第31話 探索の日々
あれからマディスは、女性陣二人と地下迷宮を探索する日々を送っていた。迷宮地下一階を中心に探索しているが、魔物達に苦戦することは特に無く、日々宝箱を求めて歩き回る日々だ。相変わらず、出てくる宝は呪いの装備ばかりで、たまに貨幣やポーション等の実用品が手に入る程度だ。
マディス一行の目的は、呪いの装備を手に入れ、それがマディスにどのように作用するのか実験することであったため、特に不満は無かったが、それにしても役立たずのモノばかり出現した。例えば、身に着けると、耳が聞こえなくなるイヤリングであるとか、はめるとやたらと空腹になる指輪。付けただけでは、一見、何が変わったのかわからなかったが、装備したまま食事を取ったら、塩味が甘味に、甘味が塩味に入れ替わる護符などだ。
しょうもないモノばかり出てきたが、マディスは何故かこういった呪いの品々を集めることに執着した。エミリーは呆れていたが、世の中には珍品を収集する好事家の金持ちもいるので、いつか高値で売れるかもしれないと思い、そのままにさせていた。
マディスの収集癖はともかく収穫もあった。あるとき、宝箱からメガネが出てきた。一見すると、怪しい感じもせず、デザインも貴人が付けるような美しいものだったため、エミリーが自分の物と交換して付けてしまった。すると、エミリーの視界が突然真っ暗になり、パニックになった。慌てたマディスが、メガネを外そうと試みると、すんなりと外れてしまった。
「嘘! あなた自分の呪いだけじゃなくて、他人の呪いも解除できちゃうの!?」
「うわー、マディス君、すっごい! これなら教会要らずだね! 解呪で大儲けできちゃうよ」
エミリーは自分のメガネを付け直すと、マディスを諭し始めた。
「マディス……あなたマギーの冗談を真に受けるんじゃないわよ。その能力は他言無用よ。人様の解呪でお金なんか取ったら、教会が黙っちゃいないわよ。彼らの利権に手を出すことになるからね。それにしても、信じられない能力ね」
「ま、解呪するだけなら教会でやってもらえばいいから、冷静に考えると微妙な能力かもね。……それはそれとして、あたしが呪われちゃったら、無料で解呪してね」
二人の話を聞きながら、マディスは考えていた。確かにマギーのいう通り、能力としては微妙だ。まあ教会に行かなくても、解呪できるというのは便利だが。あとは差別化するとしたら、教会で解呪すると、元の装備品は壊れてしまうが、マディスの能力なら壊さずに外す事ができる。呪いの装備は外したいが、装備品を壊したくない人がいれば、役に立つかも知れない。
それはさておき、マディス一行は終始この調子で探索を続けた。金目のモノが手に入った時は必ず、マディス持ちでの飲み会が発生するため、やはり収支はトントンで、マディスの蓄えは増えなかった。ただ、マディスの呪いコレクションがギルドの客間に増え続けていた。コレクションの大半は装身具、アクセサリーの類で場所を取らないのが救いと言えた。
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「やった! この手袋を付けると触覚がなくなるよ!」
順調にコレクションを増やし、はしゃぐマディス。曰く、あともう一つ、匂いがしなくなる何かが手に入れば、五感遮断シリーズが完成すると息を巻く。
エミリーとマギーは、よかったね、と、もはや呆れることもせず、生返事を返すだけだ。地下迷宮の探索を続けてひと月が経っていたが、役立たずの装備品が増える以外に収穫は無かった。強いて言えば、マディスの戦闘経験が増えるぐらいだ。しかし、エミリーは無駄とは考えていなかった。
「……今まで色々な呪いの装備が手に入ったけど、全て解呪というか外せるものばかりね。あなたの能力があらゆる呪いを解けるのか、それとも手に入った呪いが弱くて外せるだけなのか、気になるわね」
「ねー。呪われてるにせよ、役立たずのものばっかり見つかるから微妙よね。もっと凄い威力があるけど、呪いも超強力なヤツが出ないとわかんないわよね」
「そんな物騒なものが見つかったりするんですか?」
「前例が無いわけじゃないけど、地下一階では出ないんじゃないかしら。この国で今まで確認できているモノの中で、最も強力な呪いの武器といえば、通称『皆殺しの剣』があるわね」
