第45話 人形
一行が部屋に入ると、中央に長テーブルと椅子が、部屋の隅には書類棚やチェスト、他にも雑然と物資が置かれていた。布が被されている物もあり、ガルドの店の様な雑多な感じだ。マディスはテーブルに呪いの気配を感じ取り、確認する為近づいた。
テーブルの上には、指輪がいくつか置いてあり、また細工職人が使うような、金槌等の道具類が一緒に置かれていた。ここで指輪でも作っていたかの様だった。マディスは指輪を手に取り、目を閉じて念じた。やはり指輪には呪いが掛けられていた。しかし迷宮から発掘されるものと違い、極めて微弱な効果しかないようだ。
「この指輪は呪われていますね。他のも多分そうです」
「何だと! ここで呪いの指輪を作っていたということか! でどんな効果なんだ?」
「……極めて弱い効果しかありませんが、生命力を奪う指輪の類だと思います。以前迷宮で発見した物と感じが似ています」
「しかし何というか、拙僧が見た限りでは普通の指輪のように感じますな。禍々しさも感じません」
「そうですね。私もお師匠と同じで、呪いの様な気配は感じません」
「とにかく実験だな。おい、テオ。これをはめてみろ」
テオは何で俺が、と不満そうだが、グレイに早くしろとせかされ、しぶしぶ指輪をはめてみた。
「どうだ? 異変はあるか?」
「……何というか、風邪を引き始めた時のような感じがしてきましたね。熱っぽいというか……」
「そうか、次は外してみろ。外せなければ、効果はともかく呪いは確定だ……おい、どうした早く外してみろ。ぼやっとするな」
「……不思議ですね、外したくない感じがします。おかしいな、何でだろう? 外そうとすると頭がぼーとするというか」
テオはそのまま指輪を外そうとせずに立ち尽くした。マディスがテオの指輪を外してあげると正気に戻ったようだ。
「……決まりだな。おそらく暗示のような効果がついているな。それが呪いなのか、魔法なのかは分からんが。とにかく、これでマディスが狙われた理由が分かった。そしてこの家の貴族が悪魔崇拝者とつながりがあることも確定だ。この指輪が証拠だ。問題は奴らがどこまで手を伸ばしているかだ。王弟まで巻き込んでいれば、国を揺るがす大事件だ。慎重に事を運ぶ必要がある。全員ここで知ったことは決して口にするな。マディスパーティーの面々は当分ギルドで寝泊りしてくれ。事件が解決するまで決して一人で行動するなよ。エミリーの二の舞になるぞ。さて、他の証拠も探してみるか」
そう言ってグレイは書類棚を漁り始めた。他の面々もそれに続く。マディスは部屋の隅に置いてある、布が掛けられた正体不明の物体から、呪いの気配を感じ、近づいてみた。自分の背丈より少し低いが、鎧か何かだろうか。マディスは布を取り外した。
「うわ!!」
「どうした! これは……」
マディスが驚き、腰を抜かし掛ける。グレイが抜剣し、警戒するが、すぐに剣を収めた。
「ひ、ひと?」
「……違うな。これは人形だ。おそらく自動人形の類だろう。こんな精巧な物は初めて見たがな」
マディスを驚かせたそれは人形であった。もっとも、グレイの言った通り、その顔は人間の女にしか見えなかった。人形の髪は赤色だが、フェリスのような明るい赤ではなく、血のような赤黒さだ。おかっぱ頭で女中が着るお仕着せを着ており、頭にはフリルのついたカチューシャまで付けている。
顔は美しい若い女性という感じだが、開きっぱなしの目は異様に鋭く、目の下にクマのようなものができている。肌は人間としてはあり得ない青白さで、グレイが人形と見破ったのもこれが理由だ。
「じ、自動人形というのは?」
「俺も詳しいことは知らん。マギー、お前の専門だろ説明してやれ」
「えー。あたしもそんなに詳しくないんだけど……まあ簡単に言うと古代のカラクリを利用した生きた人形みたいな物かな。一応今の時代でも作れるけど、そんなの魔法学院の偉い人達でないと作れないよ。免許もいるしね。たまに古代遺跡なんかでいまだに遺跡を守っている個体が居たりして冒険者を襲うらしいけど」
「そうだな。俺も昔戦ったことがある。かなり手ごわくてな。厄介だぞ。まあいい、マディス、その人形にも呪いが使われているかもしれん。調べてみろ」
