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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
終章
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最終話 訪れた災厄

 脳内に響く呪剣の声に、マディスは思わず声を上げた。


「お、お前、呪剣か? 一体お前は何者なんだ!?」

『あの大男の話は聞こえていただろう。私は持ち主に力を与え、見返りに災厄を齎すものだ……もっとも、長い年月でほぼ力を失い、今まで眠っていたのだがね』


 呪剣の声はマディスにしか聞こえておらず、周囲にはマディスが独り言を言っている様に見えた。だが、ただならぬ事態が起きているのはみな分かっていた。


『マディス……お前の働きは素晴らしかったぞ。お前はどういう訳か、呪いに取り込まれること無く、自我を保ち続け、私以外の呪いを従え続けた。普通の人間であれば、私を使い続ければ、殺意に飲み込まれて気が触れてしまうのだがな』

「……それで、お前は何が望みなんだ? 僕とお喋りしたいだけじゃないだろう」

『マディス。お前は本当に立派になった。以前のお前であれば、そんな気の利いた返しはできなかっただろう』


 呪剣の迂遠な言い回しにマディスが遂に激昂した。


「いいからさっさと用件を言え!」

『清算だよ。一言で言えばな』

「せ、せいさんだと?」

『そうだ。マディス。お前は私を拾った時、何も持っていなかっただろう。それが今はどうだ? 美しい妻と立派なお屋敷。金は使い切れぬほどある。地位も名誉も力も、只人が欲しがるあらゆる物をお前は持っている。だがなマディス。それはお前の力で得た物ではない。全て私の力だ。何故なら私が力を貸せねば、お前は死んでいたのだ。あの森でゴブリンに食われてな。だからな、返してほしいのだよ。お前の全てを』

「な、何を言っているんだ……?」


 呪剣の言葉に衝撃を受けるマディス。その時、僅かだが、地面が揺れた。やがてその揺れはどんどん大きくなり、大地震のような大きな衝撃が一帯を襲った。


『私が力を取り戻したことで、奴も目覚めたようだ。さあ、マディス。戦え! そして私に見せておくれ、お前の破滅を!』


 次の瞬間、大森林の方角で大きな爆発音が響いた。城壁の冒険者たちはみな音の方角を見る。いつの間にか、空には暗雲が立ち込め、太陽を隠していた。


 音のした大森林は巻き起こった土煙で、何も見えなかったが、やがて小山のような、黒い何かが見え始めた。完全に煙が晴れ、その何かが姿を見せた時、みな絶句し、立ち尽くしてしまった。その光景はロドックにいる人々全員が目撃していた。


 現われたのは、竜だった。それもワイバーンのような小型のものでは無い。古の伝承にある、巨大な体躯と黒い鱗を持つ、正真正銘の古竜エンシェントドラゴンだ。大きな翼をはためかせ、真っ赤な瞳をこちらに向けていた。感触を確かめるように、手を開き握りしめていた。その爪は大剣よりも大きく鋭い。


黒竜ブラックドラゴンですって! まさかあの遺構は黒竜を封じ込めたものだったの!」


 エミリーが遺構の謎を解き明かし、絶叫した。


「そ、そんな……あんなの神話にある魔王そのものじゃないか!」


 テオが絶望した声を出し、その場に座り込んでしまった。周囲の人間も同じようにへたり込む。だが、大魔道やグレイ、ティアンナは戦意を失わず、黒竜を睨み続けた。


 冒険者……それは魔物を狩る者たち……三人は冒険者の頂点に立つ者として矜持を失わず、些かも怯みはしなかった。そしてもう一人、諦めぬ男がいた。


(なんてことだ! 僕のせいでこんなことになるなんて! とにかくどうにかしないと!)


