第37話 金狼
マディスが戦から帰還して暫く経った頃、彼はこの先の人生について、思い悩んでいた。というのも、金貨五十枚という破格の報酬を手にし、その使い道について考えていたのだ。
これだけの金額は普通の市民が生涯に稼ぐ金を優に超えていた。もう冒険者などしなくても、どこかに土地を買い、土地を耕して生きていくこともできる。マディスはそう考え、思い悩んでいたのだ。
既にマディスは冒険者としては成り上がりの部類に入っていた。
マディスがこのような考えに至った原因はフェリスであった。彼女は当初無事にマディスが生還し、呪いも解けたことを喜んでくれたが、傭兵達の噂話をどこかで耳にしたらしく、マディスが戦の先頭に立ち、敵将と一騎打ちまで行ったことを知ってしまった。フェリスは当然怒り、といっても手を挙げたりはしなかったが、泣きながらマディスに詰め寄ったのだ。
「どうしてあなたはそうやって無茶ばかりするの! もっと自分を大切にしなさい!」
そうマディスを窘めた。マディスは、泣きながら自分のことを心配するフェリスを見て、戦いに行ったことを深く後悔した。マディスのこれまでの人生で、泣いてまで自分の身を案じてくれるような人はいなかったからだ。
別にフェリスは冒険者をやめろなど一言も言っていないが、これを契機に、マディスはこれからどうやって生きていくか悩む様になったのである。
――レオンは研鑽を積み、人々の為にその力を使えといったが、自分はどこまで強くなればいいのか――
マディスは自惚れてはいないが、自分は以前に比べて格段に強くなったという自負があった。呪剣や吸血剣を使っているにしろである。無論、大魔道や、ティアンナに比べると弱いだろうが、冒険者の上位層の仲間入りはしているだろう。
このまま迷宮探索を続けてもいいが、いつかとんでもない魔物と遭遇して死ぬかもしれない。マディスは、自分が死ぬのはそれほど怖いとは思っていなかったが、フェリスや他の人を巻き込んでしまうのが怖かったのだ。
呪剣の正体も結局わからず、フェリスと距離を取りたかったが、あれ以来、フェリスは迷宮探索に付いてくるようになった。もし呪剣が破滅をもたらすものなのであれば、彼女を危険にさらすことになる。
そういったこともあり、マディスはここの所、あまり積極的に探索には趣かず、一人で思い悩む日々が続いていた。
●
「……で、どうなんだい。最近のあの子は」
「それがさ。元気無いんだよ、ばあちゃん」
「よっぽど、フェリスさんに泣かれたのが堪えたのね……」
本部長室で、大魔道、エミリー、マギーがマディスの近況を話し合っていた。ティアンナもいるが、執務机で忙しそうに書類仕事をしている。耳だけは傾けているので話は聞いていた。
「まあ、冒険者なら一度は考える問題だからね。無理もないわ」
「でもさー、いくら何でも落ち込み過ぎだよ。折角報奨金で盛大な祝勝会をやろうとしたのに、本人があれじゃあね」
「あんたねえ、公式にはマディスは戦に出てないんだから、祝勝会なんて出来るわけないでしょ。……第一、マディスのお金にタカったりしたら、またフェリスさんに抗議されるわよ」
エミリーとマギーは既に何度か、マディスに付いてきた、フェリス、ラタンと迷宮に潜っていた。その際に毎回、マディスに夕食代をおごらせていることを知ったフェリスから猛烈な抗議を受けていた。二人は、フェリスの優しげな顔の裏に潜む暴力の匂いを感じ取り、以後は大人しくしていた。
また、マディスの戦争参加についても、軍より正式な申し入れがギルド側にあり、大魔道もティアンナもマディスが目立つことを避けたかったので、これを快諾し、戦争参加した冒険者には緘口令を強いていた。もっともどれほど効果があるのかはお察しだが。
「フェリスちゃんには悪いが、あの子の強さは本物だよ。あのぐらいで満足して成長を止めてもらっちゃ困るんだよ。あたしらの都合かもしれないけど、近頃魔物が増えているのは事実だし、悪魔崇拝者どもの動きも気になる……どうも既にこの国に入り込んでなにやら企んでるようだしねえ」