「す、凄いネーミングですね。どういった謂われが?」
エミリーが語るところによると、ある優秀な冒険者の一団が、地下四階で大剣を発見したそうだ。剣は明らかに呪われていたが反面、強力な魔力も秘めていたようだ。一行にかなり高位の神官がいたこともあり、その場で試しに装備してみたそうだ。
すると、装備した人間が呪いによって発狂し、パーティーに襲い掛かったそうだ。神官がすぐに解呪の魔法を放ったが、その呪いの余りの強さに解呪することができなかった。結局パーティーは発狂したメンバーと戦い全滅した。ただ一人生き残った斥候が、地上に戻り事の経緯を報告した。
直ちに、討伐隊が編成された。放っておけば、発狂したまま迷宮内で餓死するのではないか、という意見もあったが、その冒険者が地上に上ってこないとも限らず、また餓死したとしても、ゾンビ化した場合にさらに脅威が増すとの判断で、危険を承知で討伐が行われた。結局、討伐隊は甚大な被害を出しつつも、討伐に成功した。
それを聞いたマディスは背筋が寒くなった。そして呪剣を見てみた。何というか、似ている気がしたのだ。自分は何ともなかったが、一歩間違えれば、殺意に取りつかれて、他の人を殺傷していたかもしれない。フェリスが怒るわけである。
「神官の解呪魔法も絶対じゃないわ。使う本人の魔力に依存しているから呪いが強力過ぎる場合か、神官の魔力が低い場合は解呪できないこともあるの。……私が知りたいのは、マディスの解呪能力がどの程度なのか、という事ね。どんな呪いでも絶対解けるならこれは驚くべきことよ」
「すごーい。もし全部解呪できるなら、マディス君は教皇猊下とおんなじ解呪能力を持ってることになるわけね。そしたら教会の人達は発狂しちゃうかもね」
「まあ、流石にそれは無いと思うけど。そういうわけだから、もっと実験が必要だわ。行きましょ」
三人は、再び探索を始めた。しばらくして、ドアのある部屋の前についた。地下迷宮の中はほとんど迷路のようになっているが、時たまこういった部屋があり、中には魔物がぎっしりいたり、宝箱が無数にあったりするのだ。何というかひどく博打的な要素が強く、これもエミリーが迷宮は遊技場であるという考えに至った理由の一つだ。
マディスを先頭に、一行は扉を蹴り開け、中に踊り込んだ。すると、部屋にはスケルトン十数体がひしめいていた。
「ハズレよ! マギー!」
「分かってる! 爆炎よ!」
マギーが杖を掲げ、呪文を唱えると、スケルトン一行の中心に炎が広がった。念じた位置に爆炎を生じるマギー必殺の魔法だ。この一撃でスケルトンはほぼ全滅したが、マディスが今まで見たことがない真っ赤なスケルトンと青いスケルトン二匹が健在で、一行に襲い掛かってきた。
「マディス! その赤いのはあんたが何とかして! 残りはこっちで何とかするわ」
「赤いのは強いよ! 気を付けて」
そう言って二人は青いスケルトンを引き付けながら部屋の隅に後退した。マディスは言われた通り、赤いスケルトンと対峙する。その手には血のように赤い刀身のサーベルを持っており、マディスは本能的に危険を感じ取った。
マディスは呪剣を両手で構え、慎重に間合いを図る。先に仕掛けたのは赤いスケルトンだ。マディスが今まで対峙したことの無いような、俊敏な動きで次々と斬撃を放ってきた。これをなんとか受けながら回避するが、反撃の隙がない。流石にレオンやティアンナほどの鋭さはないが、一流の剣士といって過言ではない動きだった。
マディスが果敢に攻めを試みようとすると、スケルトンはその機先を制して攻撃を放ってくる。トロールとはタイプが違うが、恐ろしい強敵だった。マディスは多少のダメージを覚悟で、相打ち狙いの攻撃をすることも考えたが、どうもあのサーベルが気になる。なにか攻撃を受けると危険な予感がするのだ。
ふとマディスは二人がどうなったか気になった。赤いスケルトンの向こう側では、素早いエミリーが二体を引き付け、マギーが魔法で攻撃し、優勢に進めているようだった。マディスは安心したが、その油断を見抜いたか、赤いスケルトンが必殺の突きを放ってきた。
マディスはこれを間一髪で躱したが、わずかに頬をかすめ、出血した。その瞬間、マディスは急に体が重くなったように感じ、反撃に出るのが遅れた。赤いスケルトンはその隙を見逃さず、斬撃の構えを見せた。
(……やられる!)
