第30話 宝物
エミリーが地図を見ながら一行は進んだ。地下迷宮一階はほぼ探索しつくされており、宝箱が出現する場所なども、地図にマーキングされている。道中、何度もスケルトン達と遭遇したが、全てマディスがほぼ一瞬で片づけている。
たまに、青いスケルトンが混じっていることがあり、通常のスケルトンよりはるかに動きが良かったが、マディスの見立てでは、オークより弱かった。結局、戦闘はマディス一人で無難にこなし、女性陣二人はただ見ていれば良かった。
「はー、やっぱり強い冒険者と一緒だと楽だわ。マディス君って将来有望ねぇ。お姉さん恋人に立候補しちゃおうかな」
「は、はぁ」
「バカやってないで行くわよ。――お、幸先いいわね、早速出たわよ」
通路の突き当りには、木でできた宝箱があった。エミリーがしゃがみこんで、鍵穴を覗き込んでいる。
「うん。鍵もかかってないし、罠もなさそうだわ。さ、マディス開けてみて」
そう言われて、マディスが宝箱を開ける。中には、ベルトが一本だけ入っていた。
「……ベルトですね」
「ベルトね。しかもあきらかに呪われてるわね。バックルの部分がドクロになってるもの。まあいいわ、付けてみて」
マディスは言われた通りに、ベルトを付けてみる。
「付けました。……ん? あれ、なんか、腹がきついというか、い、痛い? いてててて! 締め付けてきますよ、これ!」
「典型的な害しか無い呪いの装身具ね。もう外していいわよ」
慌ててベルトを外すマディス。特に何の抵抗もなく外すことができた。
「こ、こんなのが宝なんですか?」
「そうよ。大半はこうした価値のない呪いの装備品が出るわね。呪われた装備品はさっきのスケルトンの剣みたいな、拾っただけで呪われるものと、身に着けたりするまで効果のないものの二種類あるわ。宝箱から出るのは、ほぼ後者ね。剣なら鞘から抜くとか指輪ならはめると呪われるわ」
エミリーによると、今のベルトは分かりやすかったが、一見すると普通の装備品に見えるものも多いため、うかつにその場で装備するのは命取りになるのだという。大半の冒険者は迷宮の外へ持ち帰ってから、魔法で鑑定してもらうそうだ。
「そのベルト、なかなか危険度の高い一品ね。あなただから痛いで済んでるけど、普通の人なら内臓まで潰されていたかもね。……いつまでそのベルト持っているの? さっさと捨てなさいよ」
「いや、なんかもったいないなと思って。何かに使えませんかね?」
「……何かって何よ。拷問にでも使う気? あなたそんなことしてると捕まるわよ」
そう言われて、マディスは何かに使えないか、うんうん考え始める。しみったれた貧乏根性の抜けないマディスは、まだ使えそうなものをなかなか捨てることができない。考えるマディスの目にふと、マギーの腹が目についた。
「お腹を引き締めるのに使うとか」
「……」
「あっはっは! マディス君、面白いこと言うのね! ……どうしてあたしを見てから言うのかな?」
そういって、マギーは、笑顔のまま、マディスの横っ面を杖でぶん殴った。マディスは迷宮に入って初めてまともにダメージを受けた。魔物からの攻撃ではなく、味方からの攻撃によってだ。
「今のはあなたが完全に悪いわよ。さ、とっとと行くわよ」
「はい……」
冷ややかなエミリーの視線を受けながら、一行は歩き出した。マギーは笑顔のままだがマディスからすると逆に怖かった。テオをボコボコにしたフェリスとはまた違った凄みがある。なお、件のベルトをマディスは結局持ち帰った。ベルトには使えないが、不用品を縛るぐらいには使えるだろうとの判断だ。
その後、探索を続けたが、たいしたものは見つからなかった。唯一、まともな戦利品といえるのは、銅貨の詰まった袋だけであった。
「しかし、さっきのベルトもですけど、なんでお金とかが、無限にわき続けるんですかね?」
「ホント、謎よね……貨幣なんて、ご丁寧に今この国で流通しているものが出てくるんだから。古代の貨幣が出てきても良さそうなものだけど」
「やはり、悪魔が置いて行ってるんでしょうか」
「まあ、そう考えたくもなるけど、学者としては根拠が無いものを認めるわけにはいかないわね。今ある仮説でもっとも有力なのは、迷宮が、私達の意識というか記憶を読み取って宝を生成しているんじゃないかって学説だけど、これも根拠の無さでは悪魔論と大して変わらないわね」
「ねえ〜そろそろ戻りましょうよ。あたし疲れちゃった……」
探索を続けてだいぶ経つが、地下では正確な時間が分からない。一行はマギーの言を聞き入れ、今日は帰還することにした。帰りも同じようにエミリーが先頭に立ち、帰路につく。途中でエミリーが立ち止まり、警戒体制を取る。
「……すこし厄介なのが来たかも。マディス、気を付けて」
エミリーが下がり、クロスボウを構えた。その様子を見たマギーも杖を構える。やがて二人組の冒険者風の男が姿を見せた。
