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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第三章
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第39話 狂戦士

 翌日、マディス達は地下迷宮の前で集合していた。検問を受け地下迷宮に入る一行。以前であればエミリーが先導していたが、今はマディスを先頭に前衛が先行し、エミリーは最後尾で後方を警戒している。


 なお前衛はマディス、テオ、フェリスで後衛にラタン、マギー、エミリーとなる。純粋な近接戦闘力としてはフェリスよりもラタンの方が上だが、フェリスの経験を積むためにあえて前衛にしているのと、突然の後方からの奇襲の際に、経験豊かなラタンが後方にいれば、フォローがしやすい。そういった判断での隊形であった。


「そういえば、あの護符は結局どうだったの?」


 道すがら、フェリスがマディスに問いかける。


「……付けると、筋力が下がる効果しかなかったよ」

「えーそんなのゴミ以下じゃん。そんなのに銀貨一枚払ったの? お金の無駄よ。そんなお金があるならあたしにおごってよ!」

「おごりはともかく、無駄使いなのは間違いないわね。……しかし、あなたのその能力も大概よね。呪い限定にせよ、どうして効果がわかるわけ? 前代未聞よ」


 皆が口々に、マディスの収集癖を非難するが、マディスはどこ吹く風だ。エミリーが指摘したが、ベイル会戦以来、マディスの能力は更なる進化を遂げていた。呪いの有無を判別することは勿論、ある程度ではあるが、その呪いの効果や来歴のようなものが判別できるようになっていた。


 今話に出てきていた護符であれば、筋力が下がるというのが手に取っただけで判別できた。ただしどの程度下がるかまでは不明だ。


 地下一階に関しては、こんな調子で雑談交じりで大した緊張感もなく進めた。道順もすっかり頭に入っており、地図を見る必要すらない。途中でたまに遭遇するスケルトン等をあしらいながら、マディス一行は地下二階への階段を下りた。


 地下二階ともなると、流石に油断はできない。徘徊している魔物は主に青いスケルトンだが、集団で出てくればそれなりに脅威だ。そしてこの階層から出てくる厄介な魔物がいた。マディスが先頭を歩いていると、通路の奥から、バサッバサッっと翼のはためく音が聞こえてきた。


下級悪魔レッサーデーモンだ!」


 マディスが叫ぶと、やがてヤギの頭に人間の四肢、そしてコウモリのような大きな翼をもつ異様な生物が現われた。


 魔物は空を飛び、低空飛行でマディス達に襲い掛かった。テオが標的にされたが、盾を使い攻撃を防いだ。魔物は空中へと退避し、今度はマディスを目掛けて跳びかかってきた。マディスは敵の突進に合わせ、すれ違いざまに斬撃を放ち、首を切り落とした。


 魔物は悪魔と呼ばれているが、経典にある悪魔とは無関係だ。正確に言えば、経典に書かれている悪魔の想像図にそっくりなため、そう呼ばれている。だが、エミリーによれば、因果関係はむしろ逆で、この魔物を元に悪魔の想像図が書かれたのではないか、との事だった。


 赤い肌を持つこの個体は強さとしては最下級の存在だが、飛行能力と、オーク並みの筋力、そして魔法への高い抵抗力を持つ危険な存在だった。地下二階ではほとんど単体でしか出ないが、これより下の階層では複数体でも出現し、かなりの脅威となる。なお、上位種になると、体が青くなる。通常の魔物とは逆だ。これもこの魔物の特異性の一つと言えた。


「しかし、なんだって地下迷路でこんな翼を持つ魔物が出るのかね? こんな狭いところじゃ空を飛ぶ能力もたいして生かせないだろうに」

「地下迷宮はね、そのほとんどが魔法生物というか、自然界では存在しないような、人工的な魔物が出るのが特徴よ。……人工的っていっても人間が作ってるわけじゃないけど。スケルトンなんかも、かつては死んだ人間の骨が動き出したものと考えられていたけど、どうも魔法生物の類で、無限に生み出されるみたいね。ゾンビ何かは実際に死んだ冒険者の死体が魔物化したものだから、個体数は相当少ないわ」