「でもばあちゃん。どうやってマディス君にやる気を出させるの? あの子そんなに上昇志向のある子じゃないよ」
「金銭には結構こだわるみたいだけど、あれは商人のように財産を増やすことに意義を見出すタイプじゃないわね。単にケチなのよ」
女三人が会議とも世間話とも取れる会話を続ける中、書類を持ったティアンナが近づいてきた。
「本部長、この書類なんですが」
「なんだい。ハンコなら勝手に押しな」
「いえ、そうではなくてマディスの件、これで解決できるかもしれません」
そういってティアンナが見せた書類は、ある冒険者の国外の冒険者ギルドからラディアの冒険者ギルドへの異動届だった。
●
数日後、ある冒険者が、ギルド本部にやってきた。その日マディスはギルド本部の庭にある練兵場で物思いにふけっていた。最近はここで、若手の冒険者が訓練するのを見ながら今後の人生について考えるのが日課となっている。
「よお、お前が呪剣士のマディスか?」
ベンチに座っていたマディスが声の方向に顔を向けると、そこには屈強そうな冒険者が立っていた。
「そうですが、あなたは?」
「俺は銀級冒険者、『金狼』のグレイだ。見ての通り戦士だ、よろしくな」
そう言って握手を求めるグレイ。マディスは彼の手を握り、ふいにレオンを思い出した。あの時と同じ、いや、それ以上に力強さの伝わる手だった。
「ちょうど今日、王都についてな。俺は普段世界中を巡って、魔物を狩っている。ラディアに来るのは久しぶりだが、面白い冒険者がいるって聞いてな」
そう話すグレイを正面から観察するマディス。年のころは、レオンよりは若そうなので三十後半だろうか、髪は金色に輝き、彼の二つ名の由来と思われた。その眼光は鋭く、マディスを捕らえて離さない。
背は高く、屈強な肉体は彼が歴戦の戦士であることの証だろう。一方、その装備は独特であった。鎧は付けずに、旅人が着るような厚手の上下を着ているが、防具と言えるのは胸当てぐらいのもので、かつてのテオを思い起こさせた。ほかにはマントを身に着けているぐらいだ。
一方で、武器はバスタードソードと呼ばれる大剣に近い長剣を背中に背負い、そしてこれが一番の特徴であるが、軍の重装歩兵が装備するような大盾を左手に装備していた。
大盾は、形状的にはカイトシールドの形で、エミリーくらいであれば、すっぽり隠れてしまうほどの大きさだった。見た目は灰色で、何の金属で出来ているか見当も付かない。表面に何らかの紋様とマディスが見たことのない文字が彫られていた。
マディスはこんな大きな盾をもって旅をするとは、冒険者は変わり者が多いな、と自分を差し置いて勝手な感想を抱いた。
「それでグレイさん。僕に何か御用でしょうか」
「なに、大したことじゃない。お前と手合わせをしたくてな。ああ、手合わせといっても真剣でだ。お互い今の装備のままでやろう。そうでなければ意味がないからな」
それを聞いて、マディスはかつてテオに勝負を挑まれたことを思い出した。あの時と違って呪いは制御できているが、呪剣の威力は昔より強力だ。戦では盾ごと敵兵を切り裂いてしまった。
「で、でもそれだと万が一、大けがをさせてしまったら――」
「自分の心配より相手の心配か、いい度胸だ。何、心配するな。お前の剣は俺には通用せん。胸を貸してやるからさっさとかかってこい。そうだ、ハンデをやろう。最初は俺からは手は出さん。好きに攻撃してこい」
このグレイの物言いに、流石のマディスも怒りを覚えた。急に手合わせをしろと言って来たかと思えば、胸を貸してやるなどと、恩着せがましい言い方。何よりお前など雑魚に過ぎんと言われた気がしてマディスのプライドは傷ついた。
かつてと違い、マディスも修羅場を潜り、自分の腕にそれなりの自信を持っていたからだ。マディスはグレイを睨みつけると言い放った。
「わかりました。やりましょう」
「やる気になったようだな。いい目つきだ」
グレイは余裕たっぷりに言い放つと、マディスを連れ、練兵場の中央に向かった。
「悪いが場所を借りるぜ。巻き込まれたくなければ離れていろ」
