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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第三章
40/62

第40話 決闘

 無事地上に戻ると外はまだ明るかったが、エミリーが喉が乾いたと言うので酒場に向かった。


 エミリーとマギーはとりあえずビールを注文し、その渇きを癒した。ほかのメンバーも果実水等を思い思いに楽しんだ。料理はマギーが頼んだソーセージがどっさりと運ばれてきた。


「ちょっとあんた頼みすぎよ。ソーセージばっかりこんなに」

「えーだって、あれだけ汗かいたんだから、しっかり塩分とらないとダメだよ。ほらほら皆も食べな」

「……何で、汗をかいたら塩分を取らないとダメなんですか?」


 疑問に思ったマディスが、聞いてみた。


「あら、知らないの? まあ無理もないか。汗をかくとね、体の中の塩が流れ出てしまうのよ。ほら、汗ってしょっぱいでしょ。体の中の塩分が不足すると、疲れやすくなったり、最悪は死んでしまうのよ。砂漠の国の学者がね、建築現場で水と一緒に塩を取らせたら、作業員の疲労や倒れる人が減ったって実験結果が出ているから間違いないわ。他にも汗をかくと、体の中の悪い成分が出るから美容にもいいのよ」


 ビールを豪快に飲みながら、エミリーが学者らしい見識を披露した。


「へー。汗と一緒に体の中の成分がねぇ」


 そう言ってマディスはソーセージを頬張った。確かにエミリーの言った通り、塩分がいつもよりおいしく感じた。その日は飲み食いは程々にして、早々と解散した。

 店を出た時点でも、日は暮れておらず、だいぶ早い夕食となった。


 マディスは、フェリスとラタンを連れて、ギルドへ向かった。ダグドを警戒して単独行動を避けるためだ。相変わらずマディスはギルドの客間で寝泊まりをしている。フェリスが余りギルドに甘えては、と苦言を呈したが、その後はティアンナと何かを話していたようで、何も言わなくなった。


 マディスは知らぬことだが、ティアンナはマディスを一人にすると、何かやらかすかも知れないと、目の届く所に置きたがったのだ。そのため、ギルドの客間の一つは実質マディスの部屋となり、ガラクタ同然の呪いコレクションが増える一方だ。


 ギルドの前で二人と別れ、部屋についたマディスは装備を外し、食休みを取っていたが、急にドンドン! と乱暴にノックされ、ドアを開けると、泣き顔のマギーがいた。


「マディス君! 助けて! エミリーが、エミリーがさらわれちゃったのよ!」


 とんでもないことを口走るマギー。とにかく彼女を落ち着かせ、詳しい事情を聞いた。


「あの後、あたし達飲み足りなくて、別の店で飲んでたんだけど、家に帰る途中で襲われたのよ! あの狂戦士の男に! 一瞬のことで何も出来なかったわ。それでどうしようかと思ったら、エミリーの鞄が投げられて、この手紙が括り付けられていたの。


 マディスは鞄と一緒に手渡された手紙を声に出して読んだ。


「呪剣士、女の命が惜しければすぐに一人で、今日出会った迷宮の部屋に来い。決闘だ」

「そ、そんな……」


 マディスは、なんてことだ、自分のせいでエミリーが狙われるとは、……まさか、呪剣が災いを呼び寄せたのか、と、顔を青褪めた。しかし思い悩む暇はない、とすぐに行動に移した。


「本部長やティアンナさんはこのことを?」

「それが、運悪く王宮で会食が入っていて、すぐに連絡が取れないのよ! 私、もうどうしたらいいか……」


 マギーは、日々の明るさが嘘のように暗く沈み、今にも倒れそうだ。マディスはこうなれば、相手のいう通りにするしかないと思ったが、自分一人であの男を倒せるだろうか、と自問自答した。


 あの男は自分と同様に、呪いの装備にこだわりがあるようだった。恐らくだが、卑怯な手は使わずに、文字通り決闘をしたいだけだろう。奴は強い……クスリの影響もあり、その筋力、敏捷性は自分より上だ。防具は付けていないので、一撃でも与えれば、こちらの勝ちだが、それは相手も同じだろう。果たしてどうすれば。


 マディスは思い悩むが、あまり時間も掛けられない。とにかく、出たとこ勝負になるが、今の状況では相手の言われた通りにするしかない。マディスは鞄を持ったまま、迷宮へ向け走り出した。


