第59話 神託
大陸北部に聳えるセテル山。世界で最も天に近いそこには、教会組織の本部たる大聖堂が鎮座し、大陸最南端にある大穴を日々監視していた。その大聖堂の一室、教会の最高幹部のみが入室できる部屋にて、教皇臨席での最高会議が行われていた。御前会議である。
大司教以下、集められた幹部達は、ただひたすらに教皇の言葉を待っていた。教皇はやがて重々しく口を開いた。
「……皆に急遽遠方より集まってもらったのは他でもない。巫女が神託を授かった。皆、心して聞け」
教皇は旧世界の大破壊以後、唯一生き残った神人の末裔と伝えられるが、それは真実である。代々、もっとも清らかな魔力を持つ娘が教皇の配偶者となり、その血を紡いできた。教皇は原則、男性から選ばれ、女子は巫女として大聖堂に仕えた。
男子は代々、神人より受け継いだ強大な魔力を持つが、女子の場合は魔力を持たないことがほとんどであった。その代わりに男子には無い不思議な能力を発現した。
最も多く発現するのは、当世の巫女が持つ予言の力だ。その力は世界に危機が迫るような場合に、神託として神より言葉を授かるのだという。
それ故、この場に集まった者達は顔を青褪めた。神託など早々授かるものではない。少なくともこの場に集まった一同は初めての経験だ。重苦しい緊張感が漂う中、神託が告げられた。
「西の地にて、聖邪が交わる時、災厄が訪れ、世に破滅を齎すであろう」
神託は極めて短く、内容も簡素であった。だが危機が訪れるのは間違いないと思われる文言だ。神託の解釈を巡って皆が話し始めた。
「西と言いますと、ラディアかリムハイトでしょうか?」
「素直に解釈すれば、ここから西、ラディアでしょうな」
「聖邪が交わる、の解釈が難しいですな。人間と魔物、或いは教会と悪魔崇拝者、どうとでも解釈できます」
「ラディアといえば、つい先日スタンピードが発生しました。無事鎮圧できたようですが何か関係があるでしょうか?」
「……聖はともかく、邪には心当たりがあります……」
その発言をしたのは、ロドックのガリアン大司教だった。彼もまた御前会議に招集された一人だ。比較的聖地に近い国の大司教は今回の神託を受け、招集されていた。
「ガリアン大司教。構わぬ、申してみよ」
「恐れながら、近頃ラディアにて頭角を現しました、冒険者の呪剣士で間違いないかと」
「なるほど、あり得る話ですな」
「かの冒険者はロドック出身だとか。可能性は高いですな」
「しかし、その者が邪であるなら、我らが接触するのは危険では? 聖とは教会関係者で間違いないでしょう」
「ウーム。難しいですな。仮に呪剣士が悪魔の手先の類だとして、それを討つべく出兵すれば、かえって神託通りの事態を引き起こしかねません」
「そもそも呪剣士が敵だと決まった訳ではないでしょう。その者、呪いはともかく、働きは見事だと聞きます。強硬的に事を運べば冒険者ギルドやラディア王国を敵に回すことになりますぞ」
ガリアン大司教の発言から議論はマディスに焦点をあて展開し始めた。呪剣士を危険視するもの、敵視するもの、様子見すべきと慎重策を唱えるものなど意見は様々だが、マディスが鍵を握っているというのは、皆意見が一致した。それを受け教皇が結論を下す。
「……聖剣の解放を許可する。それに伴い、聖堂騎士団を派遣せよ。いかなる事態が起ころうとも、必ず破滅を回避するのだ」
こうして、聖堂騎士団がロドックへ派遣されることが決まった。この教皇の決断が何を引き起こすのか、現時点でわかる者は誰もいなかった。ただ、ガリアン大司教だけが、その瞳に決意の炎を灯していた。
●
暫くして、王都の冒険者ギルド本部の大魔道の元へ、教会からある連絡が届いた。
「ロドックへ大司教自ら教会軍を引き連れ、警備と炊き出しの申し出があったって?」
「はい。そのように。今回のスタンピードの件で何も貢献できず、せめてこのくらいはと」
「ふうん。どういう風の吹き回しかね。断る理由は無いが、王都の守護はどうするんだい?」
「何でも、聖地から入れ替わりに部隊が到着するとか」