そういって訓練していた若手を追い払うグレイ。周囲の冒険者はあの呪剣士がどうやら手合わせをするらしい、と興味津々だ。
「さて、いつでもいいぞ。かかってこい」
グレイはバスタードソードを抜き、盾を構えた。それに対してマディスは呪剣と吸血剣の二刀流だ。
マディスは一瞬、本当に全力でぶつかって良いのだろうかと躊躇したが、グレイの目を見ると不思議と闘志が沸き、全力で右手の呪剣を振り抜いた。
ガン! と大きな音をたて、呪剣による斬撃は、グレイの盾によってあっさりと防がれた。凄まじい衝撃がマディスの右手に伝わり、少し手が痺れてしまった。対してグレイは涼しい顔のままだ。盾には傷一つついていない。
「どうした、どんどん来い。最初は手を出さないでやるからな」
そう言い放つグレイ。マディスはムキになり、二刀で乱撃を放つ。これも全て盾で防がれマディスの腕が痺れる一方だ。あの盾はどうにもならない、と思ったマディスがグレイの側面か背後に回り込もうとするが、グレイの動きは素早く、常にマディスに対して正対の姿勢を取り続けた。
それどころか、盾を前面に押し出されて、攻めあぐねてしまい、どんどん後ろに追いやられてしまう。双剣では歯が立たないと、吸血剣を鞘に収め、両手持ちで渾身の斬撃を放つが、やはり無駄だった。マディスの腕は痺れて限界に達していた。
「そろそろ良いか……今度はこちらから行くぞ」
そういって、グレイが右手のバスタードソードで斬撃を放ってきた。その余りの速さにうわ! と驚き、後方に下がるマディス。グレイはそのあと、盾に身を隠しながら、剣でチクチク突くように、突きを何度も放ってきた。
「ほれほれどうした。そんなもんか、呪剣士」
グレイはおちょくるように突きを放ってくるが、盾に身を隠されては反撃の術がない。だんだんと、後方に追いやられ、もうすぐ壁だ。これでは終わりだと、マディスは標的を剣に切り替え、突きのタイミングに合わせて、剣を上から叩きつけようとしたが、グレイはこれを見切り、逆にマディスの呪剣を叩き落とした。
「勝負ありだな」
「……参りました」
口ではそういったが、マディスの中では不満が渦巻いていた。何なんだあの盾は、反則じゃないかあんなの、と心の中で毒づく。
「その顔、自分が負けたのは、この盾のせいだと思ってんだろ。まあ俺は別に気にせんが、お前の呪剣だって似たようなもんだぞ。そこいらの冒険者からすればな」
このグレイの指摘に、マディスはハッっとした。かつてテオが突っかかってきた理由が身にしみて分かったからだ。テオからすれば、金を貯めてようやく手に入れた剣より、呪われているとは言え、より強い剣を拾ってきて活躍しているマディスが気に食わなかったのだ。
マディスは赤面して俯いてしまった。グレイはそんなマディスに更なる提案をした。
「別に気にしてねえよ。昔から散々言われてきたぜ。お前の実力じゃねえ、盾のおかげだってな。さて、お前も納得いかんだろうから、今度は盾を使わないでやってやる。勿論、ハンデはそのままだ。さあやろうぜ」
この申し出に、マディスは唖然とした。いま手合わせをしたばかりで休憩も挟まずに次をやるというのだ。本心としては一旦休みが欲しかったが、マディスにも意地があるので承諾した。グレイは盾を両手で持ち、先端部分を思い切り地面に突き刺して、盾を固定した。そしてバスタードソードを今度は両手持ちで構えた。
マディスは双剣スタイルで一気に決めるべく、乱撃を放った。これをグレイは悠々と回避し、マディスの剣は空を切る一方であった。マディスは意固地になって攻め立てるが、グレイに足をひっかけられ、顔面から地面に激突してしまう。
「手は出さないが、足は出すぜ。ハハっ、我ながらひどい洒落だ」
マディスは立ち上がり、ぜーはーと肩で息をしはじめた。やはり双剣では歯が立たないと呪剣の両手持ちで挑む。今度はグレイも回避はせずに、剣で受ける。マディスは自分の出せる全力で打ちかかるが、グレイはいとも簡単に防いでしまう。
「さて……そろそろ終わりにするか」