 マディスは呆然としながらも必死に打開策を考えた。そんなマディスを尻目に、黒竜は何やら口を開け、魔力を集中し始めた。


「いかん! ブレスが来るよ! 魔法が使えるものは全員障壁を張れ!」


 大魔道が叫び、城壁の冒険者たちは一か所に集まり、防御魔法を展開した。大魔道の言葉通り、黒竜の口から黒い閃光が走り、一直線にこちらに向って来た。城壁に着弾すると、轟音と振動がロドックに響き渡った。


「ぐわっは!」


 黒竜のブレスはマディス邸を直撃したが、ガリアン大司教の展開した聖域に守られほぼ無事だった。ブレスは城壁を破壊し、マディス邸の壁の一部を破壊したが、みな魔法で守られ無傷だった。ガリアン大司教だけはブレスが直撃した瞬間に吹っ飛ばされ、意識を失った。


 マディスはとにかく何とかしなければと、壊れた壁から城壁の外に向かった。その際にラファエルの胸に突き刺さったままの聖剣を持ってきた。伝説では魔王は勇者の聖剣によって倒された。これが切り札になるかもしれないとマディスは無我夢中だ。右手に呪剣、左手に聖剣と相反する力を両手に携えていた。


「ララはそこにいて! 僕が絶対何とかするから!」

「マディ! 約束よ! 死なないで!」


 ララの悲痛な声に送られ、城壁の外に辿り着く。すると黒竜はゆっくりと飛び立ち、こちらへ向かい始めた。マディスは左手の聖剣を見るが、自分ではこの剣の真価を発揮できないと直感した。自分は神を些かも信じていない。信仰無き者では聖剣は扱えないと不思議と理解できた。


『そうだマディス、戦うのだ。破滅を回避したければ戦って勝つしかないぞ。いつかのトロールのようにな。なに、私も力を貸してやる。意外と何とかなるかも知れんぞ』


 呪剣が楽しそうに語りかけてくるが、マディスは呪剣がまだ本当の力を隠していると確信していた。力を貸すといっても、全力は出さず、自分の破滅を見届けるのだろうとマディスは考えていた。


(黒竜を倒すには、呪剣の真の力を引き出すしかない! それにはコイツを従えないと! でもどうすれば……)


 マディスはこれまでのように、うんうん考え始めたが、何も思いつかなかった。このままでは呪剣の思い通りとなり、自分は、いや世界の破滅だと悲壮感を漂わすマディス。黒竜が相手では流石に大魔道やグレイたちでも敵わないだろう。


 やがて黒竜がロドックの近くに降り立ち、こちらの様子を伺い始めた。すぐに襲ってくる気配は無く、人々の絶望を味わっているかのようだった。


 ――自分たちが敗れれば、ロドックはあいつに蹂躙されて全滅だ! そうなればララも、皆も……いやロドックどころか世界が滅亡してもおかしくない! 一体どうすれば!――


 この状況でもマディスは神には祈ろうとしなかった。ただ自分の力のみを信じた。これまでもそうだったが、神様など何もしてくれなかったからだ。


 それどころか神託だか予言だか知らないが、余計なことをしたせいで、呪剣が目覚めてしまった。マディスは神を呪い、その全身から殺意を漂わせ始めた。


(クソッタレな神様のせいで、世界は滅茶苦茶じゃないか! ふざけやがって! 許せない! 経典に書いてあることなど全て嘘っぱちだ! 人は皆、祝福されて生まれてくる? 嘘だ! 僕は祝福などされなかった! 僕は! 僕は!)


 マディスは心の中で自らをも呪いはじめ、神に向けて悪態の限りをついた。

 そしてその時、マディスの中で何かが砕け散った。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 マディスは突然叫んだかと思うと、呪剣を思いっきり地面に叩きつけた。そして聖剣を両手に持ち、呪剣をガンガンと叩き始めた。まるで鍛冶屋が剣を打つかのようだった。


