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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第二章
33/62

第33話 戦雲

 アーサーと名乗った男は、失礼する、と一言言うとマディスの対面に座った。マディスは改めて彼をじっくりと観察した。髪は金髪で、きれいに整えている。


 冒険者のようには見えない小綺麗さだ。年は三十過ぎだろうか、もう少し若い気もするが、実年齢より上に見える感じがするのは、その堅苦しい雰囲気のせいだろうか。騎士が着るような立派な全身鎧を着こんでいるが、よく見ると無数の傷が付いており、どうやら年代物のようだ。


「いや、急な申し出で申し訳ないのだが、今王国軍では傭兵を集めているのだ。ご存じかな?」

「いえ。そういった世事には疎くて、お恥ずかしい限りです」

「なんの。冒険者であれば止むを得ぬこと。実は今、隣国リムハイト王国との関係が悪化していてな」


 アーサーの語る所によると、現在ラディア王国は、その南方において国境を接するリムハイト王国との関係が急速に悪化していた。隣国同士というのは大抵仲が悪くなるものだが、今二国間で問題となっているのは、国境沿いの山岳地帯で新たに銀鉱山が発見されたことだ。


 銀鉱山のある山岳地帯は、ラディアの勢力圏に位置していたが、国境といっても、線が引かれているわけでもなく、歴史的にあの山から向こうはリムハイトで、こちら側はラディア、というざっくりとした認識でしかない。そのため、リムハイト側は、銀鉱山の権利は自分達にもあると主張し、鉱山の共同保有を提案してきたのだ。


 当然、ラディア側はこれに反発し、何度も協議を重ねたが、議論は平行線をたどったままで、ここに至っては開戦やむなしと、両国首脳は判断したとの事だ。ゆえに、今王国軍では軍の招集と編成に平行して傭兵たちを募集しているそうだ。


「事情は分かりました。なぜ僕に傭兵を?」

「貴公の活躍は聞いている。近隣の盗賊団を一人で根絶したそうだな。これは素晴らしいことだ。民の不安を取り除き、人々の生活を守った訳だからな。そんな貴公であればこそ、王国のためにもう一働きしてほしいのだ」


 マディスは、アーサーがずいぶん自分を買ってくれているのだなと思った。悪い話ではなさそうだが、戦となるとやはり不安だ。特段、罪のあるわけでもない人々を殺傷することになるからだ。盗賊達を切るのとは訳が違う。


 しかし、合法的かつ社会的非難を浴びない形で、血を吸うとなるとこれしかないとも思った。あと少しで吸血剣はお腹いっぱいになる気がしているが、実際のところ、どの程度血が必要なのかはマディスにも分からない。だが戦ともなれば、流れる血の量は、盗賊退治の比ではないはずだ。マディスはもう少し戦争について聞いてみることにした。


「あの、僕は戦争とか、そういったことに全く知識が無くてですね。どのくらいの人たちが戦うのでしょうか」

「おお、興味を持ってくれたか、何でも聞いてくれ。今回の戦の規模だが、ラディアとリムハイトは国力においてほぼ互角だ。兵力としては、両軍合わせて一万程度だとは思う。しかし戦力は一人でも多いに越したことはない。それゆえ、私が冒険者の中から傭兵を集めるのを買ってでているのだ」

「……戦に出れば、多くの人を殺めなければいけないと思いますが、アーサーさんは不安ではないですか」

「――うむ。貴公の言いたいことは分かるぞ。確かに罪なき人々同士が殺しあうのは悲劇としか言いようがないが、人の世はままならぬもの。話し合いで解決できればそれに越したことは無いが、今回のように、どうにもならぬ時は戦いで決着を付けるしかない。こういった場合に戦で決を取ることは、教会も認めているのだ。……決して奨励はしていないがな。いずれにせよ、戦いに赴くことは罪ではないぞ。戦といっても敵を皆殺しにするとかそういうものではないのだ。互いの主張と名誉を賭けて、正々堂々と戦うのが騎士道というものだ」


 アーサーの話を聞き、マディスは傭兵になり、戦に出てみようと思った。だが心配なのはフェリスが反対するのではないかということだ。マディスは、自分としては前向きであるが、色々と世話になっている神官の女性がおり、反対されるのではないか、とアーサーに素直に打ち明けた。


「そうか。そういうことなら、私から話してみよう」


 そういってフェリスへの説得を買って出てくれた。この時点でマディスのアーサーへの評価は、親切で真摯な人物だと思っており、流石は騎士を名乗ることだけはあると思っていた。


 そんなマディスの思いとは裏腹に、アーサーの思惑はもっと現実的であった。彼の真意は少しでも多く、冒険者を傭兵として集めることで、軍上層部の歓心を買う事であった。


 このアーサーという人物は、もとは貴族の身分の家柄であったが、彼の祖父の時代に、家が没落し、平民落ちしている人物であった。彼の父は騎士として復帰することを夢見て、奮闘するも、志半ばで力尽きた。彼が自由騎士を名乗るのはそのためだ。


