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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第二章
36/62

第36話 講和会議

 ラディア王国軍総大将、ネヴィル将軍は実にゴキゲンであった。先のベイル会戦で大勝し、捕虜を大量に得ることができたからだ。


 ――これほど完璧な勝利は戦史を紐といてもそう多くはないだろう。これで、当初の係争事項だった、銀鉱山の完全保有は元より、賠償金も相当高額な額を請求できる。この功を引っ提げ、王都に帰還すれば、自分の軍部での地位は不動のものとなるだろう――


 将軍はそう考えると、笑いが止まらないのだが、あまりに大っぴらに喜ぶのも貴族として品位に欠ける振る舞いであるから、表面的には威厳ある佇まいは崩していない。しかし、油断すると顔がにやけてしまう。指揮所となる天幕で一人、腕組みをして笑いを堪えていた。


 そんな得意絶頂にいる将軍に副官が懸念事項を伝えてきた。


「閣下、さきの右翼部隊の活躍ですが、勝因はさる傭兵が単騎で敵を突き崩し、そこへ前衛部隊が突撃したことによるものとの事です。なお単騎突撃した傭兵はそのまま敵将の捕縛まで成功させています」

「ほう、そうか、大した豪の者がいたものよ」

「その人物なのですが、少し問題がありまして、ここ最近、王都を騒がしている銅級冒険者の呪剣士らしいのです」

「何と! あの盗賊狩りなのか? 噂では、血に飢えた獣のような人物だと聞くが……」


 将軍もマディスの噂は知っていた。ここ最近では盗賊狩りとして名を馳せていた。副官は続ける。


「まずいことに、噂に間違いはないようで、こちらで傭兵部隊に聞き込みをしたところ、剣に血を吸わせるために参戦したと本人が語っているとか……」

「……まずいな、そのような人物が活躍したとあっては、禁忌を用いて勝利したとリムハイト側が喧伝しかねん。その呪剣士だが、悪魔崇拝者の類ではないだろうな?」

「はっ。傭兵として登録時に、既に要注意人物として把握しておりましたので、あらかじめ冒険者ギルドに問い合わせを行いましたが、呪いの武器を使用している以外は、なんら人間性に問題はなく、裏社会とのつながりも無いとの事です」

「そうか、身元は確かか。リムハイト側が呪剣士の存在を知っているとは思えんが、明日の講和会議で突いてくるとしたらその点だろうな……」

「いかがいたしましょうか」

「とにかく本人と会ってみよう。幕僚達を集めろ。皆の意見も聞きたい」


 将軍の命を受け、副官が軍首脳部の面々を招集するため、天幕を出ていった。将軍は再び腕組みをするが、先ほどとは違い、今後の対応について思案を巡らせていた。笑いを堪える必要は無くなったが、下手を打てば今日の勝利が無になりかねない。将軍の胸中はその威厳ある佇まいに相応しいものとなっていた。


 ●


 その頃マディスは、陣地で夕食を取った後、体を休めていた。重い鎧から解放され、また吸血剣の呪いも解かれたことで、精神も安定していた。戦が終わってから気づいたが、鎧のあちこちがボコボコになっており、戦いの激しさを物語っていた。


 マディスは痛みを感じていなかったが、内臓が傷ついている可能性もあるため、念のためポーションを飲んだ。そうして寛いでいる所にアーサーが現われた。


「マディス、喜べ。将軍以下、首脳部の方々がお前に会いたいそうだ。敵将を一騎打ちで倒した豪傑を見てみたいと仰せだ。格好はそのままでいいから付いてこい」

「はあ、わかりました」


 マディスは、将軍等の貴族と会うのにあまり気が進まなかったが、断るわけにもいかず、黙ってアーサーに従った。アーサーに連れられ、将軍達が集まる指揮所までやってきた。その天幕は、マディスのような一般兵が使うものと比べ、非常に大きく、また煌びやかな装飾が施された豪華なものだった。中に入ると大きなテーブルに幕僚たちが集まり、中央に将軍が座っていた。


