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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第三章
38/62

第38話 パーティー

 ラディアとリムハイト間の戦争が終結してから一年が経過しようとしていた。王都はこのところ平穏で、特に事件も起こっていなかった。今日も、ギルドは迷宮帰りの冒険者達で賑わっていた。冒険者達は日々情報交換に余念がない。


 迷宮には常に魔物たちが溢れ、時折特定の魔物が異常繫殖をしていたり、最悪はスタンピードを起こす可能性がある。この迷宮が一体何なのか、学者が日々研究し、神官達が悪魔の仕業と騒ぎ立てても、本当の所は何もわかってはいないのだ。いつ、何が起きても不思議ではない、人智の及ばぬ魔境。それが迷宮であった。


 そして、そんな迷宮の情報を得るべく、冒険者達がギルド出張所の脇にある休憩所で話し込んでいた。


「あんた、王都は初めてか?」

「ああ、そうだ。地下迷宮を今日探索してきたところだ。王都で注意すべきことはあるか」

「最近取り立てて気を付けるべきことはないが、一人ヤバい奴がいる。そいつには気をつけな」

「ヤバい奴って……何だ? 素行不良な冒険者でもいるのか?」

「そんな生易しいもんじゃねえよ。……噂をすれば、本人のご登場だ。よく見ておけ。あれが王都名物、呪剣士マディスの一行だ」

「あれが、有名な呪剣士か……」


 そう言って世間話をしていた冒険者達が見たのは、一人の青年を先頭に進む、冒険者のパーティーだ。


 先頭の青年は、精悍だがどこか影のある顔立ちをし、逞しい肉体と立派な装備に身を包んでいた。片方に、血のように赤いサーベルを差し、そしてもう片方には、貧相な布製の鞘に収められた、何やら柄に錆びの浮いた剣を差していた。サーベルと比べてみすぼらしく、その異様さが目立った。


 彼に続くのは、青年と同じ年ごろに見える栗色の髪をした男で、こちらは非常にスタンダートな剣士という出で立ちだ。腰に立派な長剣を差し、カイトシールドを装備していた。装備はやや軽装で、胸当て位しか付けていない。


 そして赤い髪をした美しい女神官。これは灰色のローブを纏っていることから実践派の神官だとわかる。その後ろに彼女と同じ出で立ちの中年の神官が続き、最後尾にはやや太目の女魔法使い、そしてずいぶんと小柄な女斥候だ。


「なんというか、思ったより普通の戦士、って感じだな。もっと凶悪な装いのヤツかと思っていたが……顔に鬼の面を付けているとか」

「見た目に騙されるな。奴は紛れもない狂人だ。ここだけの話だがな、去年のベイル会戦にも奴は参加していたらしい。軍は認めていないがな。なんでも剣に血を吸わせるために戦場に趣き、立ちはだかるリムハイト兵を一人残らず切り殺したらしい。世間じゃあの会戦はアーサー卿が活躍したことになっているが、本当は奴が敵将を血祭にあげたのが勝利の要因らしい。その惨たらしさが公になるのを恐れた軍が、ギルドと申し合わせて奴が参戦したこと事態無かったことになっているがな」

「信じられんな。それにしてもなんでパーティーに二人も神官がいるんだ?」

「奴の呪いが暴走するのを抑えるため、最低でも神官が二人必要なんだとか。あの神官の姉ちゃんだが奴の女だという噂もあるな。……あの女も相当凶暴らしい。手を出してきた男を殴り殺したという話もある。まあとにかくあの連中には関わるな」