そう言ってグレイが両手でバスタードソードを振るった。今度の斬撃にマディスは全く反応できず、一瞬で呪剣を弾き飛ばされてしまった。マディスの完敗であった。
周囲の冒険者達は、あまりのグレイの強さに声も出ない。マディスが弱いわけではないと彼らも感じていた。自分たちであれば、乱撃で確実に殺されている、と。だがグレイの強さは別格だ。おそらくトップクラスの冒険者なのだろうが、これほどとは、と息を飲むばかりであった。
「相変わらずの腕前ね、グレイ。それともまた腕を上げたかしら」
いつの間にか来ていたティアンナがグレイへ声を掛ける。その話しぶりから旧知の仲らしい。
「あんたも相変わらずいい女っぷりだな。『雷姫』」
「……その二つ名で呼ぶのはやめて頂戴。恥ずかしいわ」
「ははっ! そうかい? あんたにぴったりだぜ、ティアンナ」
頬を染めて嫌がる素振りを見せるティアンナ。彼女も若いころはこの二つ名を気に入っていたが、年を取るにつれ、しんどくなってきた。そもそも姫とは何だ。王族でもないのに不敬ではないか、とティアンナは密かに思っていた。
この二つ名を考えたのは大魔道だが、女の子だから姫にした。可愛い方がいいじゃろとの弁だ。もっとも、ティアンナも初めは無邪気に喜んでいたので文句は言えない。完璧な経歴を持つ彼女の唯一の汚点だ。
グレイは恥ずかしがるティアンナを見て満足したようで、それ以上二つ名についてはイジらなかった。
「あんたもやるかい? 書類仕事ばかりで体がなまっているだろう?」
「その盾無しならいいわよ。反則でしょそれ。私の魔法が一切効かないんだから嫌になるわ」
「それは御免こうむる。俺からすればあんたの魔法の方が反則だぜ。これが無きゃ一発で痺れさせられて終わりだからな」
そう言って仲良くじゃれあう二人。お互いに冒険者としてはトップクラスの実力者であり、その腕を認め合った仲だ。なお、余談だが、ティアンナの職業は戦魔道士でこの世界では使い手の少ない雷魔法を操る。
近接戦闘の腕前も一級品のため、魔法戦士と思っている人間も多いが、あくまで主体は魔法であり、近接戦闘はおまけだ。本部長補佐というわかりづらい役職だが、ラディアの冒険者の中では、大魔道に次ぐ実力者で、将来の本部長候補筆頭でもある。
マディスは呪剣を拾い、二人の側に立っていた。ティアンナを見て、あの人があんな顔をするとは、と驚いていた。
「おっと、すまないな。マディス。ほったらかしにして。じゃあな、ティアンナ。これから男同士でちょっとばかり話しがあるんでな」
「ええ、また積もる話は今度。マディス、彼は世界の冒険者の中でも有数の実力者よ。いつもこの辺りに居るわけじゃないから、この機会によく話を聞いておきなさい」
そう言ってティアンナは去っていった。
「さて、マディス。無理やり手合わせをして悪かったな。実はティアンナにお前の事を頼まれてな」
「いえ、僕も良い経験になりました。……僕の事で何を頼まれたんでしょうか?」
「まあ話せば長くなる。とりあえず座るか」
グレイがそう言ったので、ベンチに二人で座った。
「お前、冒険者を続けるかどうか、悩んでいるんだろ?」
「……はい。もう危険を冒してまで、戦わなくても、生きていける蓄えが出来ましたから。冒険者を続けるにせよ、あまり無理をしなくても良いんじゃないかって、そんなことばかり考えてしまいます」
「冒険者がある程度成り上がると、必ずその考えに行きつく。別にお前が臆病なわけじゃない。それにお前は自分が傷つくことより他人が悲しむのが嫌なんだろう」
「……」
グレイはマディスの心中を見抜いていた。マディスは黙ってしまったがグレイは話を続けた。
「なあ、マディス。俺は世界中を旅して生きてる。それで感じたのは、人間は思った以上にちっぽけな存在だってことだ。魔物どもは日々、人間を皆殺しにしようと、どこからか無限に湧いて出てきやがる。倒しても倒してもキリが無い。……正直嫌になるぜ」
「なら何故、冒険者を続けるんですか? 誰かに任せたっていいじゃないですか」