「マギーはフェリスやラタンさんに連絡してくれ! あと可能な限り本部長やティアンナさんに連絡が取れないか試してくれ!」


 そう言い残すと、迷宮へと急いだ。街は日が暮れ始めており、王都の城門が閉められる前に間に合った。迷宮の入口に着き、検問所で狂戦士について聞いてみる。たしかに迷宮に入っていったらしい。大きなズタ袋を抱えていたそうだ。


「怪しいとは思わなかったんですか! 何のための検問ですか!」

「わ、私に言われましても、野営の道具が入っているとしか思えませんでしたし」


 マディスは衛兵の職務怠慢に舌打ちをすると、とにかく地下三階へと急いだ。魔物に構ってる暇などない。ひたすら全力で迷宮をひた走る。


 ようやく地下三階の例の部屋の前まで来た。何も考えずに全力で走ってきてしまったため、息も絶え絶えだ。マディスは持ってきてしまっていたエミリーの鞄を漁り、水筒を発見し、ぐびぐびと飲み干して息を整えた。鞄の中には、エミリーの迷宮対策用品が入っており、いつか使っていた火炎瓶も何個かある。


「……これは、使えるか?」


 それを見て、何かを思いつくマディス。確証は無いが、ダメで元々と試すことにした。


 意を決して部屋に入ると、中央に狂戦士ダグドが胡坐をかいて座っていた。エミリーは部屋の後方の隅っこに転がされていた。さるぐつわをされ、ロープで縛られている。どうやら意識があるらしく、びくっと反応していた。


「よお呪剣士、約束どおり来てくれたな。嬉しいぜ」

「エミリーは無事なんだな?」

「安心しろ、何もしてねえよ。あんなガキみたいな女、手を出す気にもならねえ」


 ダグドがそう言いながら立ち上がると、エミリーがもごもご言いながら、びったんびったんと尺取り虫のようにもがいていた。……どうやら怒っているようだが、元気そうでマディスはひとまず安堵した。


「……何でこんなことをする?」

「俺はこの剣一つを相棒に戦ってきた。呪いを身に受けながらな。それなりにプライドってもんがある。俺以外に呪剣を操るって男の話を聞いて、居ても立っても居られなくなったぜ。とにかく、呪われた戦士なんてもんは、俺だけで十分だ。さあ、どっちの呪いの剣が強いか試そうぜ」

「そんな下らないことのために、こんな周到な準備を?……狂ってますね」

「へ、俺にとっちゃ褒め言葉だぜ、俺はこの剣を手に入れてから、戦いたくて戦いたくてしょうがねえ。おめえもそうじゃねえのか? 常識人ぶってるが、戦いを求めてんだろう本当は。ま、それはさておいて、おめえに死んでほしいって、お人がいてな。実益も兼ねてだ。さあ、問答はもう十分だ」


 ダグドは喋り終えると、呪いの大曲剣を鞘から抜き、腰に下げている袋から何やら粉のようなものを取り出し、吸い込んだ。


 マディスは自分の死を望む人物がいると聞き、衝撃を受けていたが、とにかく今はこの場を切り抜けなくてはならない。マディスは吸血剣を抜き、右手に構えた。対人に限っては吸血剣の方が戦いやすい。それに相手はほぼ裸だ。呪剣で無くても一撃が決まれば終わる。


「へ、それにしても考えたな、鎧も着けずに来るとは。この剣の前では鎧は無駄だと悟ったか。さあ、そろそろクスリが効いてくるぜ」


 マディスは鎧を身に着けていなかった。丁度、装備を外していたというのもあるが、あの剣の前では、一撃もらえば終わりだ。この戦いは、どちらかが一発でも攻撃を当てれば決着がつく。そう判断してのことだ。マディスはエミリーの鞄から火炎瓶を取り出し、適当に辺りに投げた。瓶が割れてすぐに火がついた。


「なんのマネだ? 火で俺の動きを封じ込めたつもりか……そんな小細工で俺はトメラレネエゾ!」


 そう叫ぶと、ダグドが襲い掛かってきた。マディスは鞄を捨てると、迎撃に移った。すぐに距離を詰めたダグドが剣を振るい、マディスはこれを回避するが、その風圧は尋常では無かった。ダグドの剣筋は凄まじく、マディスは紙一重で避けるのが精一杯だ。鎧を着ていれば、躱わせなかっただろう。


