第51話 叙勲
式典の日、マディスは謁見の間へと進んでいた。既に謁見の間はきれいに片付けられていた。柱の一つに残った双刃剣による傷だけがそのまま残された。補修せずに戒めとして残しておくようだ。
絨毯の脇には以前と変わらず近衛兵が立ち並んでいた。なお謀反を起こしたとされる近衛達は、調査の結果みな潔白であり、悪魔崇拝者によって魅了されたものと判明した。故に罪は不問となった。これも王家への追及を躱すための懐柔策の一つであった。
前回とは違い、近衛兵の後ろには絢爛な衣装に身を包んだ貴族や文武百官が立ち並んだ。マディスの元々の身分からすれば雲上人だらけであり、彼は、自分は一体何者になってしまったのかと、やや現実逃避気味に考えていた。そして遂にマディスの名が呼ばれ、彼はその雲上人達の好奇の視線に晒されながら、緊張して一歩一歩玉座へと歩を進めた。
階段を上がると、貴族の中でも高位の者達が立ち並んだ。文官では宰相が、武官としてはネヴィル元帥がその筆頭だ。なお大魔道以下、ティアンナとマディスパーティーの面々もここに並んでいた。
大魔道はいつもと同じ姿だが、ティアンナは普段と違い、貴族と見間違うほどのドレスを着ている。こういった部分が彼女が姫呼ばわりされる一因でもあるが、本人からすれば晴れ舞台に正装してきただけだ。
テオは急遽調達した礼服に身を包んでいた。王弟との戦いの場にいた者はみな、報奨金をもらっており懐は暖かいので購入費用には困らなかったが、いかにも田舎者丸出しという感じで服に着られていた。
ラタンとフェリスは普段と同じローブ姿だ。念入りに洗濯されているが、実践派の神官はこのような場でも薄汚れた色合いのローブを身に付ける。これが彼らの正装であり、灰色こそが実践派の誇りであり矜持なのだ。
エミリーとマギーもドレス姿だ。エミリーは身長が高く見えるような厚底のヒールを履いていた。マギーはコルセットで少しでも身を引き締めようとした結果、顔色が悪くなっている。
またドリスもここに控えている。あらかじめ彼らの警護をするように命令を出し、待機させることにしたのだ。あの場にいた者で、唯一グレイだけは、式典など面倒だ、と言って出席しなかった。
マディス自身は、英雄の姿を一同に見せるため、普段と同じ格好だ。幸い、彼の鎧は見た目だけは貴族が身に着けていてもおかしくない立派な物だ。実際若い令嬢などはマディスに見惚れている。実は魔物の死骸を身に纏っていると分かればどんな反応をするだろうか。
仲間達に見守られながら、マディスは王の御前に立ち、その場に跪いた。国王が何やら小難しい問いかけをしてくるが、事前に、国王に何を問われても、すべてハイとだけ答えろと教え込まれたので、言われた通りにハイとだけ答え続けた。
最後に国王が剣でマディスの肩を叩き、叙勲が終わった。これでマディスは一代限りといえど騎士だ。公にはマディス卿と呼ばれる身分となったのだ。世間の人々の一部は彼を呪騎士と呼んだが、余り定着はしなかった。
そうして式次第は進んだが、最後に国王が予定に無いことを言い始めた。
「さて、マディスよ。お主、何か余に言いたいことがあるのではないか?」
「ハイ……はい?」
「構わぬ、申してみよ」
ハイ、とだけ答えろと言われていたので、ハイと答えたが、思わず聞き返してしまった。何を言えばいいのかとマディスは困惑したが、その時、急に周囲が騒々しくなった。マディスが跪いたまま、顔だけを向けると、なんとラウレンティア姫が姿を現していたのである。
過去の悲劇以来、公式に表には一切出てこなかった姫の登場にみな驚いた。姫は白髪と言われていたが実際には見惚れるような美しい銀髪であり、この世の物とは思えない美貌を誇った。
ただ盲目のため、目は閉じられ、侍女と思しき女性に手を惹かれている。その姿がみなの憐憫を誘ったが、一部の者達は呪われし姫君だと、口には出さないが嫌悪の目で見ていた。過去の国王夫妻の悲劇は今更真実を発表するわけにもいかず、その死因は公式には謎のままだからだ。
姫は国王の側に連れてこられ、控えた。
「さ、申せ。なにか約束したのだろう」
ここに来て、マディスは有耶無耶になってしまっていた、約束を思い出した。マディスとて、あれが愛の告白、求婚として受け取られたことぐらいは認識していたが、果たして自分のような人間が、正真正銘のお姫様を求めてもいいものか思い悩んだ。しかし姫の顔を見たら、そんな思いは吹き飛んでしまった。