 そう話していた冒険者達だが、件の青年が急に彼らの方を向き近づいてきた。話しているのを聞かれたと思い、顔を青ざめる二人。


「あの、失礼ですが、少しよろしいですか」

「は、はい! なんでしょうか……」


 男は殺されると思ったが、彼の口調は穏やかで、そういった気配はない。とにかく刺激しないように答える男。


「そのお手元の護符ですが、僕の見立てでは呪われていますね、それ」

「はい? そ、そうですか、今日の探索で発見しまして、まだ未鑑定なので何とも……」

「いえ、間違いなく呪われていますね。よろしければ僕が買い取りましょう。銀貨一枚でいかがでしょうか?」

「え? 銀貨一枚も? こんな未鑑定の護符にですか? ……わかりました。お譲りします」


 そうして取引は円満に完了した。青年は満足げに去っていった。


「何だったんだ? 今のは、儲けたから良かったが」

「運がよかったなあんた。呪剣士は呪いの品を集めているらしくてな。ああやって時たま、未鑑定の品々を買い取るんだ。何でも呪いの装備を集めて、究極の呪いを作ろうとしているとか」

「本当か? それ。本当なら犯罪じゃないか。そもそも未鑑定なのに何で呪われてるってわかるんだ?」

「それが奴の恐ろしい所だ。あいつには呪いを見分ける力があるらしい。それが呪剣士マディス。別名、呪われしマディスだ。奴には自分から決して近寄るな。……呪い死ぬぞ」


 男たちは身震いしながら、去っていくマディスを見つめていた。


 ●


「マディス……また未鑑定品を買い取ったの? 無駄遣いはおよしなさい」

「……いいじゃないか、フェリス。僕の稼ぎをどう使おうが。それに念願の匂いがしなくなる装備品かもしれないんだから」

「マディス君、何でそんなに呪いの装備を集めるのにこだわるのさ? そんなのコレクションしてどうするの? マディス君が死んだら全部ゴミだよ」

「まあ呪いは別にして、未鑑定品だから値打ち物の可能性はあるけどね。……でも銀貨一枚は高すぎるわ。どうせ地下一階の発掘品でしょ? 大した物は出ないわよ」


 マディスの収集癖を窘めるフェリスに、マディスが反論するが、マギーとエミリーからも散々な言われようだ。マディスはグレイと手合わせして以来、ひたすら地下迷宮を探索して腕を磨いてきた。


 この一年でマディスは大きく成長した。単に戦闘経験を積んだという話ではなく、物理的にだ。日々体づくりとして、人の倍以上食べてきたことが身を結び、痩せてガリガリだった体は今や筋肉のついた逞しい体へと変貌していた。また身長も伸び、今ではティアンナより背が高くなった。


 マディスはエミリーとマギーに、フェリスとラタンも加えてパーティーを組み迷宮探索をしていた。今も迷宮探索をして、いくつかの討伐証明をギルドで精算した帰りだ。


「マディス。明日からはどうするんだ。このまま地下三階入口付近に留まるのか?」


 そう聞いてきたのはテオだった。テオは半年程前にロドックから上京してきた。銅級に昇進し、マディスに借りを返すと言ってパーティーに加わったのだ。前衛が不足していたマディスのパーティーに、テオが加わったことで、パーティーの実力はかなりの物となった。今やマディスのパーティーは王都でも上位層に入る精鋭だった。


 なお、テオの相棒ミロは、ロドックに留まった。彼はまだ鉄級で実力不足というのが理由だが、本当は色々と気が利いて便利なミロを、レオンが手放そうとしなかったのだ。ミロはレオンに宴会費用を肩代わりしてもらった恩があるため、レオンに頭が上がらず、何かとこき使われていた。王都には誘惑が多すぎるから、ロドックくらいがミロには丁度良い、というのがテオの弁だったが。


「それ何だけど、明日からいよいよ本格的に三階を探索しようと思うんだ。どうだろう、皆」

「拙僧は賛成ですな。危険は大きいですが、今のまま二階の探索を続けても得るものは少ないでしょう。試練に臨んでこそ、人は成長するのです」


 ラタンが率先して意見を言う。パーティーの最年長者の意見に、特に反対もなく、今後の方針が決まった。


「じゃあさ。今日は皆で飲みに行こうよ。いつものところでさ」

「今日はって、いつもだいたい探索後は飲みに行ってるでしょ。まあ飲んでるのは私とあんたぐらいだけど」


 マディスは苦笑いしながらも、マギーの提案を受け入れ、行きつけの店に行った。地下迷宮初日に二人に連れられて行った店が、結局は彼らの行きつけになり、探索後は大体この店で夕食をとり、一日の振り返りを行っていた。


