第3話 直営店
門を後にしたマディスは、次にギルドの向かいの直営店に向かった。
店に入ると店内はランプや背嚢、スコップなどの道具類が雑然と置かれていた。それだけでなく剣や槍といった武器、革鎧から騎士の装備するような全身鎧が展示され、壁一面には盾が陳列されていた。
中央奥にカウンターがあり、大柄な禿頭の男がなにやら作業をしていた。年は四十前だろうか、袖なしの簡素なシャツを着た男の体は逞しく、その腕は丸太のように太かった。マディスはこの人も冒険者なのだろうか、とぼんやり考えていた。
「……」
店主と思しき男は。マディスを一瞥するとすぐにまた元の作業に戻った。
「あの……薬草採取に必要な道具がほしいんですが」
恐る恐る声を掛ける。店主はぶっきらぼうに答えた。
「具体的に物を言え。最小限必要なのはスコップと袋だがそれでいいのか」
マディスは少し考えると、自前の草刈り鎌を取り出し尋ねた
「これでスコップの代わりになるでしょうか」
「ならんこともないが……土の柔らかい処ならそれでもいけるが、お前今いくら持っているんだ」
「銅貨一枚です」
「銅貨一枚だと?それじゃあ宿にも泊まれんじゃないか。お前これまでどうしてきたんだ?」
「昨日、故郷の村から出てきました。行商の馬車にのせてもらって、先ほどここに着いたんです」
店主はマディスに憐憫の視線を向けると溜息をついた。
「まあ別に珍しくもない話か。その予算じゃあ、採取した薬草を入れる袋ぐらいしか買えんな。スコップも買えなくはないが、草刈り鎌があるならそれでいいだろう。他に何か武器になりそうな物は持っていないのか?」
「いえこれだけです」
「武器も持たずに森に入るのは自殺行為だが、そうも言ってられない状況なのはわかる。いいか?命が惜しければ、薬草を採取してすぐに戻ってこい。十株も取ればとりあえず宿代と明日への繋ぎにはなる。間違ってもゴブリンと戦おうなどと思うなよ」
店主は見た目に反して、意外にも世話好きなようだった。碌に物を知らないマディスに、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚になると、丁寧に貨幣価値を教えてくれた。世話好きな店主に少しは打ち解けたか、マディスは鎌を見せながら相談した。
「やはり鎌では戦えないでしょうか」
「当たり前だ。奴らは小柄で、力も人間の大人より劣るが、凶暴でしぶとい。鎌で傷をつけたぐらいでは怯まんぞ。それに剣なんかの武器を装備した個体もいるんだぞ」
「武器ですか?あいつらに武器を作れるような知恵があるんですか?」
「ゴブリンに限った話じゃないが、魔物に武器を作るような技術はない。ゴブリンやオークといった人型の魔物は、殺した相手から武器を奪ったり、或いは迷宮内で死んだ、冒険者の死体から漁って手にいれるのさ」
「そうなんですか。でも逆にこちらが相手の武器を奪うこともできますね」
「お前間違っても魔物が使っていた武器や、迷宮内に落ちている武器を拾ったりするなよ。そういった武器は大抵、呪われてんだ」
「呪い?ですか?」
首をかしげるマディスを見て店主は呆れた。
「お前、何にも知らねえんだな。いいか、呪われた武器っていうのはな、簡単にいえば装備した人間に害をもたらすんだ。比較的ましなものでも装備している間中、幻聴が聞こえてきたり、寝るたびに悪夢にうなされるようになる。最悪の場合は発狂したり、生命力を吸われて、命を落としたりするんだぞ。装備って言っても、拾っただけで呪われる物もあるしな」
呪いの原理は正確には判明していないが、魔物の魂が、或いは死んだ冒険者の怨念が武器に宿り、装備したものを呪うのではないか、と店主は説明してくれた。
説明を聞いて青ざめるマディス。しかしマディスも追い詰められている。折角只で武器を手に入れられる機会があるのに、あきらめきれない。
「でも、全ての武器が呪われているわけじゃないんですよね?とりあえず装備してみて、何もなければ儲けものじゃないですか」
「呪いの武器ってのはな、一度装備すると外せねえんだ。これが呪いといわれる所以さ」
「外せないって……どういうことですか?手のひらから剝がせなくなるんですか?」
「無論そういうことじゃねえ。意識に何らかの制約がかかり、手放すことができなくなるらしい。寝るときに手から離したりはできるが、いざ捨てようとしたり、他の武器を装備しようとしても、何故か手放すことができなくなる。一度装備してしまったものは教会に行って、解呪してもらうしか手はないのさ。解呪だって只じゃねえ。それなりの額を寄進しないと、あの強欲坊主どもは相手にしてくれねえぞ」
絶句しているマディスを見て、店主は気の毒に思ったか、励ますように声を掛けた。
「まあ……一か八かで使ってみるのも手だがな。運が良ければ、呪われていない武器が手に入るかもしれんし、死なない程度の呪いであれば、素手で迷宮をうろつくよりかは、生存率は上がるかもな」
「わかりました。とにかく気を付けます」
「おう。とにかく袋だけ買って、さっさと採取に行ってきな。夜になっちまったら街に入れなくなるからな。首尾よく金が入ったらまたここに来い。宿の場所くらい教えてやる」
店主は風貌に似合わず、面倒見が良かった。マディスは彼に感謝すると店を出た。