第46話 聖堂騎士
翌日以降、マディスとパーティーメンバーはギルド本部に引きこもることになった。悪魔崇拝者の調査についてはティアンナが中心となって慎重に進められた。王族が関わっている可能性も高く、下手をすれば内乱になりかねない。エミリー以外はやることが無く、ひたすら練兵場で訓練を続けた。
テオとマディスは毎日グレイにしごかれた。時折、大魔道による対魔法訓練が行われた。大魔道が魔法を乱射し、それをひたすら回避するのだ。街中で余り大掛かりな魔法は使えないが、大魔道は一度に何十個もの光弾を飛ばし、二人を撃ち続けた。
マギーも大魔道から直々に魔法の訓練を受けているようだった。これまで大魔道は孫に対して魔法の訓練を強制していなかったようだが、エミリーが拉致されて以降は、せめて自分の身を守るくらいには魔法を極めろ、と厳しく当たった。
フェリスとラタンは例の人形相手に修練を積んだ。人形の戦闘能力は極めて高く、素材は不明だが、肉体は固く丈夫で、多少殴られたぐらいではビクともしなかった。マディスが彼女に訓練を申し付けると、蹴りや打撃のみで戦闘を行った。恐らく本気で戦う時は、テオに繰り出したような貫手で急所を狙うのであろう。
なお、エミリーが彼女についての資料を発見し、内容を読んだ所、やはり暗殺用として開発したようだが、制御が難しく失敗作との扱いだった。何故マディスに制御できるのかは謎だ。呪いを制御できる能力と関係があるのだろうが。人形には名前がついており、ドリスという名だった。マディス達は以後、その名で呼ぶことにした。
周囲の冒険者達は、新しく加入したドリスに訝しげな視線を送っていた。冒険者の一団に女中のような女が加わっているのだから当然だ。冒険者達は、新しいメンバーを加えるにしても、何故あのような女中なのだ。あの暗そうな顔は何だ。遂に呪剣士が禁忌に手を出し、呪いで気に入った女を虜にしたのだ、見よ、あの顔色の悪さがその証拠だと、好き勝手に噂した。
一部の者はこの噂を真に受け、このままでは教会が黙っていないと恐れたが、この懸念は思わぬ形で実現することになった。
●
その日、マディスはいつもより遅くまで練兵場で素振りをしていた。他のメンバーは先に引き上げ、今頃は食堂だろう。マディスに付き添っているのはドリスだけだ。彼女は特段の命令が無ければ、マディスの側を離れようとしない。
素振りを終え、ドリスが手渡してくれた手拭いで汗を拭きながら、自分も食堂へ向かおうとした。そして受付の前を通りかかった時に急に呼び止められた。
「待ちたまえ! 君が呪剣士のマディスだな! 話がある!」
そう、大声で話しかけてきた男がいた。マディスが声の方向を見ると一人の美男子がいた。髪は金髪で、女のように髪質が細かい長髪であった。肉体はスラっとして引き締まっている。そしてその格好は、彼が何者かを物語っていた。
彼は純白の全身鎧を身にまとい、鎧の胸部には聖堂の紋章が描かれていた。マディスは、かつてフェリスから教えられたことを思い出していた。男は教会の聖騎士だった。それも最精鋭の聖堂騎士団の一員であろう。
教会軍の中で特に優秀なものは騎士に任じられる。これは世俗の騎士と違って、試験に合格すれば誰でもなることができた。貴族の騎士と区別するために一般に聖騎士と呼ばれる。
聖堂騎士はその中でも選り抜きの人員だ。彼らの本隊は聖地にて守護をしているが、一部の小隊が各地に派遣され、大司教などの教会幹部を護衛している。
男は周囲に呼びかけるように大声で続けた。
「大司教閣下の付き添いとして来てみれば、何と君はこの女性を呪いで虜にしていると聞いた。本当であれば犯罪だ! 許されることではない!」
「い、いえそんな事実はありませんが、貴方は?」
「私はラファエル! 恐れ多くも教皇猊下から聖堂騎士に任じられた者だ!」
それを聞いたマディスの中で、敵意が膨れ上がったが、ドリスが自動人形だとばれると色々と厄介だ。腹立たしいが、うまくごまかすしかない。マディスはそう考え、敵意を抑えながら説得の方法を考えた。
やがて騒ぎを聞いた冒険者達が集まってきた。マディスパーティーの面々も遅れて到着し、事情を知った。マディスに任すのは不安だが今は見守るしかない、と一同は考えた。
「とにかく、君には禁忌を使用している疑いがある! 正直に白状したまえ!」
「……とにかく、違法性のあることはしていませんので、ご理解ください」
「本当かね! ……お嬢さん。怖がらなくていいのですよ。さ、私に真実を打ち明けてください」
ラファエルはマディスを詰問しても無駄だと、ドリスに優しく話しかけた。マディスとは違い紳士的に優しく話している。
「…………」