 アーサーは跪いて、将軍に挨拶する。マディスも真似をして跪いた。


「将軍閣下には――」

「よい。戦陣ゆえ、堅苦しい挨拶はナシじゃ。無礼講を許す」


 アーサーが、ははっと返事をし、頭を下げる。マディスもこれを真似る。


「……貴公が呪剣士マディスか、思っていたよりずっと若いな。戦はどうであった」


 マディスはアーサーに促され、答えた。事前に嘘は付かず、正直に答えれば良いと言われていたので、その通りにした。


「は、はい。正直、訳もわからず、ひたすら剣を振り回して、前に進んでいたら、いつのまにか勝利していました。敵将は強かったですが、味方の援軍に気を取られた隙に倒すことができました」

「ほう。見事なものよ。そなたのような若く実力のある冒険者が我が国にいるのは重畳ちょうじょうであるな」


 周囲の幕僚達もうなずく。将軍はどんな狂人が来るかと身構えていたが、どう見ても屈託のない若者で、拍子抜けした。しかし、素直そうで、いたずらに勇を誇らないマディスの人となりに好感を持ち、思い切って踏み込んだ質問をしてみた。


「マディスよ、貴公は呪われた剣を操るそうだな。……今回の戦に参加したのは、剣に血を吸わせるためと聞いたがまことか?」

「は、はい。この剣が血を欲しがっていまして、これは人間の血が大好物なんです」

「「「…………」」」


 マディスの回答に、その場の全員が押し黙った。見た目は少し暗そうだが、純朴そうな少年が、このような狂気的な回答をしたことに皆絶句していたのだ。幕僚達は一斉に将軍の顔をみて、首を横に振る。事前に相談していたが、結論は出た。このような人物を公にはできない。


 将軍も、マディスの言葉に少なからず動揺していたが、根は真面目そうな人物だとマディスを評していたので、正直に全て話すことにした。


「のう、マディス。貴公の働きは大したものだ。この戦の功は全てお前にあるといっても過言ではない」

「は、はあ、ありがとうございます」

「だがな、貴公は、その、呪われた武器を使っておるじゃろ? 我々としては別に構わんのだが、教会関係者が知れば、何を言われるかわからぬ。特に我が国の大司教殿はやや潔癖であってな。お前の活躍を知れば、何かしら難癖を付けて、その剣を取り上げるかもしれぬ」

「…………」


 それを聞いて、マディスの中で教会関係者への憎悪、いや殺意が膨れ上がった。過去の件もあり、とにかく教会関係者への印象が悪いマディスだが、将軍の言葉で教会との対立が決定的となった。


 突然、殺気のようなものを放ち始めたマディスに、一同は肝を冷やした。マディスが暴発して教会関係者を切り捨てるのではないか、と感じたからだ。将軍が慌てて次の言葉を告げる。


「そこでだ! 貴公には悪いが、戦には参加しなかったことにしてくれぬか? 勿論、報奨金は今すぐ払うし、傭兵としての給料も口止め料込みで増額して払おう。……そうだ、鎧や兜も言い値で買い取るぞ。冒険者であれば、あのような厚鎧は今後使わぬであろう。どうだ?」


 マディスは教会関係者への不満はあったが、戦の功には大して興味はない。むしろ公になれば、フェリスが怒るだろうし、エミリーとマギーが報奨金のことを知れば、タカってくるだろうと恐れた。


「……はい。僕はそれで構いません。戦に出たことも今後口にしないようにします」

「そうか! わかってくれたか! いや、貴公はなかなか見どころのある若者だ。今後何かあれば、儂を頼りなさい。無下にはせん」

「……ありがとうございます」


 話が付き、ホッとした将軍が、副官に目で合図する。それを受けた副官が、軍の出納員を呼び出し、報奨金の支払い手続きを行った。マディスは、金貨五十枚の入った袋を受け取り、中身を全て確認させられた後、受取証に署名をした。


「マディス君、この後伝令部隊が王都へ向かう。疲れているだろうが、彼らと一緒に王都へ帰還してくれたまえ。荷物をまとめて自分の天幕の前で待っていなさい、迎えの者を向かわせるから。給料は後日精算となるが、傭兵事務所に来られるとマズい。軍からギルドに使いをやるので、安心して待っていてくれ。さ、もう行きなさい。……アーサー殿は、ここへ残ってくれ」