 ダグドは次々と斬撃を放ち、マディスはひたすら回避した。二人の様子はまるで踊っているかのようだ。マディスの作戦は、回避に徹し、相手の体力が尽きるのを待つというものだ。隙があれば反撃したいところだが、とてもそんな余裕は無かった。


 ダグドは部屋のあちこちで燃え盛る火をものともせず、攻撃を繰り返した。すぐにダグドの体に大粒の汗が浮かび始め、マディスもびっしょりと汗をかいていた。マディスは今回呪剣を抜いておらず、恐怖が欠落しているわけでは無かったが、一撃一撃を冷静に躱していった。


 既に呪剣を抜かずとも、戦いに置いては恐怖を感じない境地にマディスは到達していた。もっとも本当の所はわからない。呪剣の呪いがマディスを徐々に浸食し、人間性を奪っているのかも知れない。ともかく、二人はいつ果てるとも知れぬ、死の踊りを舞い続けた。


 やがて、徐々に狂戦士の動きが鈍ってきた。流石に体力が尽きかけてきたようだ。部屋の中は燃え盛る火のせいで暑く、それに加えて互いに相当な時間動き続けている。だが疲れているのはマディスも同じだ。


 既にマディスの体力は限界だった。気力だけでどうにか体を動かしているが、息も絶え絶えで、目の前がチカチカしてきた。遂に一瞬、視界がぐらつき、動きを止めてしまった。その隙を狂戦士が見逃すはずもない。


「もらった! てめえの負けだ! 呪剣――」


 ダグドが大曲剣を振り上げたその瞬間、その動きが不自然に停止した。慌てて、大曲剣を振り下ろすが、停止した体勢から繰り出されたその剣筋はひどく鈍く、マディスは吸血剣で大曲剣を弾いた。弾かれた大曲剣はダグドの手を離れ、宙へと舞い上がった。マディスは振り上げた吸血剣を袈裟懸けに振り抜き、狂戦士の胸を切り裂いた。


 ダグドは斬撃を受けると、そのまま後方に倒れ込んでしまった。傷は浅かったが限界まで疲労しているところに吸血剣を食らい、すぐには動けなかった。そのダグドに、舞い上がっていた大曲剣が一直線に落ちてきた。


「グハァ! ば、ばかな……」


 まるで導かれるかのように、大曲剣は彼を目掛け落ちていき、ダグドはそのまま腹部を大曲剣に貫かれ絶命した。彼は狂戦士として戦い続け、その相棒によって戦いの幕を閉じた。突き刺さった呪いの剣が、彼の墓標となった。


 マディスの作戦の真意は、体力勝負もあったが、クスリの効果が切れるのを待つことであった。どの程度時間がかかるのか、全くわからなかったが、汗をかき続ければ、効果が切れるのが早まるのでは、と考えてのことだ。


 その為、どの程度助けになるかわからないが、火を撒き散らし、室温を上げた。エミリーがいれば、クスリの効能についてもっと詳細が知れたかも知れないが、それが彼女が狙われた理由かもしれない。


 マディスは急いでエミリーの元へ行き、さるぐつわを外し、ロープを解いた。マディスは自分のせいでこんな目にあわせて申し訳ない、とすぐ謝ろうとしたが、自由になったエミリーは、マディスを無視して一直線にダグドの死体に駆け寄った。


「ガキみたいな女で悪かったわね!! この腐れ〇〇が!!」


 淑女にあるまじき暴言を発したエミリーは、ダグドの死体を思い切り蹴飛ばした。文字通りの死体蹴りだ。


 エミリーは気が済んだのか、メガネの位置を人差し指で直すと、マディスの元へ来た。


「……マディス。ありがとう、助かったわ」

「……エミリー、でも僕のせいで――」

「それは言いっこ無しよ。私も油断していたわ。貴方も誰かに命を狙われる程の男になったってことよ。冒険者なら、いえ人間なら誰でも成功すれば、快く思わない人たちが出てくるの。いいこと、アンタが萎縮する必要なんて無いんだからね」


 エミリーは気丈にもマディスを励ました。マディスは強いひとだと思い、彼女の為にも自分が落ち込んでいる場合ではない、と気を引き締めた。

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