 討伐証明の角を採取しているマディスを尻目に、テオが疑問を呈し、エミリーが答える。エミリーが答えたように、地下迷宮に出現する魔物はそのほとんどが魔法生物の類で、これに対して大森林のような自然迷宮は、その地にいた動植物が瘴気の影響で魔物化してしまったものらしい。野犬が魔犬に、猿がゴブリンに、猪がオークにといった具合だ。


 マディスが討伐証明を取り終えると、一行は再び迷宮を進んだ。地下二階も最短距離で進み、地下三階を目指す。ここ最近は、地下二階も探索し尽くしたため、地下三階を下りてすぐの場所を行ったり来たりして、魔物との戦いに明け暮れていた。


 そして、いよいよ本格的に地下三階を探索することにしたのである。やがて、下に下りる階段が見えてきた。一行は気を引き締めて階段を下りる。これより下は、地下迷宮中層という扱いだ。だが、同じ中層といっても、大森林の中層よりは危険度が高い。中心となる魔物は青いスケルトンで、これはさほどの脅威ではないが、レッサーデーモン複数体と同時に出現することで、その危険度は一気に引きあがる。


 ともかく、一行は慎重に迷宮を進む。迷路自体は上層とほぼ変わらず、無機質な石畳と壁はそのままだ。やがて一行は部屋の前に辿り着いた。ドアの前で耳をすませると戦闘音が聞こえてきた。他の冒険者が戦っているのかも知れない。


 他の冒険者の戦闘を目撃した場合、特段苦戦の様子がなければ手出し無用というのが暗黙の了解だ。逆に苦戦していれば、押しかけ助っ人の形になるが、躊躇せず助太刀するのが常識であった。助けられた側は、謝礼を払ってもいいし払わなくてもよい。無論、払う方が無難ではある。払うのを義務化してしまうと、トラブルの元になるからだ。


 勿論、助けが必要な状況で助力を受けていながら、謝礼をしないのは不義理な冒険者と見做され、冒険者間で共有される。


 マディス一行は、そっと中に入った。あまり大きな音を立てては、他の冒険者の戦闘の邪魔になるからだ。中では冒険者が一人で魔物の集団と戦っていた。マディスは一瞬、助太刀に入ろうと身構えたが、すぐにそれが不要であると判断した。冒険者は一人で魔物の群れを圧倒していたのだ。


 その冒険者は、防具らしい防具を身に着けておらず、下半身に革の腰巻を身につけているぐらいだ。一方で武器は恐ろし気な見た目をした、大型の曲剣を使用していた。剣からは禍々しい気が放たれ、マディスでなくても、呪われていると直感的にわかるものだった。……剣の柄の中央部分にドクロのマークがついているというのもあったが。


 その戦闘ぶりは凄まじく、大曲剣を振り回し、縦横無尽に部屋の中を駆け巡り、彼が剣を振るうたびに、魔物どもは地に伏していった。その剣速はグレイには劣るものの、マディスの攻撃を超えるスピードで、今のマディスが一度まともに受けてしまえば、鎧ごと両断されてしまうと感じる威力であった。


 やがて魔物達は全滅し、冒険者がこちらに近寄ってきた。マディスたちは思わず、身構え、戦闘態勢を取ってしまった。その様子が尋常では無かったからだ。彼の表情は、狂暴な猛獣を思い起こさせ、はーっはーっと荒く息をし、全身に玉のような汗をかいていた。今まで戦っていたのだから、息が切れていても不自然では無かったのだが、彼の息遣いは、そういった類の物ではなく、怒り狂った猛獣のそれであった。