 副官にそう言われたマディスは、大事そうに金貨の袋をしまい込み、指揮所を後にした。一人残されたアーサーに将軍が話しかける。


「さて、アーサー君。聞いての通りだ。呪剣士マディスなる人物はこの戦いには参加していない。わかるね?」

「は! 仰せの通りに!」

「うむ! よろしい。今回の戦功第一は君だ。君の見事な指揮により、右翼部隊は敵陣を突破し、敵将は名も知れぬ傭兵により捕縛された。そういうことだ。さて、改めてだが今回の君の働きに、儂は、いや軍首脳部は大変満足している。御父上の悲願だった貴族への復権、私に任せなさい。以後は私が君の後ろ盾となろう」

「ははー! ありがたき幸せ!」


 アーサーは跪いたまま、暫く動けなかった。ようやく父の無念を晴らし、一族の復興を成し遂げたのだ。一時はどうなることかと危ぶまれたが、彼は賭けに勝ったのだ。


 その後、アーサーはベイル会戦の英雄として一躍時の人となった。マディスのことを隠すため、軍上層部が大々的にアーサーの武勇伝を宣伝したのだ。


 ……だが、人の口に戸は立てられない。戦に参加した傭兵達は、皆、真に活躍したのは呪剣士その人であると口にし、傭兵達から口伝てにその話は広まり、呪剣士マディスの武勲はラディアのみならず、諸外国にも広まっていくことになる。無論、軍はこの事実を一切認めなかった。


 ●


 マディスが王都へ向かって帰還の途についていたころ、ネヴィル将軍は、教会関係者を交えて講和会議へと臨んでいた。将軍の目論見通り、ほぼラディア側の要求が通り、賠償金の額も大変な額となった。しかし、リムハイト側は、禍々しい剣をもった傭兵が参加していたと証言し、ラディアは悪魔崇拝者の手を借りたのではないかと訴えてきた。


(閣下、想定通りの抗議です。うまくごまかしてください)

(うむ、任せておけ!)


 副官が将軍に耳打ちすると、将軍は朗々と弁明をはじめた。


「いや、リムハイトの方々がおっしゃるような事実は全く無く、事実無根の訴えでありますな。……まあしかし、我らラディアの男は皆、剽悍ひょうかん、決死の士ですからな。お優しいリムハイトの方々からすれば、我らが悪魔の様に見えるのは致し無き事かもしれませぬなぁ。いや、これは申し訳無かった。兵どもに少しは手加減するように訓示するべきであった。このネヴィル、不覚を取りましたわ! ハッハッハッ! ……おお、そうじゃ! 儂の末の娘がまだ未婚でな。貴殿に良い年頃の男子がおれば、嫁に如何かな? お優しいリムハイトの男子に娶っていただければ、娘をきっと幸せにしてくれるに違いない! 我ながら名案じゃ! ハッハッハッハッハ!」

「……ハッハッハッハッハ! ラディアの方々は、なかなか面白い事をおっしゃいますな」

「「ハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」」

「――何が可笑しい!!」


 ネヴィル将軍の盛大な煽りに、リムハイト側がまんまとハマり、激昂して殴りかかってしまった。これにネヴィル将軍も応戦し、講和会議にあるまじき両軍交えての大乱闘へと発展した。


「き、貴殿ら! 神聖な和平交渉の場を何と心得るか!」


 教会関係者が激怒して止めるが、どうにもならなかった。遂に堪忍袋の緒が切れた両国の司教が、神聖魔法で全員を拘束してようやく乱闘は収まった。先に手を出したのはリムハイトだが、原因は明らかにネヴィル将軍にあるとして、喧嘩両成敗で両国とも教会への罰金を命じられてしまった。しかし、講和会議自体は、ラディア側の要望がほぼ通り、マディスの件も乱闘でうやむやになってしまった。


 だが、リムハイトの訴えは無にはならなかった。この件を問題視した教会関係者がマディスについて、密かに調査を始めたからだ。


 ともかくラディアとリムハイト間に講和が成立し、戦争は終わったのである。 

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