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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第三章
43/62

第43話 鎧

「ああ、お宝が……」


 マディスが宝箱を確認したが、どうやら中身はポーションの詰め合わせだったようで、ガラス瓶は割れ、中身は全て零れてしまっていた。赤い色をしているので相当高級なポーションだった。マディスは零れた薬液を何とか掬えないか試行錯誤したが、フェリスに叱られてしまったので諦めた。


「……宝は残念でしたが、皆無事です。それで良しとしましょう」

「もしかしたら定期的に復活するタイプかもしれないから、それに賭けましょう」


 ラタンとエミリーが悲嘆に暮れるマディスを慰めた。


「マディス。それよりあの剣はどうするんだ? 俺が見てもヤバそうに感じるが」


 そう言ってテオが部屋の隅に転がった剣を指さした。マディスは剣の近くまで行き、じっと見つめた。その剣は両刃で妙に細く、その割に刀身は長かった。柄は作られておらず、斬ることに特化しているかの様だ。


 その癖のある形状と発せられる禍々しい気から、呪いの武器なのは間違いなかった。ほとんど勘だが、この呪いなら制御できるとマディスは感じていた。最悪、呪いで発狂する可能性もあるため、前回の吸血剣と同様に、他の全員には扉の前まで避難してもらう。


 マディスは剣を拾い、目を閉じて集中して念じた。――やはり、今の自分であれば、この呪いで支配されてしまうことはないようだ。……この剣は自分も身を持って体験したが、恐るべき切れ味を誇る。……だが、その呪いから人が使えば、敵と同時に自分自身をも傷つける魔性の剣と化すだろう。文字通りの諸刃の剣だ――


 かなり危険な武器だが、起死回生の一手になる武器だとマディスは考え、持ち帰ることにした。マディスはこの剣を双刃剣そうじんけんと名づけた。幸い、この剣は見た目よりずっと軽かったので、布を巻いてロープで背負う事にした。


「みんな、安心して。この剣は制御できる。癖はあるけど、掘り出し物だよこれは」


 そういって仲間を呼び出すマディス。皆恐る恐る近づいてきた。表面的にはまともそうだが、剣の間合いに入った瞬間、殺人鬼と化すかも知れない。


「あんたの収集癖も相当ね。……でどんな効果があるの? その剣」

「うん。この剣で敵を切ると、自分にもダメージが跳ね返るみたいだね」

「「「…………」」」

「そんな危険な物、ここに捨てていきなさい!」


 当然の事だが、フェリスは怒った。他のメンバーも引いてしまっている。


「あんたねえ。いよいよ呪いの効力がヤバくなってきてるわよ。死ぬ気なの?」

「流石にこの剣を常用する気は無いよ。ここぞの時にだけ使うようにする。それに僕ならある程度呪いを抑えられるから、それほど反動は大きく無いんじゃないかな」


 マディスは双刃剣を使い、試しに転がっていた兜の頬部分を切ってみた。剣は何の抵抗も感じず、恐ろしい切れ味で兜を切り裂いた。


「痛て!」


 その瞬間、マディスの頬にぱっくりと傷がつき、血が出てしまった。思ったより傷は深くなく、表面が少し切れているだけのようだ。


「ほら! 多分他の人ならもっと深い傷が出来ると思う。だけど、僕なら反動を抑えられるよ!」



 興奮して訴えるマディス。フェリスは納得はしていないが、以前のように血を求めるのに比べれば大分マシだと、好きにさせることにした。


「もう勝手になさい。その代わりきちんと管理するのよ」


 フェリスは呆れながらそう言い、頬の傷を癒してくれた。


「それにしてもマディス君。かなり危なかったようですな。鎧が斬れてしまっていますよ。それはもう駄目でしょうな。買い替えるしかありません」


 そうラタンが指摘すると、マディスは鎧を斬られてしまったことを思い出した。この鎧は以前、ロドックで購入してからずっと愛用してきた物だった。これを契機に上位品を購入したい所だが、これ以上の品となると、ティアンナが付けているようなミスリル製のものだが、高すぎてとても手が出ない。