 彼の風貌は髪の色は茶色で、油で固めているのか、髪を逆立てていた。上半身には何も纏わず、下半身は腰巻と、この辺りでは見ないような遊牧民が着るズボンを履いていた。


「あれは……クスリをやっているわね」

「クスリ?」


 エミリーがそう言うと、正面の冒険者が、ようやく一息ついたようで話しかけてきた。


「驚かせたな。安心しろ、お前らと揉めるつもりはねえ。俺は銅級冒険者、狂戦士バーサーカーのダグドだ」 

「狂戦士? ……あ、失礼しました。僕は銅級冒険者、呪剣士のマディスです」

「へえ。あんたが噂の呪剣士かい。思ったより平凡な男だな」

「……そうですか、あ、後ろにいるのが僕のパーティーのメンバーで――」

「――おめえの連れには興味ねえよ。呪剣士、会いたかったぜ、俺はお前に会うためにこの国に来たんだ」

「僕に? 何故ですか?」

とぼけんなよ。お前もわかってるはずだ。俺の武器は呪いの大剣……呪われた武器なんざ使うのは俺ぐらいだと思ってたが、ラディアには呪剣士とかいう奴がいるって聞いてな。会いに来たってわけ――」


 そう話している最中、ダグドが不自然に硬直した。だがすぐに調子を戻すと話を続けた。


「――すまねえな。この剣の呪いで、時折全身が動かなくなるのさ。一瞬だがな」

「……一瞬とはいえ、魔物と戦っている時にそうなっては危険ではないですか?」

「それはお前の心配することじゃねえ。しかしガッカリだぜ、呪剣士。もっとイカレた奴かと思ったが、ずいぶんと品の良さそうなおぼっちゃんじゃねえか」

「はあ。期待に答えられず、すみません」


 マディスが力なく答えると、ダグドはハッハッハッ! と高らかに笑った。


「すみません。ときたか、面白い奴だ。……お前にあったらすぐにでも殺してやろうと思ったが、気が変わった。お仲間もいるようだし、また今度にしといてやる」


 ダグドは恐ろし気なことを言うと、剣を鞘に収め、そのまま背中に背負うとその場を立ち去った。


 マディス一行は黙って見送っていた。気まずい沈黙が流れる中、マディスがぽつりと言った。


「狂戦士だなんて、そんな物騒な職業(クラス)、許されるんですかね」


 その場の全員が、お前が言うな、と非難の目で見るが、本人は気づいていもない。


「さっきも言ったけどアイツ、クスリをやってるわよ。別に違法ではないけど、呪いの剣と合わせてまともな冒険者とは言えないわね」

「そのクスリというのは?」

「ある種の興奮剤なんだけど、そのクスリを使うとね、全身の筋力が上昇するの。ただ副作用で細かい思考ができなくなるんだけどね。具体的にいうと、敵を見ると見境なく攻撃してしまうとかね。だからあのクスリを使うものを指して狂戦士と揶揄する人もいるのよ。もっとも、伝説にある狂戦士は敵も味方も見境なく攻撃する文字通りの狂人だけど、あのクスリにそこまでの効果はないわ。敵味方の判別くらいの理性は残るから、ずいぶんとお上品な狂戦士なわけよ」

「そんなクスリ、合法でいいんですか?」

「だからアンタが言うんじゃないわよ。あんたの呪剣も大概よ。ま、呪われた武器と同じで社会的に忌避されるものだけど、クスリで暴走して街中で暴れたとかの事件があるわけじゃないからね」

「……彼の呪いの制御も、その辺に秘密がありそうですな」

「なるほど。クスリである種、強制的に体を動かすことによって、呪いの作用を抑え込んでいるわけね。全くあなたといい、どうしてそうやって抜け道を探すのには知恵が回るのよ」


 博識なエミリーがクスリについて語ると、ラタンが鋭い指摘をし、彼の呪い対策が見えてきた。ともあれ、今のマディス達には彼に構っている暇はない。


「マディス。しばらくは一人で行動するのはおよしなさい。必ず集団で行動するのよ。あの男、何をするかわからないわ」

「……そうだね。フェリスも気を付けて、なるべく一緒に行動するようにしよう」


 マディス達は気を取り直して、地下三階を探索した。しかし、狂戦士の登場に調子が狂わされたか、皆どうも動きに精彩を欠き、挙句にはレッサーデーモンがぎっしりと詰まった部屋を引き当ててしまい、全力で逃走する羽目になった。


「もう嫌! 今日は帰りましょ! あたしもう汗でビショビショよ!」


 マギーがグズり出したのもあるが、マディスは確かに今日は幸先が悪いと思い、少し早かったが帰還することにした。

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