第53話 日常
マディスとララの結婚式はギルド本部の庭を会場にして行われた。二人の身分から考えれば、聖堂で実施してもおかしくは無いのだが、マディスが教会関係者との接触を嫌がったのだ。またララも教会関係者にはマディス程ではないにしろ、不信の念を抱いている。
過去の悲劇が起きたとき、教会は何の役にも立たなかったからだ。そもそも悪魔崇拝者を野放しにしていること自体、教会の怠慢だと彼女は考えていた。彼らが悪魔崇拝者をきちんと取り締まっていれば、悲劇など起きなかったのだ。口では立派な正論をいうが、いざ事が起きた時には何も役に立たぬ連中だと、ララは思っていたのだ。
その上、最愛の夫に対しても、一方的に危険人物だと決めつけた。そういうわけで夫婦の嫌教会感情からギルドの練兵場を会場に仕立てることにしたのだ。なお、夫妻も教会を嫌っているが、教会側も呪われしマディスに聖堂を使わせる気など毛頭なかったのでお互い様であった。
神父の役割はラタンが行ってくれた。ラタンは旅の途中でこういった神父役を行うことはよくあり、お手の物であった。王宮での式典とは違い、みな比較的楽な格好での参加となったが、ララだけは、王の計らいで送られた立派な花嫁衣装に身を包み、その美しい姿を一目見ようと市民が殺到した。
この際にララがメガネを付けて、視力を回復したことを皆が知り、世間は大騒ぎとなった。
結婚式には軍部からアーサーがネヴィル元帥の名代として訪れていた。なおアーサーは元帥の末の娘を嫁にもらっており、夫妻での参加であった。それ以外の貴族は、王宮から圧力がかかり、マディス夫妻との接触を控えるようにと通達があったため、余計な混乱は起きなかった。
唯一、国王だけが姪の晴れ姿を一目見ようとお忍びで参加していた。王は姫の視力の回復を知り、泣き崩れてしまっていた。式の後で、ララと少し面会し、彼女を通じてマディスに国王からの礼の言葉が伝えられた。
マディスとララの結婚式は無事に終わり、正式に夫婦としての生活が始まった。
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マディスの朝は早い。彼の一日は日の出に合わせて、ドリスに起こされることから始まる。ドリスは声を出せないので、体をゆすって起こしてくれるのだ。そして愛妻を起こすのはマディスの仕事だ。
ララが起きた後、彼女はドリスによって身支度を整えられ、最後にマディスがメガネを掛けてあげるのだ。掛けるだけなら自分でも出来るのだが、ララはマディスに掛けられるのを望んだ。
そうして二人でドリスが用意した朝食を取る。ドリスはレシピを指定すればその通りに料理もしてくれる。一応買い物も出来なくはないが、言葉が喋れないと何かと不都合があるので、材料は毎日業者に届けさせている。食事が終わり、鎧の着用などの身支度が終わると、ララに見送られながら迷宮に向かうのだ。
この頃、マディスパーティは事実上、解散状態になっていた。マディスは女性陣になるべくララと一緒にいてあげて欲しいと依頼していたので、一人で迷宮に潜るのが日課となっていた。
マギーがいないと明かりもカンテラ頼みになるので、面倒だが仕方がない。エミリーから鍵開けなどの技術も教わり、簡単な解錠ならできるようになった。どのみち鍵の掛かった宝箱やドアはさほど多くない。テオは別のパーティーに参加して腕を磨いているらしかった。ラタンは変わらずフェリスと共に行動していた。
マディスの生業は勿論魔物狩りだが、それ以上にララの為に予備の眼鏡が欲しかったのだ。結局、眼鏡を外すと盲目に戻ってしまうので、あの眼鏡一本を死ぬまで使うのは難しいかもしれないためだ。
そのため日々、ひたすら宝箱を開け、呪いの装備集めに執着した。なお貨幣やポーションはそのままにしている。自分が取りすぎてしまうと、他の冒険者達が困るからだ。同じ理由で討伐証明もそのままにした。この頃マディスの後をついていくスカベンジャーが急増したが、特に害も無いのでマディスは無視している。
マディス一人であれば二階までは何の危険性もない。ポーションを持てるだけ持っているので、三階も恐らく問題無いはずだが、安全策を取り二階までとしていた。毎日一階から二階までをくまなく探索すると、迷宮を出る頃には夕方ぐらいになり家に着くころには夜となり、夕食が出来ていた。夕食はドリスではなく、ララが作ってくれていた。
ドリスに比べるとやや出来が悪いが、マディスは妻の料理を喜んで食べた。そうして夜が更け、就寝する際、ララの眼鏡を外してあげるのだ。これだけはマディスにしか出来ない事だった。つけっぱなしで寝ることも出来なくはないが、寝返りを打って壊してしまえば取り返しがつかない。幸いメガネは丈夫そうで、そう簡単に壊れる心配は無さそうだが。
マディスが迷宮で仕事している頃、ララはフェリスやエミリー達に身の回りのことや、世間一般のことを教わった。最近のララは、自分のことは自分でしたがるようになり、急速に一般人としての常識を身に着けつつあった。
盲目は別にして、彼女の本来の身分であれば、身の回りの事は全て女中や侍女にやらせるのが普通だ。だが彼女も既に名誉騎士とはいえ冒険者の妻だ。自分の世話くらいは自分でできるようにならないといけない。
たまにアーサー夫妻も訪ねてきてくれた。平民暮らしの長かった彼は、貴族と一般人の常識の違いをララに教えてくれた。また、彼女の警護体制については、ドリス一人で事足りた。なにしろ彼女は睡眠食事一切が不要で護衛役としては究極の存在であった。ドリスの警備だけでなく、マディス邸の周辺は常に衛兵が巡回していた。
王の気持ちを忖度した宰相が、特別警備体制を敷いていたのだ。それもありララの周辺は危険とは無縁であった。どのみち、呪剣士の妻である。彼女に危害を加えれば、どんな恐ろしい報復、呪いが襲い掛かるか分かったものではない。
おまけに追放されたとはいえ、国王の姪である。国王を怒らせればこの国の全てを敵に回すことになる。彼女に危害を加えようとする愚か者は存在しなかった。
なお、マディスの冒険者としての地位だが、実力的には既に銀級に達しているのは疑いもなく、今回の騒動の武功を加味すればすぐに昇級してもおかしくないのだが、いまだ銅級のままだった。これは若すぎる彼を懸念して……ではなく、彼の二つ名をどうするか大魔道が決めかねていたからだ。
第一候補は『呪剣』のマディスだが、これでは職業と大差ない。よって却下。他に『吸血』という案もあったが、別に魔物の血を啜っている訳でも無いのでこれも却下。マディスはこの地方では平凡な黒髪で、見た目は普通の青年なので『黒鬼』だとか『黒狼』というのも微妙だった。『呪い収集家』という案も出たが、戦いに一切関係ないのでこれも却下だ。
本人にも案はないか尋ねたところ、マディスは自分のことをアイディアマンだと思っていたので、『閃き』のマディスがいいです、と主張した。当然却下だ。そういった事情で、銀級への昇級は棚上げとなっていた。
何はともあれ、こうしてマディスの幸福な日常は過ぎていった。
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