「お前のいう通りだよ。誰かが俺に頼んだわけじゃない。やめようと思えばいつでもやめられるさ。だがな、魔物どもに殺された人々を、滅ぼされた村々を見るたびに、居ても立っても居られない気持ちになるんだ。力のある者が死ぬ気で戦わなくては、この世界は容易に滅びる。俺はそう思っているんだ」
「……」
マディスはグレイと握手した時の、力強さの源が分かった気がした。単純に戦闘能力が高いだけではない。彼のその強さは、心にこそあった。マディスはそう感じやはり沈黙してしまった。
「魔物だけじゃない。ひとたび天候が崩れれば、作物はダメになり、飢饉が起きる。お前も農民だったからわかるだろ? 田畑が荒れれば、人は食料を求めて互いに争う。そうして人間達だけで、この世に地獄を作り出してしまう。その地獄に耐えかねて、悪魔崇拝者になるものまでいる」
「悪魔崇拝者?」
「文字通り、悪魔を崇拝する連中のことだ。奴らは人でありながら人を捨てた連中だ。悪魔を神と崇め、魔物を友とする。人類の敵対者だ。……俺がこの国にやってきたのも、そいつらを追ってのことだ。どうやら既にこの国の内部にまで入り込んでいるらしい」
「そんな連中が王都に?」
「そうだ。話が長くなったが、マディス。お前の実力は大したもんだ。その呪いを従える力が何なのか、俺にはわからん。呪いが邪悪なのは、間違いないが、お前自身は邪悪ではないだろう。……教会の聖騎士でも腐った性根の奴はいくらでもいる。だがマディス、お前の心根はまっすぐだ。だから冒険者をやめようか迷うんだ。腐った奴は力を自分の為に振るうのに躊躇しないからな。いいか、マディス何度でもいうぞ。お前の実力は確かだ。だがまだ未熟だ。お前の力は中途半端で、真に強い魔物には歯が立たん。こんな所で立ち止まっている暇はないぞ。今のままでは、自分自身も周囲の人間も守ることは出来ん。強くなる方法は俺がいくらでも教えてやる。これは俺の、いやギルド上層部全体の勝手な言い分かも知れんが、みなお前に期待しているんだ。お前は必ず、俺やティアンナよりも強くなれる。だからな、こんな所で立ち止まって欲しくないんだよ。……オトナの勝手な言い分だとは思うがな」
そう語り終えると、グレイは立ち上がった。
「急にすまなかったな。色々言ったが、お前の人生だ。最後はお前が自分で決断しなくちゃならん。別にお前が冒険者をやめたって責めはしないさ。お前に期待しているのは事実だが、お前しか戦うものがいないわけじゃないからな。さて、俺はもう行く。しばらくは王都に滞在して活動するから用があればティアンナに言え。じゃあな。お前の剣筋、その若さで大したもんだったぜ」
「……」
グレイはそう言い残すと、去っていった。残されたマディスは去っていくグレイの大きな背中をいつまでも見ていた。
マディスは一人ベンチに座り、物思いにふけった。呪剣を抜き自分の前でかざしてみる。相変わらず、錆びてぼろぼろの剣だ。そのくせ切れ味は異様に鋭い。禍々しい力なのは間違いないのだろう。
だがこの力で自分は救われた。この剣で魔物どもを数え切れぬほど殺した。悪人ではないかも知れないが、敵の兵隊も切った。やはり、自分はこの剣と一蓮托生なのかもしれない。この剣が自分の破滅、いやもしかしたら人類の破滅を望んでいるのかも知れないが、そうであればこそ、自分がこの呪剣を抑えるしかないのかもしれない。
とにかく、グレイの言った通り、今は自分の力を伸ばすことにしよう。冒険者をやめるのはいつでもできる。マディスはそう結論を出した。
マディスは立ち上がり迷宮へと向かった。魔物を殺し、自分の力とするために。
かくして、迷いを断ち切ったマディスは以後、迷宮探索を続け、その力を更に伸ばしていくことになる。もはや王都に呪剣士の名を知らぬものはいない。彼の勇名に惹かれてか、更なる戦いが、マディスを待ち受けているのだった。それは呪剣の呪いによるものか、神が与えた試練なのか、知る者はいない。
第二章 完
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