「えっと。人ですか?」
「よく見て! もうゾンビ化しているわ! 来るわよ!」
油断していたマディスに、ゾンビが俊敏な動きで襲い掛かった。マディスはとっさに横に飛んで躱したが、前衛を突破されてしまった。
「しまった!」
「こっちは対処するから、もう一匹を仕留めて!」
そう言ってエミリーがクロスボウを撃つ。矢は見事にゾンビの眉間に当たったが、致命傷にはならず、よろめいただけだ。そこへマギーが魔法を放つ。
「光弾!」
マギーが呪文を唱えると、杖の先端から光弾が飛び出し、ゾンビの右腕を根本から吹き飛ばした。攻撃魔法の中でも、もっとも基礎的な矢の魔法だ。片腕を失ったゾンビはよろめいているがそれでも戦うのをやめない。しかし、もう片方のゾンビを難なく仕留めたマディスが後ろから首を跳ねると、遂に活動を停止した。
「油断してすいませんでした……」
「まあいいけど、次から気をつけなさい」
「こいつらは?」
「冒険者の死体がゾンビ化したのよ。迷宮で死んだ冒険者は、死体を放置しておくと、瘴気の影響なのかは分からないけど、魔物化するのよ。死体だから緩慢なイメージがあるけど、元の人間の運動能力が強化されるから厄介なのよね」
「マディス君がゾンビになったらヤバイかもね。すっごい強いゾンビになっちゃうよ」
「……」
縁起でもないマギーの冗談に、押し黙るマディス。ふと、こいつらの討伐証明はどうすればいいのか疑問になり聞いてみた。
「ゾンビの場合はね。討伐報酬はないんだけど。冒険者章を持ち帰ってギルドに提出すれば、報奨金が出るわよ。遺族も喜ぶわ」
マディスがゾンビの懐を調べると、すぐに鉄の冒険者章が見つかった。無事に両方とも回収し、それを見届けたエミリーは、ゾンビに油をかけ、火をつけた。
「こうやって遺体を焼いておかないと、また死体がくっ付いたりして動き出すことがあるの。だから弔いもかねてこうするのよ。本当は遺品の一つでも持って帰ってあげたいけど、呪われていたりすることもあるから、丸ごと焼くしかないのよ」
エミリーがそう教えてくれた。マディスは揺らめく火を見ながら、自分もここで死ねばこうなるのか、とぼんやり考えていた。
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その後、一行は特に問題なく出口にたどり着き、外に出た時には、既に暗くなりつつあった。
「あら、ずいぶん時間が経ってたのね。急ぎましょ。ああそうだ、財宝の取り分だけど、あなたが八割、私達は二割でいいわ。戦っていたのはほとんどあなただからね」
「その代わりに、晩御飯はおごってね! あたし達の行きつけがあるから、そこにしましょ」
マディスは初め取り分が八割と聞いて、恐縮したが、おごりと聞いて、げんなりしてしまった。一体どんな高い店に連れていかれるのかと戦々恐々していたが、着いた店は意外にも値段は庶民的でほっとした。
マディスは昼間のマギーを見ているので、彼女を警戒していたが、案外、食べる量は普通でこれならフェリスの方がよく食べると思ったくらいであった。それとなく聞いてみたが、甘いものは別腹、との事だった。
ほっとしたマディスを思わぬ伏兵が襲った。エミリーだ。彼女の食べる量は体格通り少量だったが、実によく飲むのである。まず、ビールで喉を潤すと、マディスには良く分からない透明な酒を飲み始めた。どうやら、度数の高い蒸留酒らしい。その後、再びビールで口を洗うと、色付きのしゅわしゅわした何かを飲み、次にワインを飲み始めた。実に節操のない飲み方である。
以前ベロベロに酔ったテオを見たマディスは、エミリーを心配したが、どうも彼女は酒豪らしく、マギーと平然とおしゃべりをしていた。一安心したマディスだが、昼間と同様に、黙々と食事を続けるしかなかった。
「ねえマディス君。君のタイプの女性はどんな子かしら。お姉さんに教えて」
「そうね、私も聞きたいわ。いい子がいれば紹介してあげるわよ」
「どんなって言われても……」
突然振られた話題に困惑するマディスだが、うんうん悩みながら必死に考える。一番に浮かんだのはフェリスだが、彼女のことは好きだが、男女のそれではなく、姉のような存在としてである。
次にティアンナが浮かんだが、美しいとは思うが、一緒に暮らすようなイメージはわかない。目の前の二人は……言うまでもない。マディスは、他に誰か忘れているような気もしたが、異性として憧れている人など思いつかなかった。
「なによー。つまんないわね、さっさと言いなさいよ。それとも男が好きなの?」
「悩むことないじゃない。理想を言えばいいのよ、理想を。いるかどうかは別にして」
二人にせっつかれて、仕方なくマディスは「……お姫様、みたいな人ですかね」と答えた。マディスにとっての理想の女性といったら、おとぎ話で聞いたお姫様ぐらいしか思い浮かばなかったのである。勿論、お姫様が実際はどんな女性なのか彼には知る由もない。