マディスは恐る恐る人形の手を取ってみた。すると、マディスの脳内に声ではないが、何かが響くような音がした。以前、大魔道が飛ばした念話のような感じがしたのだ。その瞬間、人形の顔がマディスに向いた。その場にいた全員が身構えるが、人形はマディスに向けてお辞儀をし始めた。手を前に交差して、女中が主人に行うような動作だった。
「……マディスを主人として認識したのかしら。元からある機能なのか、マディスだから従っているのか気になるわね」
エミリーがそう分析した。確かに、人形からは敵意のようなものは感じず、マディスに従うような素振りを見せた。
「おい、マディス。お前何をした? 何か感じなかったか?」
「い、いえ、触っただけなんですが、何かが繋がった様な感じがしただけで、これと言って効果のような物は分かりませんでした」
「フーム。恐らく本来は暗殺用か何かではないでしょうか。女中に紛れ込ませて標的を狙うような。マディス君、試しに彼女に何か命じてみては?」
「は、はあ、……じゃあ君、あの指輪を取ってきて」
そうマディスが命じると、人形はスタスタと歩き、テーブルの指輪を手に取り、マディスに差し出した。
「あ、ありがとう」
「へー。すごいな。これがあれば家事には困らないな。一家に一台あればなぁ」
実家に居たときは家の手伝いばかりさせられ、ウンザリしていたテオがしみじみと言った。
「古代人の上流階級は実際そんな生活だったらしいわよ。……教会なんかは堕落の象徴だと伝えているけどね」
「ほー。流石にエミリーさんは物知りですね。ところで服の下はどうなってるんだ?」
テオは、決して変態的な趣味からではなく、純粋な興味からスカートをめくろうとした。すると人形が反応し、五指を揃えて貫手を放ってきた。
「うわっ!」
テオに命中する前にグレイが盾で防いでくれたが、テオを見るグレイの目は厳しい。
「お前はバカなのか? もう少し考えてから行動しろ」
「ほんとほんと。テオ君をパーティーから外してその子を入れてあげようよ。強そうだし」
女性陣はゴミを見るような目でテオを見た。テオは必死に「違うんです! 違うんです!」と弁解しているが、後の祭りだ。
「……まあテオの疑問も、もっともだ。何か武器や毒を仕込んでるかも知れん。マディス、お前がそいつを抑えているうちに、女達で服の中を点検してくれ」
マディスは人形の後ろに立ち、手を握って押さえつけ、動かない様に念じてもみた。その間に女性陣が服の中を改める。幸い人形は大人しくしてくれた。服を着ているのでわからなかったが、その体は人形としか言いようがなく、関節部分等は人形そのままだ。顔だけが生きた人間の女性という恐ろしい物だった。
「うわー。この子、下着まで付けてるよ。きっとテオ君みたいな変態が着せたんだよ!」
「そうねえ。わざわざ女物の下着を買ってきて、人形に履かせているのを想像すると身震いがするわね」
「……不潔よ。不潔だわ!」
女性陣は口々に人形の製作者を非難し、なぜかテオが変態の代名詞になってしまった。すっかり落ち込んでしまったテオをラタンが励ました。
「テオ君。今度私と一緒に滝に打たれに行きましょう。きっと悩みが消えますし、思慮深さが身に付きますよ」
珍妙な激励をするラタンを尻目に、グレイが切り出した。
「さて、これ以上は目ぼしいものは無さそうだな。細かい捜索は後続部隊にして引き上げるか。それにしてもその人形はどうしたものかな」
「これだけ精巧な自動人形なんて、世の中に二つと無いわよ。危険性が無いとは言えないけど、マディスが管理するなら連れて行っても良いんじゃないかしら。魔物の鎧や吸血剣に比べれば可愛い物でしょ。物理的にもね」
「そーだよ! 破棄しちゃうなんて可哀想だよ! 構造がはっきり解って再現できればすごい発明だよ! 大金持ちになれるよ!」
「お前の家はもう十分金持ちだろ……まあ重要な証拠品だからな、破棄する訳にもいかんか。よし、マディス、お前が責任を持って管理しろ。幸い見た目は人間と変わらんから、お前の従者として扱え。多少顔色が悪いが、呪剣士の従者だ。みな不思議にも思わんだろ。呪いを隠すなら呪いの中だな。うん我ながらいい案だ」