 ミスリル以外で上位品の鎧となると、魔物の革を使用した特殊な革鎧があるが、こういった物は材料を持ち込んでの特注品がほとんどで、市場には滅多に出回らないらしい。どうしたものかと悩むマディス。


「マディス。とにかくここを離れようぜ。こいつらがまた動き出しそうで気味が悪い。消耗も激しいし、もう帰ろうぜ」


 そう、テオがマディスを急かす。マディスは何気なく倒した青い鎧を見てみたが、動き出す気配はない。マディスは何か心惹かれるものがあり、じっと鎧を見つめていた。戦っている時は気にしている暇は無かったが、改めて見てみるとすごくカッコいい鎧だ。


 雑魚の鎧とは違い、美しい金縁の装飾が施されている。いつか見た将軍が着ていた鎧のようだ。呪剣でもへこますのが精一杯だったので、鉄の鎧より頑丈だ。

 そしてマディスに天啓が舞い降りたのだ。


「これだ!!」

「これだ……ってマディス、貴方まさか――」

「これを今の鎧の代わりにしよう」

「バカ言ってんじゃないわよ!!!」


 マディスの提案に、遂にフェリスが爆発した。


「あんたって子は! どうしていつも馬鹿な事ばかり思いつくの! 呪いの剣だけならまだしも、今度は魔物の鎧を身にまとうって! そんなのもう魔物そのモノじゃない! いい加減にしないと、ホントに磔にされて火あぶりになるわよ!」


 フェリスは普段、聖職者らしい言葉遣いを心掛けているが、この時ばかりは地が出てしまっていた。フェリスの豹変ぶりに、ラタン以外は驚いていたが、他のメンバーもフェリスに同調し、マディスを説得し始めた。


「いやー! マディス君。前からイカレてると思ってたけど、ここまでとは思わなかったな。あたし、もうあなたと付き合えないかも」

「マディス……フェリスさんの言う通りよ。呪いの剣を三本も持ち歩いて挙句鎧は魔物って……流石にギルドも庇い切れないんじゃないかしら。今は違法性は無いけどアンタのせいで法改正が行われるかもよ」

「マディス君。フェリスの言う事、もっともですぞ。そんな物捨てていきなさい。マディス君ならもう少しお金を貯めれば、立派なミスリルの鎧が買えますよ」

「そうだぜ、マディス。大人しく鉄の鎧でも買って我慢しろよ。……でも確かにその鎧、よく見ればカッコいいな……あーあ。俺も呪いの制御が出来ればなぁ」


 皆口々に反対表明を出していたが、思わぬ造反者が出てきた。テオはフェリスに睨まれ、前言を撤回し始めた。だがマディスの意思は固く、一つ一つ丁寧に反論を行った。


 マディス曰く、まず第一に、エミリーの言う通り、魔物を着てはいけないという法は無いはずだ。そもそも魔物の革を使用した鎧は、既に世の中に存在する。ある王国では、伝説のドラゴンの鱗を使った鎧が国宝だという。そういった鎧とこの鎧がどう違うのか。生きた魔物ではなく、あくまで死んだ魔物な訳で、いわば殻や甲羅みたいな物に過ぎない。


 また法改正があれば、その時はその時だ。しかし、この鎧が魔物の死骸だと皆に訴える必要はない。いたずらに世間を怖がらせるのは良くない。


 マディスはそう熱弁した。なお、彼が某国の国宝のことを知っていたのは、先日、図書館で読んだ本に偶然書かれていたからだ。


 この理路整然とした反論に、一同は勢いを削がれた。フェリスに至っては、出会ったときは文字すら読めなかった子が、ここまで立派な弁論ができるようになるとは、と感動を覚え、教育の重要性を身に染みて感じている様だった。レオンがこの場にいれば、この地頭の良さが家族から疎外された要因だと確信したかもしれない。


 その後も押し問答が続いたが、ここで話し合っていても埒が明かないので、本部長に可否を判断してもらおう、とマディスが言い始めた。一同は、戦闘の後に加えて、頑ななマディスを説得することに疲れてしまった為、これに同意してしまった。


 マディスは密かにほくそ笑みながら、散らばった鎧を集め始めた。なお、呪剣の攻撃でへこんでしまった個所は捨てていった。普通の鎧のように修理できるとは思えなかった為だ。


