第41話 休養日
その後、間も無くしてティアンナが率いる救出部隊が到着した。マディスのパーティーメンバーも同行しており、マギーとエミリーは泣きながら抱き合った。強がってはいたが、やはりエミリーも心細かったのだ。
「マディス。よくやったわ、無事で何よりだわ」
「ティアンナさん、ありがとうございます。ギリギリでしたが何とか勝てました」
「この男の経歴は今後調査するけど、何か言ってなかった?」
「それが……どうやら誰かに頼まれて、僕を殺そうとしたようです。……勿論、心当たりはありませんけど」
「でしょうね。とにかく調査待ちね」
二人が話している横では、フェリスとラタンが、ダグドの死体の前で剣の解呪を行っていた。呪われた剣が突き刺さったままでは遺体を回収できない。マディスなら剣を抜いて外せるかも知れないが、事情を知らない救援部隊の前では行わせたくない。幸いにも、二人の魔力で呪いを解呪することができた。呪いの大曲剣は、音もなく砕け散った。
「……」
それを見ていたマディスは複雑な思いであった。彼がどういう経緯で呪いの剣を手に入れたのかは分からないが、一歩間違えば自分も彼の様になっていたかもしれない。イヤ、今からでも呪いに飲み込まれ、殺戮へと走るかもしれない。やはり呪剣は捨てるべきなのだろうか。そう一人で思い悩むマディス。
「マディス君……君の考えはわかるつもりです。ですが、決して貴方と彼は同類ではありませんよ。君はその力を正しく使えている。正直聖職者としては複雑ですけどね。とにかく、もう帰りましょう」
マディスの苦悩を見抜いたラタンがそう励ました。一行は後のことをティアンナに任せ地上へと帰還した。
●
翌日は探索を行わず、休養日とすることにした。エミリーは怪我等はしていなかったが、やはり精神的には疲弊しているだろうと、ラタンが提案し皆納得した。
マディスはこの機会に今まで利用したことが無い、王都の図書館に行くことにした。普段マディスはギルド本部の図書室でこまめに読書をしているが、主に一般教養の習得が目的で、呪いについてはあまり調べていなかった。どの道、ギルドの図書室の蔵書量などたかが知れており、呪いについての知見は得られないだろう、とエミリーに言われてもいた。
だが王都の図書館であれば、それなりの情報を得られるだろう。マディスはあまり一人で出歩くなと言われているので、ラタンとフェリスを誘い、図書館へ向かった。
図書館は、王都の中心部からやや離れ、上流階級の住む区画にあった。一般庶民で読み書きができる人間はそう多くはないし、貴重な蔵書などもあるため警備もそれなりに厳重であり、利用料もかかる。そういった意味で庶民とはあまり縁のない場所で、利用者はもっぱら貴族や知識人といった面々だ。
図書館はマディスの想像以上に立派な建物だった。遠目には聖堂のように感じたのでフェリスに聞いてみたが、見た目としては聖地にある図書館の模倣だろうとのことだった。フェリスはラタンに連れられ、一度だけ聖地セテル山の大聖堂に行ったことがあるのだ。
中に入ると中は本棚だらけで、本のインクとカビ臭さの混じった独特の匂いがした。受付で料金を払い、呪い関連の本はどこにあるのか聞いてみた。司書は怪訝な表情をしながらも、呪い単体としての分類はしていないので、魔法やまじないの本が収められている区画を教えてくれた。
また興味本位でどの程度の蔵書量があるのか聞いてみたところ、一万冊ぐらいだろうとの事だった。マディスはそんなにあるのかと驚いたが、聖地の大図書館には十万冊あるとフェリスが言うのを聞いて、二度驚いた。ともかく、マディスはそれらしい本を片っ端から集め、読書スペースへと向かった。
大図書館の真ん中部分は庭園となっており、ここで本を読むことが出来た。庭のあちこちに東屋があり、マディスもそこで読書をした。フェリスやラタンは神学の本を読んでいた。呪いのことだけを扱った本というのはなかなか見つからず、ほとんど有益な情報は得られなかった。
唯一分かったのは、呪いの装備を保有していることは犯罪ではないが、意図的に呪いを作ることは禁忌とされ法に触れる。まともな人間なら呪いに関わるような真似はしないが、悪魔崇拝者や魔法の研究者等にはこういった行為に及ぶ者がいるらしい。
呪いの仕組みはまるでわかっていないが、憎しみや恐怖などの負の感情を何らかの手段で増幅させ、物体に込めることで人為的に作り出すことに成功しているとの事だった。あまり具体的には明らかにされていなかったが、禁忌であるため記載されていないのだろう。
マディスが苦労して読書を続けていると、彼に声を掛ける者がいた。
「読書中に申し訳ない。マディス君ではないかな?」
「はい? あの、恐れ入りますが。どちら様でしょうか」
「うむ、あまり大きな声では言えんがベイル会戦以来だな。私だ、ネヴィル将軍の副官だ」
「あ、副官殿でしたか、失礼しました。あの時は軍装でしたので、分かりませんでした」
「いやいや、あれから一年だ、無理もない。……ところで、昨日は大変だったそうだな。無事で良かった」
「……何故それを?」