話しかけられたドリスは無言のままだ。マディス一行は彼女が話したり、声を上げたりするのを聞いたことが無い。エミリーが言うには、話す機能が無いのだろうとの事だった。分解して調べた訳では無いので、実際そうなのかは不明だが。
「おお。可哀想に。恐怖で声も出ないと見える。いや呪法で声を封印されているのか!」
「ですから、何を根拠にそんなことを言うんですか! 全てあなたの言い掛かりでしょう!」
「ではこの女性は君にとって何なのかね! 恋人か! それとも婚約者なのか!」
「何って言われても……」
段々イライラしてきたマディスが反論するが、ラファエルが妙な問いかけをしてきた。マディスは思わぬ問いに言葉が詰まってしまった。彼女は自分にとって一体何なのか……非常に哲学的な問いだとマディスは思った。そして反射的に答えてしまったのである。
「彼女は僕の大事なコレクション、装飾品の様な物です」
「「「…………」」」
その答えに、周囲の一同は、みな沈黙してしまった。マディスパーティーの面々は天を仰ぎ、フェリスは顔を手で覆い、座り込んでしまった。普通にパーティーの一員だと答えれば良いだけなのだが、ドリスを人間と認識していないマディスは本質的に考えてしまい、つい自分の大事な呪いコレクションの一つと答えてしまったのだ。
流石のマディスも今の返しはマズかったと慌てて撤回しようとするが、時既に遅かった。ラファエルは顔を真っ赤にして怒り、自分の手袋を外し、マディスに投げつけてきた。
「女性を装飾品呼ばわりするとは! この鬼畜め! 貴様に決闘を申し込む!」
マディスはフェリスにしろ、この男にしろ、どうして聖職者はこうも思い込みが激しいのか、と心の内で不平を言ったが、これはマディスの方が悪かった。ラファエルは人として間違った事は特にしていない。問答無用で切りかかってこないだけ、分別のある方である。
とにかく、こうなっては決闘に応じるしかない。二人は練兵場へと向かった。周囲の冒険者も面白くなってきた! と二人を追う。マディスパーティーも彼らを追う。
練兵場についた二人は向かい合った。側にはドリスも控えている。
「私が勝てば彼女を解放したまえ! 君が勝てば現状には目をつぶろう。もっとも我が正義の刃が君に遅れを取ることはない!」
自信満々に堂々と言い放つラファエル。マディスはため息をつきながら、仕方無しに呪剣を抜いた。
「待ちたまえ! 真剣でやる気か! 私は決闘をするだけで、君を殺したいわけではないぞ! 訓練用の刃引きした剣があるだろう。どの道、私の聖剣を使っては君に不利だからな」
ラファエルはそう言ってマディスを制した。ラファエルは思い込みの激しさはあるものの、基本的には善性で、流石に聖騎士なだけはあった。気の利いた周囲の冒険者の一人が、訓練用の剣を持ってきてくれた。中には賭けを始める物までいた。
その光景を見たマディスはミロを思い出し、ロドックを懐かしんだ。周囲の冒険者はどちらかといえばラファエルを応援しているようだった。彼らも真意は別にして、マディスの行動に思う所があるようだ。
「さて、用意はいいかな。私がコインを投げるから、それが地に落ちた時が始まりだ。剣を手放すか、戦闘不能に陥ったら負けだ。良いな」
ラファエルは銅貨を手にし、マディスは両手で剣を構えた。ラファエルが銅貨を指でピンとはじくと、コインは空中高く舞い上がった。ラファエルも剣を両手持ちにしてマディスに相対した。コインが地面に落ち、甲高い音が鳴り響いた瞬間、両者は激突した。戦いはラファエルの攻撃で幕を明け、マディスは受けに回った。
ラファエルの剣は、基本に忠実な美しい太刀筋だった。マディスはふと自分に剣を教えてくれた名も知れぬ冒険者を思い出した。ラファエルは強かった。聖堂騎士の名に恥じぬ見事な戦いぶりだ。かつて戦ったリムハイトの将軍など比べ物にならぬ強さだ。
だが、日々グレイと手合わせを続けたマディスにとって、その剣は大人しく感じられた。グレイの戦いぶりは、その二つ名に恥じぬ、正しく野獣の如き剣だ。それに比べラファエルの剣は正直過ぎる。ましてマディスが習った剣の基本と酷似しているのだ。攻撃の軌道は容易に予測でき、難なく防いだ。
マディスは先ほどまで素振りをしていた分、体力的に不利があり、まずは防御に徹して、ラファエルの攻撃を見極めんとした。ラファエルはこれをマディスの弱気と捉え、自分の猛攻撃に反撃の術もないと誤認してしまった。
ラファエルはマディスが一瞬見せた隙を見逃さず、全力で突きを放った。これを待っていたマディスは突きを躱しつつ、最小限の動きで、ラファエルの小手を狙い撃ち、その剣を落とした。勝敗は決した。マディスが見せた隙は誘いで、ラファエルは見事に引っかかってしまったのだ。
