第55話 防衛戦
ロドックの城壁の上で、完全武装したレオンが冒険者たちを整列させ、訓示を行おうとしていた。今のレオンは騎士が着るような全身鎧を身に着けている。鎧の一部にはミスリルが使われているため、軽量で見た目以上に戦いやすい作りだ。
レオンの横には、これも完全武装したガルドが控えている。マディスが以前、戦争時に来ていたような無骨な厚手の鎧を身に着けている。武器は巨大な戦槌だ。彼の二つ名の由来となっている。なお、ミロは伝令としてやはりレオンの側に控えていた。彼の武器は短弓だ。非力だが小器用な彼はこういった遠距離武器を好んで用いた。
冒険者の一団の隣には、ロドックの領主、グトランス卿が防衛部隊を前に閲兵していた。部隊は、これも立派な騎士鎧にサーコートを身に着けた、歩兵長と呼ばれる指揮官が率いていた。
レオンが大声で冒険者達に訓示を始めた。
「良いか! もう間もなく、魔物の先頭集団が姿を現す! スタンピードは、初めはゴブリンのような浅い層に出る雑魚が中心だが、徐々にオークやトロールといった大物が出てくる。防衛部隊はクロスボウを中心に援護してくれるが、矢には限りがある。雑魚共はまず鉄級冒険者と新人が中心となり、撃退するのだ! 銅級以上および魔法使いは戦いの後半に備えて控えに回れ! 負傷者は速やかに後退、斥候はなるべく後方に留まり、重傷者を救護所へ搬送しろ! 司教殿や神官たちが回復してくれるから安心しろ! ポーションも山ほどある! とにかく死ぬな!」
教会も護衛兵を抱えているが、彼らは最後の砦であり、市民たちを落ち着かせる役割もある。戦える男衆は民兵として徴用しているが、街中の女子供が恐慌を来たしては前線に影響する。また、最悪の場合は、教会軍が玉砕覚悟で魔物を食い止め、その間に少しでも多くの市民を逃がす手筈となっている。
現時点で市民を逃がすことはできない。今街から脱出させれば、魔物が分散する分、街への被害は減るかもしれないが、多くの者たちは魔物の餌食となるだろう。スタンピードに連動して、普段は現われない箇所から魔物が出現する可能性も否定できない。彼らを護衛するために戦力を分散することはできなかった。
ガルドが前に出て、先陣を務める冒険者たちに檄を飛ばす。
「いいかお前ら! スタンピードの時は魔物はいつも以上に凶暴になる! 油断するなよ! 小僧どもは普段の訓練通りにやれ! 俺が後ろで付いててやるから心配するな! 誰も死なせやせん!」
ガルドの檄に、まだあどけなさの残る若い冒険者たちがハイ! と素直に元気よく返事をした。ガルドの面倒見の良さが発揮され、教育はうまくいっているようだ。彼に率いられ、若手冒険者達が外に出た。
なお、ガルドは武器を戦斧の二刀流に持ち替えていた。ゴブリン相手に戦槌は適していない為だ。衛兵の一部と民兵の混成部隊もこれに加わっている。この部隊はカイウスが指揮官となっていた。
「来たぞ! 頼むぞ!」
城壁の上からレオンの声が届いた。やがてゴブリンの群れが現れた。人間の軍隊のような密集隊形ではなく、やや散開した形でバラバラと突っ込んでくる。城壁の周囲は空堀が掘られているため、門に続く一本道を守ればいい。その入り口付近で、前衛の鉄級冒険者達がゴブリンの群れと衝突した。
ゴブリンはほとんどが緑のもので、たまに青色のものが混じっているが、とにかく数が多い。雑魚には違いないので、鉄級が次々と切り捨てていくが、それなりの数が前衛を突破してしまう。その打ち漏らしを新人冒険者や民兵が確実に仕留めていった。
また死骸が邪魔になるので、こまめに空堀に落としていく。この間、ガルドは戦闘に加わらず、後方にドンと控えている。危険な状態になれば彼が参戦し、戦線を立て直す算段だ。
戦い自体は順調に推移したが、とにかく数が多い。ミロの見立てでは、今確認できるゴブリンだけでも千はいるように思えた。その状況で新手が現れ、レオンが指示を飛ばす。
