第5話 呪われた剣
まるで時が止まってしまったかのように、その場にいる者は誰も動けなかった。
程なくして、首をはねられたゴブリンの胴体が、後ろへ向かって、どさりと倒れた。
その瞬間ゴブリンたちは、我に帰り、口々に威嚇の声を上げ始める。先ほどまでの余裕は既に無かった。
その間マディスはというと、右手に握りしめた剣を、ただひたすらに見つめていた。剣はまっすぐな刀身と鍔を持ち、いわゆるロングソードと言われる剣だった。
柄は長めに作られており、両手でも扱えるように作られているようだ。刀身は赤錆びだらけで、マディスの腕より少し長い。全体的に古ぼけ、薄汚れているが、何の抵抗もなく、ゴブリンの首を跳ね飛ばすほどの、異常な切れ味をみせていた。マディスは、これが店主の言っていた、呪われた武器であると直感した。
マディスはよろよろと立ち上がり、両手で剣を握り直し、目の前にかざした。他人から見れば、ぼろぼろの廃棄品にしか見えない剣だが、マディスには不思議なことに、おとぎ話で聞いた、勇者が持つ聖剣のように感じられた。
こちらを意に解さぬマディスの振る舞いに、ゴブリンたちは苛立ちを募らせ、さらに大声を上げて威嚇を強める。だがマディスにその声は一切届いていなかった。今マディスに聞こえているのは
『ころせ……ころせ……』
男とも女とも言えぬ、人なのかもわからぬ声だけが、マディスの耳に届いていた。
「殺せ……何を?」
声に問いかけるマディス。
『殺すのだ!汝の敵を!』
「殺す……そうだった……殺さないといけないんだった……」
『そうだ!殺せ!殺せ!』
「あいつらを殺さないと……それが仕事だから……」
『殺せ!殺せ!』
剣に話しかけるように、呟くマディス。ゴブリンたちはその異様さを感じ取ったか、威嚇をやめ一様に口を閉ざしていた。
マディスはゴブリンたちに向き直り、鍬を持つ要領で、剣を上段に構えた。素人丸出しであったが、意外にも理にかなった構え方をしていた。
声も上げずにマディスはゴブリンたちへ襲い掛かり、先頭のゴブリンへ剣を振り下ろし、首を切り落とした。間髪いれずに、再び剣を持ち上げ、同じく上段からの斬撃で隣のゴブリンの首を跳ね飛ばす。
我に返ったゴブリンの一匹が立ち向かってきたが、剣を使うマディスの方がリーチが長く、ゴブリンの攻撃が届く前に、同じように上段からの攻撃で頭を割られた。
馬鹿の一つ覚えのように、上段からの振り下ろしを繰り返したが、剣の振り方を知らないマディスには、それしかできなかったのである。もっとも異様な切れ味を持つ錆びた剣を使用しての上段切りは、ゴブリンにとっては脅威だった。
最後の一匹は不利を悟ったか、逃げようと後ろを振り返った所を切られ、絶命した。後には五体のゴブリンの死体だけが残った。
息を切らせるそぶりもなく、マディスは握りしめた剣を、再び見つめた。戦うのが初めてのマディスが、歴戦の戦士のように、恐怖に駆られることもなく戦えるのは、明らかに異常で、常人が見れば、呪われた剣に操られていると感じただろう。マディスも今の動きが自分の力だけではなく、剣の持つ超常的な力の影響だと、感じ取っていたが、剣が力を与えてくれたのだと好意的に解釈した。
「すごい……この剣があれば……僕は戦っていける……冒険者として生きていける!」
剣を掲げ、はしゃぐマディス。剣を所持してからマディスの脳裏にはずっと『殺せ。殺せ』と、呪いの声が響いていたが、マディスは意に介さなかった。
その後、ゴブリンの首から鼻をそぎ、腰のベルトに括りつけていた薬草袋に放り込んだ。
ふと地面を見ると、鎌が目に入り、拾い上げた。マディスは鎌をじっと見ると、村での日々を思い出していた。毎日、汗と泥に塗れ黙々と農作業に勤しむ日々、そんなマディスに何が気に食わないのか、日々暴力を振るう親兄弟たち、最後には
「お前は頑丈だから冒険者でもやっていけるだろう」
と家から追い出された。薄笑いを浮かべた家族の顔が脳裏に浮ぶと、言いようのない感情がマディスを支配した。その気持ちを振り払うかのように、鎌を明後日の方向へ思い切り投げ捨てた。
「もう泥だらけになって生きることはない。明日からは毎日魔物を殺すんだ」
血塗れのマディスは決意を胸に、逃げてきた道を引き返した。
こうして呪剣は世に解き放たれた。
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