「ふむ。ガリアン大司教というより、大聖堂の意向が強いのかもね。どっちにしろ断る理由も権限も私らには無いよ。王宮が許可すれば従うまでさ。わざわざあたしらに許可を取る体裁を取らずとも良いだろうに」
そう言って、大魔道はティアンナの代理の補佐役に伝えた。大魔道は今回のガリアン大司教の行動に違和感を覚えていたが、ようやく聖地への抗議が実を結んだかと楽観的に捉えていた。
そのティアンナだが、今はロドックで警戒を続けていた。ティアンナはこの機会に、今まで棚上げにしていた、マディスの過去を調べようと彼の生まれ育った開拓村にミロを派遣していた。かつてマディスが盗賊に拷問まがいの行いをしたときに、彼の過去を調査しようと考えていたが、多忙を極め出来ずにいた。
調査から戻ったミロだったが、思わぬ報告を持ち帰ってきた。
「……マディスの家族は既に全員死んでいるですって!?」
「ええ。何でもマディスを追い出した後、一家全員が流行り病に掛かったようで。……周囲にうつる危険性があったので、家ごと焼いたとの事で……火をつけた時点では父親だけ息はあったそうですが、生きながら焼かれたようです……」
ミロの報告に絶句するティアンナ。ミロは他の村人に話を聞いてみたが、どうもマディス一家は村の中でも孤立していたようで、マディスの子供の頃など詳しい事は不明だった。
ティアンナは、マディスの実家に起きた悲劇に何か不安を覚えたが、今更マディスに伝えるのも酷だろうとミロには黙っているように指示した。ともかく、ティアンナの疑問は分からずじまいとなった。
●
大魔道に教会から連絡が入ってからしばらく経った頃、その日、マディスは大森林に向かおうとしていた。最近はまた一人で迷宮に潜って活動している。他のメンバーはそれぞれ思い思いに行動している。
もう少し街が落ち着けば、エミリーやマギーは王都に帰るだろうし、テオやラタン、そしてフェリスもそれぞれの道を歩んでいくのだろう。それを考えるとマディスは寂しくなるが、皆、それぞれの人生がある。いつか別れが来るのは仕方の無い話だった。
そう考えながら街を歩くマディス。しかし、城門の入口付近で嫌なものを目撃した。教会の一団である。そういえば、近々教会軍がロドックへ訪れる旨連絡を受けていたことをマディスは思い出し、それが今日だったのかと舌打ちをした。またラファエルのような輩と遭遇し、因縁を付けられても面倒だと、家へと引き返した。
家に戻ると、ララが庭のベンチでドリスに補助をさせて編み物をしていた。ララはマディスが戻ると、忘れ物でもしたのかと不思議な顔をしていたが、マディスが街の入口で教会の部隊と鉢合わせになりそうだったので引き返したと伝えると、それなら仕方ありませんわね、と納得した。
マディスは背負っていた双刃剣を下ろし、ララの隣に腰かけた。皆殺しの剣は普段使うには危険すぎるので、屋敷に保管している。マディスはララの隣で庭を眺めた。この屋敷は中庭が広く、ギルドの練兵場とさして変わらない。
今は手入れが行き届いていないが、そのうち庭師を雇って立派な庭園にするつもりだ。その辺はマディスには分からないのでララに任せている。まだ使用人はおらず、ドリス頼みの現状だが、なるべく早く雇って屋敷を整備していかないと荒れ果ててしまう。もっとも呪剣士の家に来る者がいるのかという問題はあったが。
幸せを噛みしめながら寛ぐマディスだったが、不意に軍靴の音が響き始め、気づけば教会軍と思しき一団が、屋敷の前に集まり始めた。なにか不穏さを感じたマディスが慌てて立ち上がると、教会の軍兵たちがマディス邸に押し入り始め、中庭はマディス夫妻を中心にすっかり兵たちに包囲されてしまった。
マディスがその傍若無人な振る舞いに、怒りに任せ言葉を発しようとした時、マディスの正面の兵が左右に別れ、立派な法衣に身を包んだ、壮年の男が現われた。
「教皇猊下の勅命である! 忌まわしき者、呪剣士マディス! その命、このガリアンが貰い受ける。大人しく神の審判を受けよ!」
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