「実はな、昨日本部長殿と補佐殿と会食していたのは、ネヴィル将軍でな。今回正式に将軍が元帥に就任することが決定し、私も含め顔合わせをしていたのだよ。途中で急報が入り、解散となったが、後から事情を聞いてな。貴公も変わらず活躍しているようだし難儀なことよな。我々軍部もギルドと協力して調査することになると思う。貴公の活躍を知ったリムハイトの手引きかも知れんしな」
「ところで、副官殿も今日はお休みか何かで?」
「いや、一応公務というかな。実は将軍のご家族が体調を崩しておってな。少し長引いているので、滋養に良い物でも調べてみることにしたのだ。……医者の見立てでは何とも無いらしいのだがな。さて、私はそろそろ行く。また会うこともあるだろう」
そう言って副官は去っていった。マディスは自分を排除したがる者の心当たりは全く無かったが、副官の話を聞き、リムハイトから恨まれていたことを知った。正々堂々と戦ってたのだから恨まれる筋合いはないのだが、リムハイトからすれば呪剣を操る傭兵などズル同然と考えているのかも知れない。ともかく、マディスの休養日は読書だけで終わった。
●
一方、ギルド首脳部はマディス襲撃の件を重く受け止め、緊急会議を行っていた。ティアンナが調べた範囲では、かの銅級冒険者、狂戦士のダグドは間違いなく実在の冒険者で、悪魔崇拝者の冒険者へのなりすまし等では無さそうだ。
出身は東方らしく、詳しい情報は無かったが、異動届には付記事項としてクスリを常用していることと、呪いの剣を装備をしている以外は記載されておらず、特に素行不良は見て取れないとの事だった。
「全く。狂戦士なんて職業登録したギルドは何を考えているのかね」
大魔道がそうぼやくが、呪剣士を登録したラディアの冒険者ギルドも人のことは言えない。周囲の人間はそう思っていたが、口には出さなかった。
「マディス襲撃は呪剣への対抗心が一番の様ですが、暗殺依頼を受けたと本人が語っていたそうです。彼を排除したがる人間といえば、戦で敗北したリムハイトか、呪剣を快く思っていない教会関係者、若しくは彼の活躍で昇進したネヴィル元帥の政敵といったところでしょうか」
ティアンナが情報を整理し、容疑者を絞り込む。
「まず、リムハイトの線は無いね。戦から一年も経って、マディスを排除しても意味が無い。まして冒険者ギルドを敵に回す様な馬鹿でもないだろう。動機として一番強いのは教会だろうが、あいつらがこんな手を使うとは思えないね。呪剣士を消すために呪いの武器を装備した狂戦士を雇うだなんて笑い話だよ。教会なら正攻法で責めてくるはずだ。悪魔崇拝者として認定した上で、身柄を拘束するはずさ」
大魔道が語ったように、ラディア王国の教会組織、正確に言えば大司教は以前からマディスのことを問題視し、ギルドへ警告を出していた。曰く、呪いの装備を付けた冒険者など魔物同然で、盗賊を引き回したのがその証拠だと、かの呪剣士の冒険者免許をはく奪せよ、と強硬な要求をしてきていた。
かつてのフェリスのような言い分だが、聖職者としては分からないでも無い。ただ、ラディアの大司教はかなりの潔癖症というか偏狭なところがあり、王宮とも衝突していた。
先王夫妻が死去した際も、残されたラウレンティア姫を聖地で保護すると言い出し、国王は「我が姪を魔女扱いし、聖地で監禁するつもりか!」と激怒した。それ以来、王宮と教会の仲は疎遠だ。
マディスの件について、大魔道は大司教の訴えを一蹴していたし、王宮と申し合わせて聖地の大聖堂へ越権行為が過ぎると申し立てもしていた。ともかく、教会であれば暗殺などせず、正面からマディスを排除すると大魔道は判断した。
「ネヴィル元帥の政敵の線も薄いだろう。やるならもっと元帥の身近な人間を狙うはずさ。アーサー卿とかをね。只の冒険者のマディスを狙う意味はほとんど無い」
「とにかく、今は狂戦士の足取りを追うしかないだろう。あれだけ目立つ格好をした奴だ。情報は集まりやすいはずだ。裏通りの酒場や裏社会の人間をあたるべきだ」
そう発言したのはグレイだ。彼は大魔道から念話で呼び出され、急遽王都に帰還していた。ちなみに大魔道の念話は相当遠くにいる人間まで届くらしい。どうやって遠方にいる人間を補足しているのかもわからず、グレイは底知れぬ大魔道の魔法に「俺もまだまだ人間だな」と一人自嘲していた。
「グレイのいう通りだね。今は情報が無さすぎる。諜報部門は奴の足取りを追え。マディス達にも迷宮外では監視をつけろ。二度と同じ轍は踏ませるな。男衆はともかく、女達は特に注意して護衛しな。……エミリーは私の孫同然だ。あたしの身内に手を出した奴らには相応の報いを受けさせてやるよ……」
大魔道がそう言い放つと、静かに殺気混じりの魔力を放ち始め、その場にいた全員の身がすくんだ。大魔道……その魔力は年老いてなお健在であり、尊称通り世界一の魔法使いだ。彼女を敵に回すとは黒幕達は愚物以外の何物でもない。その場の出席者はそう思いながら会議は終了した。
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