一人納得したグレイは、マディスに人形の管理を任せると、後の捜査は別部隊に任せマディス一行を連れギルドへ帰還した。人形は黙ってマディスの後ろについてきた。
●
帰還した一同は、本部長室に集まり、手に入れた証拠を大魔道に提出した。大魔道は以前マディスの呪剣に使った鑑定の魔法を指輪に使用して効果について調べた。
「間違いないね。暗示の魔法が掛けられている。これを付けると意図的に外そうとはしなくなるだろうね。あたしみたいな魔法抵抗の強いものには効かんだろうが、魔道士でも無い限り、大半の人間はかかってしまうだろうね」
「これは恐らく要人を密かに謀殺するためのモノでしょうね。原因不明の体調不良でいずれ死に至る。死なないまでも体調不良が長引けば、表舞台には立てなくなるでしょうし。マディスを狙ったのは呪いを見破られるのを恐れてのことでしょう。迷宮の発掘品ならともかく、身元の確かな貴族から贈られたものに鑑定魔法を掛ける人はいないでしょうから。それにしても大変な事態になりましたね」
呪いの装飾品や道具を作る行為は大変な禁忌であり、冒険者以外の一般人社会では呪われた指輪など滅多には出回らない。王族であれば、食事の毒見のように贈答物に鑑定魔法を掛けることもあるが、通常の貴族でそこまで行うものはいない。贈答者への非礼にも当たるからだ。事の重大さを憂慮するティアンナに大魔道が答えた。
「そうだよ。下手をすれば国が滅びる。グレイの言った通り、事情を知ったアンタらはギルドで寝泊りしな。ティアンナ、手配は任せたよ。あたしらも当面はギルドで生活する。当然探索はお預けだ。いい機会だからみっちりしごいてやるよ。マギー、あんたもだよ。エミリーは持ち帰った書類の精査を手伝っておくれ。さて、その人形はどうしようかね」
大魔道も人形には驚いていた。やはりこれだけ精巧な物は学院にも無いだろうとの事だ。ティアンナはまた厄介ごとが増えたと遠い目をしていた。
「まあグレイの案を採用するしかないね。当面はアンタのパーティーメンバーとして扱いな。細かい管理は任せるけど、いかがわしいことに使うんじゃないよ」
マディスはいかがわしいことの意味があまり良く分からなかったが、取り合えず頷いておいた。既に夜も遅くなりつつあった。グレイ以外の一同は本部長室を出て、昨日と同様にギルドの食堂で夕食を取った。
寝室はティアンナが手配して、二部屋用意された。女性部屋と男性部屋だ。マディスの客間はそれほど広くないので、実質一人部屋だ。ここで問題が生じた。人形は特段の命令が無ければマディスの側を離れようとしない。大魔道の指摘を真に受けたフェリスが、部屋に二人きりにさせたら、マディスが大人の人形遊びを始めるのでは、と心配し、いかに人形でも見た目は女性なのだから男の部屋に入れるべきでは無いと主張し始めた。
マディスはフェリスが何を心配しているのか分からなかったが、特に反対する理由もないので、人形に寝ている間の女性陣の護衛を命じた。人形は素直に命令を受け入れ、フェリス達の枕元に無言で立ち続けた。勿論人形の目は開いたままだ。
「…………」
「お、落ち着かないわ……」
「ねーねー。やっぱり部屋の外に立たせて護衛してもらおうよ」
「あんたねえ。見た目は普通の女の子なんだから、一晩中、外に立たせっぱなしなんかにできないでしょ。女中を奴隷扱いしているって問題になるわよ」
女性陣が眠れぬ夜を過ごしているころ、本部長室では話し合いが続いていた。
「これだけの精度の呪いの指輪や、あの人形……やはり悪魔崇拝者の中でも相当な大幹部が関わっているのでは? とても下っ端レベルの仕業とは思えません」
「ああ、間違いないね。下手をすれば首領が関わっているかも知れん。……まあその場合は好都合だ。これを期に奴らを殲滅してやればいい……首を洗って待ってな、ヴェルザリス……」
大魔道の魔力が静かに震えだし部屋に殺気が満ちた。決戦の時は近づいていた。
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