ラファエルは一瞬何が起こったのか分からなかったが、自分が剣を落としてしまったのを認識すると、地面に手をついて、打ちひしがれた。その悲壮な佇まいに、マディスはどう声を掛けたものかと悩んだが、ラファエルが突然体を起こし、大声を出した。
「今回は私の負けだ! ……だが私は強くなってまた戻ってくる! お嬢さん! どうかもう少しだけお待ちください! 必ず私が貴方を、イヤ、神が貴方を救うでしょう! さらばだ呪剣士! 次は必ずお前を倒す!」
ラファエルはそう言って走りさると、厩舎の白馬に乗り、颯爽と去っていった。
「…………」
マディスは去っていくラファエルを呆然と見ていた。ドリスはラファエルが使っていた剣を拾い、後片付けを始めていた。かくして、呪剣士と聖騎士の決闘は終わった。冒険者達は、呪剣を使わずとも聖堂騎士を一蹴したマディスの実力に恐れ慄いた。一部の冒険者は賭けに勝ち、ご満悦のようだった。
ともかく、決闘騒動は終わりドリスの秘密は無事守られた。
●
マディスがラファエルと決闘騒動を起こしていた頃、本部長室では、大魔道とラディア王国の聖堂を預かるガリアン大司教との会談が続いていた。大魔道は、ラディア王家の中に悪魔崇拝者とのつながりの可能性がある旨、教会関係者に共有していた。
本音としてはこの段階ではまだ大事にしたくはなかったのだが、悪魔崇拝者の首領クラスが関わっている可能性を考えると、最悪の可能性を想定する必要がある。その時に教会関係者が事情を知っているのといないとでは初期対応に雲泥の差がでる。
ガリアン大司教はやや潔癖症で教会内部では強硬派と言える。疑惑のみの現段階で王宮に乗り込んでしまう可能性もあり、大魔道は警戒していた。だが流石にガリアン大司教も現段階でラディア王家を告発するのは無理があると考え、まずは証拠固めと王宮内部の調査に務める旨意見は一致し、大魔道もほっとしていた。
だが大司教は思わぬことを言い出した。
「ラディア王家の疑惑はまずは調査待ちとしても、やはり、呪剣士を野放しにするのは問題がありますぞ。大魔道殿」
「またその話ですか……閣下、何度も申し上げているように、かの冒険者の行為に違法性はなく、誤解を招く言動があるのは事実ですが、ギルドにとって不可欠な優秀な冒険者です。素行不良も認められず、罰する必要性を感じません」
「大魔道殿の申しよう、尤もなことです。されど、やはり呪われた武器を扱うなど、神への冒涜以外の何物でもありません。いいですか、本人の人間性の話をしている訳では無いのです。あくまで将来の危険性を事前に摘むべきと申し上げているのです。呪剣士本人は間違いを犯さなくても、周囲の冒険者はどうでしょうか。……彼の活躍にあやかって、自分も強力な呪いの武器をと、呪いの装備に手を出す若い冒険者が近頃増えておるのです。今の所、大きな被害は出ておりませんが、かつて迷宮地下深くで起きた大事件のようなことが起きないとは断言できぬでしょう。そう申し上げているのです」
「……一部の冒険者が呪剣士の真似事をし始めているのは我々にとっても遺憾だ。既に行ってはいるが、今後より厳重に注意するようにする。それでご納得いただけませんか?」
「まあ良いでしょう、今は悪魔崇拝者の討伐が先決です。この話は一旦先送りとしましょう。しかし大魔道殿、かの呪剣士は必ずこの国に、いや世界に災厄をもたらします。努々、お忘れなきよう申し上げますぞ」
そういって大司教の一団は帰っていった。
「…………」
大魔道は、今回の事件が片付いたら、マディスを他の国へ逃がす必要性を感じていた。大司教の言い分は行き過ぎの部分はあるが、大筋において正論である。マディスはこの国の教会組織とは相性が悪い。もっと寛容的な態度の教会のある国に移った方が、あの若者の未来の為にもいいだろう。そう考えていた。
そんな大魔道の思惑とは裏腹に、マディスが聖騎士と決闘騒ぎを起こした旨マギーが伝えてきた。流石の大魔道もこれには頭を抱えてしまった。
大司教は受付に戻ったが、ラファエルがおらず困惑した。ギルドの職員に事情を聞くと、ラファエルが呪剣士と決闘騒ぎを起こし、敗北したことを知った。その上、許可も取らずに先に帰ってしまったようだ。
癇癪を起こしそうになった大司教を取り巻きの司教たちが必死になだめた。大司教がようやく落ち着いた時、彼の目に食堂で食事をする黒髪の青年が映りこんだ。大司教は以前よりマディスの調査を命じており、その風貌を知っていたので例の呪剣士だとすぐに分かった。
「忌まわしき者め……いずれ神罰を与えてくれるわ……」
ガリアンは一人呟いた。彼の目にはある種の狂気とも言える何かが宿っていた。
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