「「……」」
マディスは笑われるかと思っていたが、二人は急に真顔になって黙り込んだ。
「な、何かまずいこと言ったでしょうか」
「マディス君、この国では、いや王都ではその言葉は禁句よ」
「まあ、あなたの出自じゃ知りようがないか。この国でお姫様っていったら『呪われし姫君』のことを指すのよ」
「な、なんですか、その呪われし――ていうのは」
「話せば長くなるんだけど……」
エミリーが語った所によると、今この国の王族には、王妃を除けば女性は一人しかいない。それが先王の娘、ラウレンティア姫だ。ラディア王国にはお姫様といえばこの人物しかいない。
「悲劇があったのは今から十年前、ラウレンティア姫七歳のお祝いの日よ。……あなたは知らないかもしれないけど、七歳を迎えた子供のお祝いって盛大にやるじゃない。平民も王族もそれは一緒よ。お祝い自体は特に問題なく終わったけど事件はその夜起きたのよ……」
無事お祝いが終わり、夜も更けた頃、突如、国王夫妻が苦しみだし、そのまま亡くなられたのだという。ただ一人無事だった、ラウレンティア姫は両親の死を知ると、あまりのショックで倒れたのだという。七歳の子供である、無理もない話だ。
「で、姫はそのまま十日間寝込まれたそうなんだけど、ようやく目覚めたその時には、目が見えなくなっていたそうよ。それに髪の色も抜け落ちて美しい金髪がすっかり白くなってしまったのだって。御労しい話よ」
姫に降りかかる不幸はまだ止まない。余りにも突然の国王夫妻の死に、王宮も市井の人々も騒然となった。その死因は結局分からずじまいで、急病として発表する以外になかった。しかしそのあまりの不自然さに皆納得はしなかった。
「まあ、普通に考えたら毒殺なんかの、暗殺だと考えられるわよね。結局、当時の王弟殿下が即位されたんだけど、まあ今の国王陛下のお人柄といったら、笑っちゃうぐらいのお人よしなのよ。そんな人が実の兄を殺してまで王位を欲するとは思えないわけよ。……もう一人の王弟殿下はちょっとわかんないけど」
先王は三人兄弟の長子であり、王位は次男である王弟が継いだのだという。末子の王子は今も王弟として国王を補佐しているらしい。
結局、暗殺というのも説得力に欠け、その結果疑いの目はラウレンティア姫に向けられたのだと言う。曰く、国王夫妻のご不幸は、姫が呪われた忌み子であるせいだ、との噂がどこからともなく発生したのだという。七歳の祝い事の日に不幸が訪れるなど、神が祝福を拒否しているのだと、その結果、あのような悲劇が起こったのだと、口さがない者たちが噂したのだ。
「……仮に姫が呪われているなら、死ぬのは本人でしょうに。本人を残して、両親だけ連れて行くなんて、神様がそんなことするかしら?」
この噂に激怒したのが、現国王だ。人の好い国王はただ一人生き残った姪が不憫でならなかった。そこにこの噂である。王の怒りは収まらず、噂を口にしたものは一人残らず極刑にしようとしたが、王弟の必死の説得でなんとか撤回した。
以後、姫は表向きには丁重に扱われているが、皆、世話をするのを恐れているらしい。以来、姫は盲目なこともあり、部屋に引きこもったままだ。
「そういうわけで、ついたあだ名が呪われし姫君ってわけ。まあ衛兵にでも聞かれたら不敬罪で捕まるから、表で大っぴらに口に出すんじゃないわよ」
全くひどい話よ、と話を終えたエミリーの手には、ブランデーのグラスが握られていた。
一連の話を聞いたマディスは、姫に起こった悲劇を聞いて、呆然としていた。この国の至高の座にあった姫が、一夜にして家族を、そして尊厳を失うとは。呪いが原因かどうかはわからないが、もしそうだとすれば、自分とは余りに対象的だ。マディス自身を振り返ると、家族はいたが、ろくな扱いを受けてこなかった。最後には追い出され、そんなどん底にいた自分を救ってくれたのは、呪われた剣だった。……何らかの思惑があるにせよ、だ。
その後、エミリーが飲み終わったタイミングでお開きとなった。結局、その日の稼ぎの収支は、飲み会の費用によりトントンになった。足が出なかっただけまし、とマディスは割り切り、二人とは家の前で別れた。
「あ、そうだ。当面ギルドの客間を使っていいそうだから、宿を探す必要はないわよ」
「じゃあね。マディス君。おやすみ。明日以降は家まで迎えにきてね」
別れ際にそう伝えられ、ギルドに戻るマディス。あまり世話になるのもどうかと思い、受付で遠慮しようかと話をしたが、ティアンナが是非に、と言っているそうだと言われ、断るのも失礼かと思い直し、暫く世話になることとなった。
当面マディスはギルドを拠点に、地下迷宮を探索する日々を送ることになった。
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