 マディスは呪剣を叩きながら、恐ろしい憎悪を込めてひたすら呪剣を罵倒した。


「呪いの分際で生意気だ!(ガキの分際で生意気だ!)」

『……フン、狂ったか……つまらん最後だ』


「剣は黙って俺の言うことを聞いてればいいんだ!(ガキは黙って俺の言うことを聞いてればいいんだ)」

『……無駄な事を、おとなしく戦って破滅しろ』


「お前は俺の道具だろうが!(お前は俺の道具だ!)」

『やめろ! 鬱陶しい』


「お前なんかに生きている価値は無い!」

『オイ! やめろ、やめないか!』


「お前なんか、生まれてこなければ良かったんだ!!」


 その叫びは、マディスが心の奥底に封印していた、忌まわしい記憶だった。彼は幼少の頃から、実の父親に殴られ続け、呪詛の言葉で散々嬲られた。彼の父は、自らの手で生命を与えておきながら、わが子を祝福せず、その存在を否定し、虐待し続けた。……それはマディスが囚われた、最も忌まわしい呪いであったのだ。


 なぜ、彼が呪剣を使っても平気だったのか? 何のことはない。彼は最初から、呪われていたのだ……


 ティアンナの懸念は半ば当たっていた。マディスが時折見せた、残忍な振舞い。それはやはり呪いの影響だった。ただし、呪剣の呪いではなく、彼の父の呪いだ。


 そして今、マディスは自らの呪いを持って、呪剣を従えんとしたのである。


「ハ! ハハハ! ハハハハハ! ハーハッハッハッハッハ!!」


 やがて、マディスは狂ったように笑い始めた。普段の彼からは想像もつかない、邪悪な笑いだ……そこに浮かんでいるのは、憎悪や狂気……ではない。無抵抗のものを一方的にいたぶる、加虐心と愉悦に溢れた、この世で最も醜悪なモノだった。

 今、マディスは彼を虐げた父そのものになり果てていた……


 そしてその悍ましい呪いは、彼だけでなく、呪剣をも蝕んだ。


『い、痛い!? 痛い! イタイ! イタイイタイイタイ! やめろ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテヤメテヤメテ!』


 マディスの呪いが、本来起こりえぬ奇跡を産み出していた。呪剣は世に生まれてから、初めて痛みというものを感じたのだ。そして恐怖を。常に破滅を与える側だったものが、その報いを身に受けたのである。

 呪剣はいつしか幼子の様に懇願し始めていた。かつてのマディス同様に……


 マディスは散々呪剣を痛めつけると、支配者として呪剣に命じた。


「やめて欲しいか! だったら俺に従え! お前の力を全部俺によこせ! 俺に仇なす者に破滅を与えてやれ!」


『ワカッタ! ワカッタカラ、モウヤメテ、ヤメテヨ……』


 その瞬間、呪剣から黒いオーラが発せられ、剣の形状が変り始めた。気づけば、呪剣は聖剣と瓜二つの漆黒の大剣に姿を変えていた。


 マディスは呪剣に秘められた、破滅の力を感じ取った。


 ――これが、この剣の真の姿か! この力であれば奴を倒せる!――


 マディスは聖剣をその場に投げ捨てると、呪剣を手に、黒竜へ向かって走り始めた。


 黒竜もまた、マディスの手にする呪剣から発せられる凶悪な力を感じ取った。余裕ぶった態度をあらため、脅威と認定したマディスに向け、ブレスを吐く準備に移った。


「マディス! これを使え!」


 咄嗟にグレイが城壁の上から、自らの盾を全力でマディスに向け投げた。盾は寸分違わず、マディスの元へ届き、彼は正面に構えた。やがて黒竜のブレスがマディスを襲うが、盾はあらゆる邪悪から身を守るというその言い伝え通り、見事にブレスを弾いた。


 黒竜はブレスの反動からか、その動きを止めていた。好機は今しかない! と再び走り出すマディス。しかし黒竜は空に飛び上がってしまった。反動の影響で動きは緩慢だったが、剣の届く距離ではない。その時、マディスの頭の中に、大魔道からの念話が届いた。