 この自由騎士というのは正確には騎士でもなんでもない、ただの自称だ。建前としては、主君を持たない自由身分の騎士ということになっているが、アーサーのような没落した貴族や、騎士にあこがれる冒険者や傭兵が名乗るような胡散臭い職業なのである。


 アーサーは亡父の無念を晴らすことと、一族の復興を夢見て冒険者として魔物を狩る傍ら、貴族からの依頼を積極的にこなし、貴人との縁をつないできたのだ。そして今回リムハイトとの戦になり、アーサーはこの機会に全てを賭けていた。


 この時代、戦などそう頻繁に起こるものではない。アーサーはこれまで培ってきた貴族のツテを頼って、軍上層部との接触に成功し、傭兵部隊の指揮と募集を一手に引き受けていた。一度、平民に落ちてしまったものが貴族に返り咲くのはよほどの功がないと難しい。


 その為、アーサーはマディスに目を付けたのだ。アーサーもマディスが純然とした善意で盗賊退治をしていたわけではないと承知していたが、その実力は確かだと確信していた。


 人の生き血を求めるという狂人であるのは間違いないようだが、話してみると、案外普通の真面目そうな少年でこれならいけると確信した。もっとも、普段が普通であるからこそ、盗賊を引き回したり、血を求めるような異常な行動とのギャップが恐ろしいとも感じていた。アーサーは、リスクはあるがマディスの呪剣士としての強さに賭けたのだ。


 ともかく、マディスはアーサーを連れてフェリスの下へ向かった。案の定、フェリスはマディスが傭兵として戦に加わることに難色を示し、ラタンも同調した。フェリスの反対理由は、人間同士が殺しあうなど、とんでもないという、聖職者として至極真っ当なものと、マディスに万が一のことがあったらどうするのか、という母心いや姉心からくるものだ。


 ラタンも表向きはこれに賛同していたが、本心では、マディスが呪剣を使用して人殺しを経験することで、なにか良からぬことが起きるのではないか、という漠然とした不安があった。


 このフェリスの訴えに対してアーサーは、前者については、先ほどマディスに語ったように、人々が傷つけあうのは遺憾ではあるが、ままならぬのが政治というものであり、既に教会も承認した正式な外交行動であるため、道義的になんら恥じるものでないと説き伏せた。そして後者の理由についてはこう答えた。


「フェリス嬢のご懸念、もっともなことです。では、私が懇意にしている防具屋を紹介しますので、そちらで戦仕様の厚手の全身鎧と兜をお買い求めください。しっかりとした重装備をしていれば、そう簡単に死ぬものではありませんし、立派な全身鎧を付けていれば、戦闘不能になっても、名のある者だと思われ捕虜として丁重に扱われるはずです。なに、防具屋にはよく言っておきますから、可能な限り値引きさせましょう」


 こう言われては、フェリスもラタンもマディスを止めることは出来なかった。貴族への復権を目指すだけあって、アーサーの弁舌は見事なものであり、また相手の話をよく聞き、それに対して真摯に答えた。ともかく、フェリスはマディスの保護者ではないので、本人が望んでいる以上、これ以上引き留めることは出来なかった。


 こうして、マディスは傭兵としてラディア王国軍に参加することになった。まず、傭兵募集の事務所に行き、入隊手続きを取った。事務所の人間は、マディスが有名な狂人の呪剣士であると知り、恐れおののいていた。これにより、件の呪剣士が傭兵として参加することが知れ渡り、皆、恐れてはいたが、その凶刃が向けられるのが敵軍であるとして、密かに頼りとしていた。


 そんな周囲の恐れと期待を知ることのないマディスは、アーサーに紹介された防具屋に行き、装備を整えていた。言われた通りの無骨な全身鎧と顔がすっぽり隠れてしまう鉄兜を買い求めた。


 鎧下もしっかりとした素材の立派なものだ。合計で金貨一枚と非常に高額な買い物となったが、これでもだいぶ値引きしてくれたらしく、普通なら倍はかかる様だった。アーサーがだいぶ無理を通してくれたのだ。


 マディスは早速購入した装備一式を身に着けて見るが、想像以上に鎧が重く、また兜の視界の悪さに難儀した。この状態で戦場まで行けるのか心配になった。


 余談だが、冒険者はあまり兜を身に着けない。迷宮内で視界が悪くなるのを嫌ってのことだ。また魔物で弓などの遠距離攻撃をしてくる個体は滅多にいないという理由もあった。たまに石を投げてくるゴブリンなどがいるくらいだ。だが戦場では、矢やつぶてといった射撃武器が雨あられと降り注いでくる。そういった際に頭を保護する兜があるのと無いのとでは大違いだ。


 マディスはアーサーに装備のことを相談した。アーサーは、戦場への移動時は鎧下のままでいいので、道中で疲れ切ってしまう心配はないと説明してくれた。だが当然、戦闘中に鎧の重さで動けなくなっては元も子もないので、戦が始まるまでは鎧になれるように訓練した方が良いとアドバイスしてくれた。


 軍の招集が完了し、出発となるまでのわずかな期間を、マディスは鎧を着ての訓練にあてた。そしていよいよ出発の時が来たのだ。

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