もう彼女以外は考えられない。何としても彼女を、マディスの宝物を取り戻さないといけない。だがどのような口上で国王に言えばいいのか分からず、マディスは村の若い衆が求婚していた際の話を思い出し、国王に切り出した。
「へ、陛下! 娘さんを僕に下さい!」
「「「…………」」」
市井の民であれば、何の問題もないが、よりによって国の最高権力者にこのセリフを言うとはと、周囲の者は呆れかえった。フェリスは教育の責任を痛感し、俯いてしまったが、流石にそこまで彼女が責任を感じる必要は無い。
「……ラウレンティアは我が姪。娘ではないが、先王の忘れ形見であり、余にとって娘も同然だ。まあよい。其方の言いたいことは分かった。だがなマディス。いかに騎士として叙勲されたとはいえ、其方は一介の冒険者、身分が違いすぎる。わかるな」
「…………」
マディスは今更、身分違いを理由に求婚を却下するつもりなのか、一体何の辱めなのだこれはと、密かに国王への殺意を膨れ上がらせた。そんなマディスの心中を知ってか知らずか王はとんでもないことを口にし始めた。
「ラウレンティア。世間ではお前を呪われし姫君と呼ぶらしい。そのような娘は王宮にふさわしくない。よって王家から追放するものとする。今すぐ王宮を立ち去るがよい」
突然の追放宣言に周囲の喧騒が最高潮に達する。王は手を上げて皆を静まらせると、続けて言い放った。
「これで身分の違いは無くなったな。後はお前たちの好きにするがいい。だがマディス、心して聞け、この子は親を失くし、今また家からも追い出された哀れな娘だ。そのような娘を大事に扱わぬような男を余は決して許さぬ。わかったな、わかったらもう行け。姫共々、呪われし者は王宮より立ち去れ」
流石のマディスも、これが王の計らいであることは分かった。姫は侍女の手を離れ、よたよたマディスに向かって歩き始めた。慌ててマディスは立ち上がり、姫の手を引いて、退出しようとした。
だが、姫の靴はヒールの高い物で歩きづらく、手を引くマディスの不器用さもあって、足取りが覚束なかった。マディスは姫が心配なのと、皆から姫がジロジロ見られるのを不快に感じ、思わず姫を両手で抱きかかえてそのまま出口へと向かった。何故かドリスも後ろについて行ってしまった。
姫は叔父である王に挨拶もせず、立ち去った。別れは既に済ませていたからだ。姫は王に自らの思いを打ち明け、王はそれに答えた。
王は今回の件を誰にも知らせず独断で決めた。王はこの件に関してだけは誰にも口を挟ませる気はなかった。王は、あの子は王宮にいても幸せにはなれない、ならばそれが出来る者に託すしかない、と決断したのだ。
何も知らされていなかった宰相達は、事の成り行きを呆然と見送ることしかできなかった。だが一人だけ、いち早く立ち直り、拍手をする人物が現われた。
「各々方! 若き二人の門出を祝ってぜひお手を拝借したい! さあ盛大なる拍手を!」
ネヴィル元帥だった。元帥は戦場にも良く響き渡る大きな声で、二人を祝福し、周囲にもこれを求めた。流石、戦機を見逃さぬ男、ここ一番の判断で彼の右に出るものはこの国にはいない。ネヴィル元帥の求めに応じて、ようやく皆が拍手を始めた。万雷の拍手が出口へ向かう二人を祝福した。
王は二人を見送りながら、玉座を見た。果たして真に呪われているのは、あの二人と自分とどちらであろうかと考えずには居られなかった。皆が玉座に憧れを持つが、この椅子を巡って過去にどれだけの血が流れたか。
ラディア王家とて、王位を巡っての記録に残せぬ数々の暗闘があった。他の王家と同じようにだ。まして自分は弟の心の闇にも気づけず、妻の不満にも気づいてやれなかった。本当に呪われているのは自分ではなかったか。だが、王はそんなことはもうどうでもいいと思い直した。自分はどうあれ、あの子は、この呪われし王宮よりようやく解放されたのだからと。
こうしてマディスは騎士として叙勲され、さらに褒美として姫を娶った。この衝撃的な一報は王都を駆け巡り、貧農から身を起こし、遂に王家の姫を娶るまで昇りつめたマディスのことで人々の話題は独占された。世間の若者達はみな、呪いはどうかと思ったが、彼の立身出世とその英雄談に憧れを抱き、後に冒険者を志すものが急増した。
そしてマディスは、人生の新たな転換期を迎えたのだ。
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