 ●


 一同は疲れ果てながらも地上に無事帰還した。そしてギルドの本部長室に乗り込み、決裁を迫った。常識人のティアンナは当然反対した。これが世間にバレたらどんな苦情が入るか分かったものでは無いからだ。表面的には無表情だが、こめかみに青筋が浮かんでいた。


 偶然ギルドにいたグレイは、とりあえず着てみてから判断すれば良いと語った。マディスが制御できれば良し、出来なければ捨てれば良いだけとの事だった。一見、冷静な判断に見えるが、教会などから苦情が入った所で彼が対応するわけではない。単に無責任なだけだ。そして大魔道は、グレイの言を聞き入れてしまった。


 この流れはマディスの計算通りだった。たまたまグレイがいた為、よりスムーズに事が運んだが、仮に彼が居なくても、いたずら好きの大魔道であれば、世間が驚くようなことには反対しないはずだと考えていたのだ。


「さあ、万が一の時はあたしが魔法でぶっ飛ばしてやるからさっさと着てみな」


 大魔道に急かされ、鎧を付け始めるマディス。結局持ってきたのは、足から膝まである脛あて部分と、胸当て、それに肩当てと肘まで保護する小手だ。丁度、以前の鎧の構成とほぼ同じで、全身鎧そのままより動きやすい構造だ。着てみると、なんの素材かは全くわからないが、重さは鉄と変わらなかった。特に異常は見受けられず、マディスは目を閉じて念じてみたが、呪いとは違い特に何も感じられなかった。


「大丈夫みたいです」

「ホントだろうね?……今まで魔物を着てみようとした馬鹿がいないだけで、誰でも装備できるのかもね……テオ! 今度はアンタが来てみな!」


 好奇心の強い大魔道が普通の人間でも着れるのか、実験を始めてしまった。この展開はマディスにとって予想外で、もしテオが装備できるなら、彼も所有権を主張するかもしれないと不安になった。テオも満更では無さそうで、ウキウキしながら身に着け始めた。


 しかし、脛あて部分をつけた段階で、体が硬直し、動けなくなってしまった。慌ててマディスが脱がしてやると、体が自由になり動けるようになった様だ。テオが言うには、脛あてを付けた瞬間、金縛りにあった様に体が動かなくなり、呼吸も満足にできなかったとの事だ。やはり普通の人間ではリビングアーマーを着ることはできないようだ。


 呪いの力を一身に浴びたマディスだからこそ出来る芸当のようだ。大魔道は実験の結果に満足し、エミリーも貴重な知見を得れたとメモにまとめ始めた。


「うわー何て言うか、マディス君ってもう人間やめてない? 何でそんなことできちゃうの?」

「ウーム。言い方はともかく、マギーさんの言うことも確かですな。……今更かもしれませんが、初めに会ったときにフェリスを止めるべきではなかったかも知れませんね……」

「ああ、神様……あの子に救いは訪れるのでしょうか?」


 マディスが着る分には特に問題は起きないようだが、流石に魔物の鎧を着るというのは衝撃が大きいのか、聖職者の二人は口々に嘆き始めた。これにはマディスも少し落ち込んでしまった。恩人の二人を困らせるつもりは無かったからだ。


 だが鎧を捨てる気にもなれないので、一旦、この鎧はお金が貯まるまでの繋ぎで、ミスリル製の鎧一式が手に入ればすぐに捨てると二人に約束して事をおさめた。


 ティアンナはやはりマディスの人格に不安を覚えた。この行動が単なる貧乏性……良く言えば合理主義から来るものなのか、それとも呪いに人格を侵されているのか、判断が付かなかったからだ。魔物を着るなど、正気の沙汰ではない。……そうはいってもテオも着たがっているので、そこまで問題視することでも無いのかもしれないが、とティアンナは思い悩んだ。


 ともかく、夜も遅いのでその日は解散した。パーティーはギルドの食堂で夕食を済ませ、マディス以外は帰宅していった。なお、本日の戦果はマディスが双刃剣と魔物の鎧を取得したため、銀貨など他の取得物はマディス以外が均等割りにした。マディスは呪いの装備と鎧を手に入れご満悦だった為、特に文句は言わなかった。

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