 なお、このメンバーで飲酒するのはエミリーとマギーだけだ。ラタンとフェリスは聖職者のため飲まない。マディスもそうだ。テオは実は飲むのが好きなのだが、以前悪酔いしてフェリスに折檻されて以来、彼女の前では決して飲もうとしない。たまに一人で飲みに行っているようだった。


 店は地下にある落ち着いた雰囲気の店で、一見すると高級店にも見えるような内装なのだが、値段は良心的で、バカ騒ぎするような冒険者もおらず、反省会をするのには丁度良かった。席についた一行は、思い思いに注文し、夕食を楽しんだ。


「それにしても、テオ君、やはりその軽装のままで地下三階に向かうのですか?」

「ええ、まあ。言いたいことはわかりますけど、何とかしてみますよ」


 ラタンがテオの軽装を心配し、指摘するが、テオは今のスタイルにこだわりがあり、意固地になっているようだった。相変わらず、テオは胸当てぐらいしか付けていなかったが、これはグレイにあこがれてのことだった。


 上京してきたテオは、グレイと会い、あれこそ自分の理想としている冒険者だと心酔していたのである。その影響で、カイトシールドを購入し、グレイを真似て軽装備のままだ。流石に胸当ては革のものから鉄製には変えているが。


 グレイが軽装なのは、重い大楯を装備しているからなのもあるが、何より装備の重さを嫌ってのことだ。重装備が長旅に不向きというものもあるが、深層の強い魔物相手では、中途半端な防具は役に立たず、いっそ軽装にして回避に徹した方が合理的というのがグレイの判断であった。


 もっとも、盾があっての戦術とも言えるが。グレイの盾は古代遺物アーティファクトらしく、物理も魔法もあらゆる攻撃を弾いてしまうのだという。表面に彫られているのは古代文字らしく、学者によると、あらゆる邪悪から身を守ると書いてあるそうだ。


 マディスも試しに持たせてもらったが、非常に重く、確かにこれを持って鎧まで着けたのでは、旅など到底できないだろうと思った。


 グレイは日々、迷宮やどこかに行って魔物を狩り、悪魔崇拝者の調査もしているようだが、時折ギルドに顔を出し、マディスやテオに稽古を付けてくれた。グレイの強さは底が知れず、マディスとテオの二人掛りでも倒せなかった。おそらく本気すら見せてはいない。


 マディスは本当に自分は彼より強くなれるのか、不安だったが、とにかく腕を磨くしかないと日々鍛錬と魔物狩りを続けた。


「テオ、そうは言っても流石に軽装すぎるんじゃないかな。チェインメイルぐらいつけたらどう?」

「嫌味なこと言うなよ、マディス。お前みたいにミスリル製の物なんて買えないんだよ。鉄製だとそれなりに重いし、手入れも面倒だしな」


 マディスは、新装備として、上下のチェインメイルをミスリル製のものに変えていた。アーサーに紹介してもらった防具屋で購入したのだが、上下で金貨四十枚もした。そもそも、ミスリル製の一品など、冒険者どころか貴族ですら買える代物ではない。一部の上級貴族や、ティアンナやグレイ等のトップクラスの冒険者ぐらいだ。


 ケチなマディスがこれほど高額なものを購入したのは、ガルドの教えもあるが、例の報奨金のことをエミリーとマギーが嗅ぎつけたのを知り、タカられる前に使ってしまおうとの思惑もあった。


 ブレストプレート等は鉄製のままだが、それでもミスリル製の武器や防具を一部でも身に着けているのは、上級冒険者の証と言えた。一部の事情通はマディスは、実力的には既に銀級といっても差支えないと噂した。まだ経験が浅いため、銅級だが、なにか大きな武功があればすぐにでも銀級に上がると目されていた。