死を覚悟した瞬間、赤いスケルトンの横面にマギーの放った矢の呪文が命中した。マディスはとっさにその頭蓋を目掛け全力で斬撃を放った。スケルトンは吹き飛び、その頭蓋の一部が砕け、壁に激突したが、まだ動いていた。そこにエミリーが丸いガラス瓶を投擲し、瓶が割れると中に入った液体に一瞬で火が付き燃え上がった。これが止めとなり、スケルトンは活動を停止した。
「間一髪だったわね。大丈夫」
「斬られた後、動きがおかしかったからびっくりしちゃった。間に合ってよかったね」
「ありがとうございました。助かりました」
マディスは、素直に二人に感謝した。青いスケルトンは彼女達だけで何とか撃退したようだ。色々と癖はあるが、二人は優れた冒険者のようだった。あまり上昇志向がないので鉄級のままだが、その気になれば銅級に上がれるくらいの潜在能力はあるのかもしれない。
「この赤いスケルトン、恐ろしく強かったです。こんなのが頻繁に出るんですか?」
「まさか。滅多に出ないわよ。……まあ運が悪いと、こうして遭遇することもあるけど。赤い魔物は、魔物の中で最も強力な個体よ。一階でこんなのが頻繁に出たら誰も探索なんてできないわ。どこの迷宮でも深層だとこのくらいが標準らしいけど」
迷宮は深く潜れば潜るほど、魔物が強くなる。その中でも赤い魔物は、青い魔物より遥に強く、魔物の中でも最強の部類に入るという。森や洞窟などの自然型の迷宮では、浅い層にこういった魔物が出ることはまず無いが、地下迷宮では、まるでハズレのくじを引いたかのように、こうして低確率だが出現するのだという。
「あたしもう魔力がすっからかんよ。早く帰りましょ」
「その前に、戦利品の確認よ。マディス……その剣をどう見る?」
「……危険な感じがしますね。赤い魔物は皆、こんな武器を?」
「いえ、赤い魔物でも、こんな武器は滅多に持っていないわ。稀に古代遺物のような武器を持った個体が出ることがあるのよ、地下迷宮は。その場合、危険度が一気に上がるんだけど、倒せれば強力な武器が手に入るわ。ハイリスク・ハイリターンってやつよ」
マディスは改めて、赤いサーベルを見てみる。刀身は血のように赤く、禍々しい感じがする。斬られたときに体が重く感じたが、原因が分かった。急に疲労が増したのだ。マディスはまるで、素振りを終えた後のように体が重く感じていた。何かしらの魔法が込められているのかも知れない。
「根拠はないけど、その剣、ヤバいかもね。今までの玩具とは雰囲気が違うわ」
「えー、どうしよう! 万が一、マディス君が発狂したらあたし達殺されちゃうよ!」
「……」
マギーの言うことも、もっともだとマディスは思った。これまでは呪剣をうまく利用できてきたかもしれないが、ただ運が良かっただけかも知れない。しかし、この赤い剣も呪剣と同じく、使いこなせれば、強力な武器となるだろう。
意を決したマディスは、剣を拾うことにした。万が一に備え二人には、部屋のドアの前で待機してもらう。なお、この時初めて気がついたが、ご丁寧に剣は鞘付きであった。はじめ、爆炎が投射された時に、スケルトンが剣を抜き、鞘を床に捨てていたようだ。ともかく、マディスは剣を拾った。この時マディスは気づいていなかったが、無意識のうちに呪剣を鞘に収め、右手で拾っていた。
マディスは剣を拾った瞬間、強烈な悪寒に襲われた。そして、呪剣のように声が聞こえる事はなかったが、この剣が何を求めているのかが分かった。血だ。この剣は人間の血を求めている。それに気づいた瞬間、マディスは血を吸いたくて、吸いたくて、どうしようもなくなった。
吸う、といっても口で吸いたい訳ではなく、剣に吸わせたいのだ。流石に、人を切りたい等とは思わないが、とにかく血を吸いたい。だが血を吸うためには人を切らなくてはならない。マディスはこの呪いは危険だと思い、剣を手放そうとしたが、手から離れない。マディスは呪われてしまったのだ……
(くそ! 油断した! いや驕っていたのか、僕は!)
後悔しても、すでに遅い。こうなれば、なんとしてもこの呪いを従えるしかない。マディスは脂汗を流しながら、全神経を集中し、かつて呪剣を従えたときのように、赤い剣に念じた。
(僕に従え! 僕の力になれ!)
そう念じると、わずかだが、血の渇望が収まったように感じた。やはり、呪剣と同じく、この剣も自分なら従わせる事ができるかもしれない、とマディスは思った。ひとまず鞘を拾い、剣を収めた。マディスはこの赤いサーベルを吸血剣と名づけることにした。
マディスがドアの方を見ると、二人は部屋から既に逃げていた。よく見ると、ドアの隙間から様子を伺っているようだった。二人はマディスの尋常ではない様子から最悪の想定を見越し、退避していたのだ。
「あ、あの、大丈夫です。なんとか正気です」
「ホントでしょうね……で、どうなの、その剣」
「剣を持ったら、人間の血を吸いたくて仕方が無くなりました。あと捨てようとしても捨てられないので、本格的に呪われてしまったようです」
「「…………」」
流石のマギーも今回は絶句していた。
「全然大丈夫じゃ無いじゃない。どうすんのよ。人なんか切ったりしたら捕まるわよ」
「素直に教会に行って解呪してもらいなよ、マディス君、死んじゃうよ」
二人は口々に非難したが、精神を集中すれば、なんとか呪いを押さえられると説得し、帰路についた。万が一を考え、二人とはかなり距離をとった。
「流石にどんな呪いでも解けるわけじゃないのね。そりゃそうか。でも呪いを押さえられるというのは凄いことよ。きっと今、マディスの能力と呪いが相互に作用して均衡状態を作り出しているのね」
エミリーが歩きながらそう分析したが、マディスには返事をする余裕はなかった。腹痛のように気を抜くと血の渇望が襲い掛かってくるのだ。マディスは汗を流しながら必死に呪いを押さえこんでいた。
迷宮を出た後、普段なら彼女達の家の前で別れているが、この日は二人ともマディスがギルドにたどり着くまで見届けた。万が一、街中で暴れだしたらえらいことである。ギルド本部に入ってさえしまえば、大魔道やティアンナが何とかしてくれるだろうと二人は考えていた。
だが二人の予想とは裏腹に、マディスは自身の力によって血の呪いを克服していくのである。
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