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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第一章
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第4話 ゴブリン

 店を後にし、門を出て森へ向かうマディス。途中衛兵からひどく憐れんだ視線を向けられたが、そのあまりの軽装ぶりのせいだろう。碌な装備も持たず、持ち物といえば、腰に吊り下げた鎌と袋だけであった。


「あの小僧。根は真面目そうだから生きて帰ってきてほしいものだが……」


 衛兵は誰に聞かせるともなく、呟いていた。彼はマディスのような若者を大勢見てきたが、最低でもこん棒程度の武器を所持しているものだ。そういった彼らでも大半は死ぬか、大けがをして帰ってくる。衛兵は一人、名も知らぬ若者の無事を祈った。


 ●


 マディスが街道を歩き、暫く経つと、やがて街道から、森へ伸びる小道が見えてきた。多くの冒険者たちに踏み固められた、その道を進んでいくと、やがて森の入口が見え、マディスは不吉な予感に襲われた。


 しかし、手持ちの金では宿に泊まることすらできない。冒険者として生計を立てられなければ、飢死するか追剥ぎにでもなるしかない。そう考え意を決して進んだ。


 視界の悪い森の中を注意深く進み、様々な雑草の中からお目当ての薬草を探す。


「あったこれだ!」


 幸先よく見つけると、鎌で根本をほじくり採取する。幸いこの辺の土はやわらかく、問題無く採取出来た。


「これで銅貨一枚か」


 しみじみと薬草をみる。マディスにとっては、初めて労働で対価を得る経験であった。実家では、農作業をしても賃金などもらえなかった。気分が良くなったマディスは、先ほどまでの恐怖も忘れ、夢中で薬草探しに熱中した。その甲斐あって、五つ程手に入れることができた。


「この調子なら、なんとかいけそうだ」


 自分を励ますように一人呟やく。その時、向かいの木陰に座り込んだ人影が目についた。目を凝らしてよく見てみると、緑色の皮膚に毛の一本も生えていない頭部。マディスの半分程の背丈。明らかに人ではない、それはゴブリンであった。こちらには気づいていないようだ。


(間違ってもゴブリンと戦おうなどと思うなよ)


 店主の忠告がマディスの脳裏をよぎった。気づかれないように、ゆっくりと後退しようとしたその時、ゴブリンの足元付近に、薬草がいくつも生えているのに気づいてしまった。


(あれだけあれば、今日の稼ぎとしては十分だ)


 欲が出てしまったマディスは、ゴブリンを注意深く観察する。武器は持っておらず、素手。眠っているのか、じっとして動かない。やれるのではないか。冒険者として生きていくのであれば、必ず通る道、今の目の前の好機を逃してしまうのは惜しいと、マディスは思った。


 ゴブリン討伐を決心したマディスは、慎重にゴブリンの背後から近づく。鎌で致命傷を与えるのであれば、狙うのは首筋。首に傷をつければ、即死はしなくとも失血死を狙えるはずだ。そんな皮算用を頭に浮かべながら、襲いかかろうとした瞬間、木陰の死角にもう一匹ゴブリンがいるのに気づいてしまった。


(しまった!?もう一匹いたのか!)


 後悔するも、既に動き出した体を止めることはできず、中途半端に切りかかってしまった。鎌の一撃は、ゴブリンの肩をわずかに切り裂いただけであった。


「ギシャャャャャャャ!」


 切られたゴブリンが、驚きの奇声を上げる。立ち上がり、隣のゴブリンと一緒にマディスを見る。この時マディスは、初めてゴブリンを正面から見た。醜悪な顔には憤怒の感情が見て取れ、口からは牙がのぞき、悪臭とともにだらしなく涎をこぼしていた。


 奇襲が失敗したショックと、ゴブリンの凶相から発せられる殺意で、マディスの精神は崩壊しかかっていた。あまりの恐怖に、先ほどまでの考えなど全て吹き飛んでいた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 今度の奇声の主はマディスである。もはや戦おうともせず、後方へ全力で駆け出していた。


「がああああああ!」


 怒り狂ったゴブリン二匹が後を追う。


「誰か!!誰か助けてください!!」


 逃げながら恥も外聞もなく、今まで出したこともない、大声で助けを求める。だが助けは来ず、それどころか大声のせいで、さらに別のゴブリンまで呼び寄せてしまう始末であった。


 逃げ惑う中、とうとう木の根につまづいてしまうマディス。気づけばゴブリンは五匹に増えていた。その内の一匹は、いつの間にか手放してしまった、マディスの鎌を持っている。


「来るな!ぶっ殺すぞ!」


 座り込んだ姿勢のまま、手元にある木の枝や小石を、わめきながら投げつける。ゴブリンたちは獲物を追い詰めた愉悦のためか、先ほどまでの凶相から打って変わり、醜悪な笑みを浮かべていた。


「笑ってんじゃねえ!本当にぶっ殺すぞ!」


 今にも殺されそうなマディスが後ずさりしながら、投げられるものを求めて手元をまさぐる。鎌を持ったゴブリンが、ゆっくりと近づき、マディスへ向け鎌を振り上げると、マディスの恐怖は最高潮に達した。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 絶叫している最中、マディスの右手が何かに触れた。確かめることもせず、無我夢中でそれを握りしめ、ゴブリンへ振り上げた。


「はへ?」


 次の瞬間、ゴブリンの首と胴が二つに別れ、返り血がマディスに降り注いだ。

 呆然としたまま、右手に目を向けると、その手には、錆びついた剣が握られていた。

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