。
体を洗い終わり、服を着た後も暫く見ていると、男が振り返り声を掛けてきた。
「なんだい兄ちゃん。素振りが珍しいか?」
マディスはここで、初めて男を正面から見た。年のころはマディスより一回り上のようだがまだ若そうだ。顔立ちは端正で髪色は空色。背は高く、体は歴戦の冒険者を思わせる逞しさだった。
「……いえ。きれいな動きだと思って。つい……気に障ったならすいません」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。兄ちゃんも冒険者か? その感じからすると新人だな。折角だから剣の振り方を教えてやるよ」
そういって男は強引にマディスを素振りに誘う。男はマディスの剣を見ると軽い口調で話し始める。
「なんだ兄ちゃん。錆びだらけの剣だな。ほとんどゴミだぞ。ははぁー、さては押し入れにでもあった剣を持ちだして、家から飛び出してきた口だな。うんうん。わかるぜ。俺も似たようなもんだ。男ってのは剣一本でのし上がるぐらいじゃないといけねぇ」
男は人が良いのか、鈍感なのか。マディスの剣を見ても何の悪感情も抱かず、一人で勝手に納得していた。それから懇切丁寧に剣の使い方を教えてくれた。
「いいか。両手でしっかり剣を持つ。それから剣を上段に構える。正面から振り下ろして、最後は振り抜かずにきっちり止める。これが基本だからな。疎かにするなよ。次は右から振り下ろしてこれが袈裟斬り、その勢いのまま今度は一気に切り上げる。この連撃ができるようになれば、ゴブリンなんて相手じゃねえぜ」
それから横への薙ぎ払いや突きなど剣の基本を手取り足取り教えてくれた。
「どうだ、簡単だろ?基本はこんなもんさ。これを毎日練習しな。あと兄ちゃんは痩せすぎだからたくさん食べて体を大きくするんだぞ。そうすれば俺みたいな冒険者になれるからな。女にもモテるようになるぜ。じゃあな、俺はもう寝るぜ。がんばれよ」
そういうと、男はさっさと宿へ引き上げた。残されたマディスは、ポカンとしていたが、暫く経って我に返った。
「……お礼も言えなかったな。また会えるといいな……」
捉えどころのない、風のような人だとマディスは思った。
それから宿へ戻り、食事を取った。金は余計にかかるが、男の言いつけ通り、通常の二倍の量を頼んだ。献立は野菜のスープとパン、ソーセージとシンプルなものだったが、家での粗食に比べて天と地ほどの差があった。マディスは夢中で貪り、あっという間に平らげた。
満腹になると、猛烈な睡魔に襲われ、案内された自分の部屋に通されると、すぐにベッドに横になり、そのまま寝てしまった。脳内には常に呪いの声が響いているが、マディスにはそれが、母の子守歌のように聞こえていた。こうして激動の一日は終わった。
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翌朝、マディスは目覚めると、女将に昨日の男のことを聞いてみた。既に宿を引き払っているようで、ロドックを出て他の街へ向かったらしい。礼も言えないことを残念に思ったが、仕方なく朝食を取り、そのまま森へ向かった。そして日が暮れるまで、ゴブリンを探し回った。
呪剣の威力は変わらず凄まじく、教えてもらった剣術を一つ一つ実践し、マディスはゴブリンを殺し続けた。そして宿に帰ると、剣の素振りを寝るまでひたすら続けた。これがマディスの日課となった。