『聞こえるかい! 盾を下敷きにしてその上に乗るんだよ!』


 大魔道の言葉に何の疑いも抱かず、その指示に従うマディス。盾を地面に置いて上に乗った。


 次の瞬間大地が弾けた。大魔道が爆裂魔法で炸裂させたのだ。盾はマディスを爆発から守りつつも、その衝撃と爆風で天に向けて舞い上がった。マディスを乗せたまま。


 飛び上がったマディスを、黒竜は黙って見過ごしてはくれなかった。黒竜は腕を高く振り上げ、その爪で引き裂こうとしたが、黒竜の手の平を、ロドックから放たれた何かが貫き、その動きを止めた。


「決めなさい! マディス!」


 ティアンナが全力で投擲した槍だった。その槍には彼女の雷の魔法が込められ、さしもの黒竜も怯んだ。


 そして遂に黒竜の頭を眼下に捉えたマディスは、声も上げずに盾から飛び上がり、黒竜の頭に呪剣を突き立てた! その瞬間、途轍もない呪力が黒竜を襲い、黒い稲妻のようなものが黒竜の体をほどばしった。黒い閃光が周囲に放出され、凄まじい衝撃破が一帯を襲った。ロドックの一同は身を伏せて衝撃から身を守った。








 気づけば、周囲は煙幕のような砂ぼこりで覆われ、黒竜もマディスの姿も見えなかった。皆、慌てて城壁の外へと向かい、呆然と砂ぼこりが晴れるのを待った。


「……やったのか?……」


 誰かがそう言った。


「……! あの人は、あの人はどうなったの!?」


 我に返ったララが叫ぶように言った。途方もない衝撃だった。その中心にいたマディスがどうなったのか、最悪の想像が皆の脳裏によぎり、悲痛な沈黙が場を支配した。

 その沈黙を破り聞こえてきたのは、澄んだ女の声だった。


「……心配要りませんわ、奥様。あの方は無事です。わたくしがこの場に立っているのが何よりの証……すぐにお元気なお姿を見せてくれますわ」


 ドリスだった。その声に皆一様に驚く。その時ようやく砂埃が晴れ、黒竜の姿が露わになった。その巨体を地に横たえ、生気は全く感じられない。死んでいるのは明らかだった。そしてその頭上には、剣を突き立てたままのマディスがいた。顔を下に向け、ピクリとも動かない。


「……マディ。マディー!!」


 ララが叫びながら、彼に向け走り出した。その声はマディスにも届いた。ララの声を聞いたマディスは我にかえり、ぱっと顔を上げた。その顔に浮かんでいたのは



 光り輝くような笑顔だった。



 以前の彼のような、卑屈な愛想笑いでもなく、狂気に満ちた笑いでもなく、年相応の少年らしい、屈託のない、素晴らしい笑顔だった。


 マディスは剣を引き抜くと、黒竜の頭上から飛び降り、一直線にララに向け走りだす。途中で邪魔になった呪剣をその場に投げ捨てると、ガンという音をたて、呪剣は地面に転がった。


『イタイヨ!』という呪剣の声が聞こえたような気がしたが、マディスにはもうどうでもよかった。ララも途中でヒールの靴を脱ぎ捨て、裸足で走り、全力でマディスの胸に飛び込んだ。二人は熱い抱擁を交わし、いつまでも離れなかった。


 フェリスは声も立てず泣いていた。マディスの笑顔を見て、全てを悟ったのだ。


「……神様、やっとあの子は救われたのですね……」


 マディスは自身の呪いを解き放ち、その呪力をもって、大いなる邪悪をうち滅ぼした。そして世界を救い、自らをも救い上げたのだ。


 他の面々は、誰もその場から動けなかった。目の前で起きた、あまりの奇跡に声を上げることすら出来なかった。場を沈黙が支配したが、それは先ほどのような、沈痛なものでは無かった。


 いつしか暗雲は晴れ、差し込んだ陽光が、抱き合う二人を、この世で最も呪われていた二人を、美しく輝かせ、祝福しているかのようだった。


 神を信じる者も、そうでない者も、今はただ感謝を捧げた。ドリスだけが、無言でララの靴と呪剣を回収し、静かに二人の傍に控えていた。

エピローグを同時投稿しています。そちらで最終回となります。

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