 なお、例のベイル会戦は、冒険者の武功としてカウントされていない。これは公式には参加していないからではなく、そもそも、人類同士の戦は冒険者としての功績として認められていないからだ。あくまで冒険者は魔物を狩る者たちであり、人間相手に活躍しても、評価されることはない。


 男たちが装備について語り合う中、女性陣は恋愛話を楽しんでいた。といってもエミリーとマギーだけだが。フェリスは表面的にはニコニコ話を聞いているが、その内心は謎だ。


「だからさー、全然いい男がいないわけよ。この辺には」

「あんたが高望みしすぎなのよ。本部長のコネがあるんだから、ちょっとした貴族ぐらいすぐお見合いできるでしょ」

「貴族なんて、冗談じゃないわよ。自由奔放に育てられたあたしが貴族の奥方なんて務まると思う? まーでも王弟殿下とかなら考えちゃうかも。あの人すっごいカッコイイから!」

「そういえば、この国の王弟殿下は独身らしいですね。もう三十を超えているというのに、珍しいことで」


 そう言ってフェリスが会話に加わった。王族がいつまでも独身を貫くのは何か事情が無い限りはあり得ない。


「国が割れるのを恐れているんじゃないかしら。今の王様が即位したときだって、優秀な末の王子が王につくべきと主張した貴族もいたわ。お家騒動は自分の代で終わらせたいんじゃないかしら」

「それは立派なことです。……でもそうであれば、僧籍に入るとか他にもやり方はある気がしますが」

「フェリスさんは知らないかもしれないけど、王弟殿下は昔から優秀なことで有名なのよ。子供の頃から文武両道で、剣の腕前も達人レベルだそうよ。だから政治を取り仕切っているのは国王陛下でも宰相でもなく、殿下だってもっぱらの噂なのよ。本当は王位につけたけど、あえてつかずに国を裏から操っているという人もいるわね」

「まあ、それはあまり大きな声では話せませんね。衛兵にでも聞かれたらコトです」


 この国の裏事情に、フェリスは体を小さくした。そんなフェリスを尻目にマギーが好き勝手にしゃべり始める。


「でもさー。王弟殿下も去年から立場が微妙らしいよ。例の銀鉱山の件、殿下は半分くらいリムハイトに渡してやれって戦争には反対だったらしいよ。戦争になった方がよっぽど金がかかるし、国も疲弊するって。だから王国軍元帥なのに、総大将はネヴィル将軍が務めたらしいよ。王弟殿下の見立てではもっと苦戦する予定だったんでしょうけど、マディス君が大活躍しちゃって圧勝したじゃない。そのせいで立場が悪くなって、元帥もネヴィル将軍に譲るらしいよ」

「あんた、そんな情報どこから仕入れてくるのよ。……まあ本部長経由なんでしょうけど、あんまり口にするんじゃないわよ。情報漏洩で迷惑がかかるわよ、ギルドに」

「わかってるよ、そんなの。だからさー、傷心の殿下をあたしが慰めてあげればチャンスがあると思わない? あたしが殿下に希望を与えてあげればきっと立ち直ってくださるわ」

「ほほほ。マギーさんは面白いことをおっしゃるのね。夢があっていいですわね」

「…………」

「あら、そういえば、王弟殿下も昔、婚約の話が持ち上がった事があったわよね。……そうそう、どこかの国の王配になるとかそんな話があったはずだけど、結局先王が亡くなられてその話は立ち消えたのかしら」

「そういう事でしたら、その婚約者の方に操を立てられているのでしょうか。残念でしたわね、マギーさん」

「…………」


 こういった感じで、女性陣は表面的には仲良くやっているが、水面下で何か不穏さがあった。ちんちくりんのエミリーとぽちゃ目のマギーは、フェリスに対して女として引け目があったし、フェリスもマディスから金をせびっていた二人に対して心象はよくない。もっとも三人とも根っこの部分で人間ができているので、いざこざを起こしたりはしないが。


 こうしてマディス達の楽しい夜は更けていった。

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