「ヴァルチャーだ! ゴブリンを連れているぞ! 弩兵部隊、迎撃準備!」
新たに出現したのは、猛禽類が魔物化したヴァルチャーと呼ばれる鳥の魔物だ。大森林ではあまり出現せず、主な生息域は山岳地帯だ。それが百匹程度の集団で現われた。おまけに足にゴブリンがしがみついている。空の上から降下するつもりなのだろう。
普段、魔物同士がこのような高度な連携をすることなど滅多にない。しかしスタンピードの場合はこのように普段出現しない魔物が援軍のように登場し、軍隊さながらの動きを見せる。教会関係者は、裏で悪魔が指揮しているのだと主張したが、真実は不明だ。だがそう考えてもおかしくない動きを見せるのがスタンピードの恐ろしさだ。
ロドックの誇る弩兵部隊が、ヴァルチャーが射程距離に入ると一斉に射撃を始めた。そのクロスボウはエミリーが使っているような玩具ではなく、戦仕様の本格的なものだ。恐ろしい貫通力を誇るが、装填に時間が掛かる。
そのため、射手は一発撃つと、すぐにそれを後方に渡し、既に装填済みの物を受け取り、連続射撃を行った。後方ではクロスボウの装填を民兵なども交え行い、完了したものを渡していく。
幸い、ヴァルチャーはゴブリンがしがみついている分、機動力に欠けた。直線的な動きで近づいてくるため、攻撃は当てやすく、次々と撃墜されていく。それでも十数匹は城壁付近まで到達し、ゴブリンが降下し始めた。しかし、距離が足らずに全て城壁に激突して絶命した。ゴブリンが当たった箇所は、子供が泥団子を当てたようになっている。ただし泥と違って色は真っ赤だ。
ゴブリンを投下した後のヴァルチャーは、その機動力を発揮し、城壁上の部隊に急降下を繰り返した。この状態でクロスボウを命中させるのは困難で、無駄に矢を消費するだけだ。
このとき、ミロが短弓で一匹ずつヴァルチャーを撃ち落としていった。こういった器用さでは彼の右に出る者はロドックにはいない。ミロに続いて、敵が急降下するタイミングにうまく合わせ、レオンが切り捨てていった。
こうして空中部隊は全滅したが、地上戦は熾烈を極めていた。途切れることのないゴブリンに徐々に前線が疲弊してきた。討ち漏らすゴブリンの数が多くなり、後衛の負担が増加していた。このタイミングでガルドが動いた。
「ぬうううん!」
ガルドはその巨体に似合わぬ俊敏さで一気に前線に躍り出ると、二本の戦斧を小枝の様に振り回し、ゴブリン達を物凄い勢いで殲滅しはじめた。その攻撃の激しさはベイル会戦でのマディスの乱撃をはるかに上回った。
「よし! このタイミングで前線はひとまず下がって息を整えろ! 負傷者はポーションを飲め! 閣下! 追加の衛兵部隊の投入をお願いします!」
「心得た! 歩兵長! 指示を出せ!」
レオンの指示で、冒険者部隊は一旦下がる。その間にグトランス卿の指示を受けて歩兵長が衛兵と防衛隊の混成部隊を投入する。冒険者達を休ませるためだ。こうして交代が完了すると、ガルドも後退して息を整える。
しばらくすると、ヴァルチャーの群れが再び現われた。同じようにゴブリンを連れている。ただしその数は倍だ。二百匹はいるだろう。
「悪魔が指揮しているのなら、奴は素人だな。戦力の逐次投入など愚の骨頂よ」
グトランス卿が冗談交じりに言い、余裕を見せつける。卿の言う通り、戦力をまとめて投入されればロドック側には勝ち目がなかった。まだ姿を見せていないが、今までの襲撃に加えてオークやトロールの集団が加わればひとたまりも無かっただろう。
だが教会関係者に言わせれば、それも悪魔の手なのだ。悪魔は決して戦下手なのではない。わざと手加減をし、少しでも長く人間達を苦しめ、あえて希望を与え、そこから絶望の淵へと落とすことを楽しんでいるのだと。
今も、悪魔が必死に戦う人々を見て、嗤っているのかもしれない。人類がいまだ到達できぬ地の底から。
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