第29話 地下迷宮
三人はギルドを出て、王都城壁の外にある地下迷宮の入口に向かっていた。
「あなた、ロドック出身よね。地下迷宮は初めてでしょ。どこまで知っているの?」
「そ、そうですね。森の迷宮と違って、中は複雑に入り組んでいて、財宝が見つかるぐらいしか知らないですね」
「まあ、そんなところだけど、その財宝の中身なんだけどね。大抵が呪われた装備や道具なのよ。……そもそもなぜ財宝が、しかも箱に入って何度も出現するのかって所から疑問の塊なんだけど」
「それは……悪魔が置いて行ってるって経典には書いてありましたけど」
「教会はそう伝えているけど、実際悪魔なんてものを見た人は誰もいないのよ。森や洞窟が瘴気の影響で迷宮化するのはまだわかるけど、明らかに人工的に造られた地下迷路に、なぜか一定間隔で財宝が無限に出現する。なんて、都合が良すぎないかしら」
エミリーが語るように、地下迷宮は事実上、無限に宝箱が出現するという人間にとって有益すぎる場所で、宝箱の中身は文字通りの金貨や銀貨といった財宝、剣などの武器、その他雑貨類も含め様々であった。といっても、無限に出現する宝箱からは、大したものは出ないらしい。
最も価値のある古代遺物のような本当の意味での財宝が入った宝箱は中身を取ってしまうと、空き箱がそのまま残り、二度と復活しないのだという。なお復活するタイプの宝箱は、空のまま放置して置くと、いつの間にか中身が復活するらしい。
「こういった地下迷宮が存在するのは、大抵が古代人の大都市の跡地なのよ。昔から交通の要衝で人が多くいた形跡のあるところとかね。だから学者の間では、地下迷宮そのものが古代遺物で、古代人の軍隊の訓練場だったのではないか、というのが主流な学説ね。でも私は、訓練場なんかじゃなくて、遊技場だったんじゃないかって考えてるの。文字通りの迷路で、宝を取って遊ぶようなね。……魔物が徘徊したり、宝の中身が呪いの装備ばかりなのは、瘴気の影響だと思うけど……」
そう、道すがら話していると、エミリーが大きなお屋敷の前で立ち止まった。
「ここ、私の家なのよ。ちょっと待っててね。武器を取ってくるから」
マディスは驚嘆した。どう見てもロドックのギルドよりも大きい屋敷だったからである。こんな豪邸に住んでいるのに、自分からお茶代をせびるとは、と別の意味でも驚いていた。
「びっくりした? 彼女の家は代々学者だからね。まあお金が無きゃ、研究なんてできないわよ。ちなみに隣の家はあたしの家よ。隣同士の幼馴染なのよね。あたしたち」
マディスは再び驚いた。マギーの家も負けじ劣らじの豪邸だったからだ。マディスはこんな金持ち二人に自分はおごったのか、と惨憺たる気持ちになった。
そのうち、エミリーが戻ってきたが、小型のクロスボウを持っていた。
「お待たせ。一応護身用に持ってきたけど、私の戦闘力は期待しないでね。援護くらいはできるけど、矢もそんなに無いから危ない時だけ撃つからね」
「あたしもばあちゃんと違って、魔法の才能はそんなでもないから、攻撃魔法を撃てるのはせいぜい二十発が限度よ。だから、同じスタンスでお願いね」
「ばあちゃん?」
「あら、言ってなかったっけ? あたしの祖母は大魔道よ。あたしに何かあったら、マディス君は、ばあちゃんに殺されちゃうから死ぬ気で守ってね」
マディスはもう、驚く気力もなかった。とにかく全力で二人を守らないといけない、と心に誓った。マディスにとっては迷宮の魔物どもより、この二人の方がよほど恐ろしかった。
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肉体的にはともかく、精神的にはだいぶ疲労しているマディスはさておき、一行は王都城壁のすぐ外にある迷宮入口までやってきた。迷宮の入口は小さい砦のようになっており、周囲を衛兵が警備している。駐在所のような施設もあり、十名程度の警備隊が常時詰めているらしい。
ロドックの大森林のような自然迷宮と違って、王都のすぐそばにある地下迷宮は、突然のスタンピードや或いは、盗賊等といった犯罪者が迷宮を住処にすることを防ぐためにも、こうして常時警戒をしている。
マディスは、入口のそばにある検問所にいる衛兵に冒険者章を提示した。衛兵は確認すると顔を青褪めた。
「……呪剣士!? き、貴殿が噂の……」
「は、はい。そうですが、何か問題でも」
マディスの悪名は、既に王都中に知れ渡っており、この衛兵も例の件は把握していた。衛兵は怯えながら問題ございません、と返事をし、そのまま一行を通した。
マディスはそんなに自分が恐ろしいのかと暗い気持ちになった。
「おーおー。マディス君。すっかり有名人ですなぁ」
マギーが歩きながら冷やかしてきたが、マディスは少し、その明るさに救われた。
「……マギーは僕のこと怖くないの?」
思い切って聞いてみると、マギーはあっけらかんと答えた。
「あたしらはね。昔からばあちゃんを、大魔道を見て育ってきたから、マディス君ぐらいは何とも感じないよ。ばあちゃんが本気出したら、王都なんて更地になるわよ。……だからばあちゃんのことを大半の人が恐れてるわ。王宮も、市民もね」
マギーはそういって寂しそうに笑った。彼女らしからぬ、影のある笑いだった。
「そうなんだ。……本部長は家では優しいの?」
「当たり前でしょ? いくら街を壊滅させるくらいの魔道士でも、あたしにとっては優しいおばあちゃんよ。家族ってそういうものでしょ?」
それを聞いたマディスの胸の内に、ぴしっとヒビが入ったような、鋭い痛みが走った。どう答えていいか分からぬうちに、一行は砦の門を通って、迷宮の入口に到着した。
「さ、あなたにとってはこれが初の地下迷宮ね。この階段を降りたら、迷宮よ。気を引き締めて」
そうエミリーが切り出した。迷宮の入口は、地下への階段となっている。階段と言ってもかなり大きい。優に三人が横に広がり戦闘できるほどの幅があった。基本的に地下迷宮はこの幅らしく、前衛三人、後衛三人という陣形を取るのが基本らしい。
「あなたの実力なら前衛は一人で十分だと思うけど。万が一の時は二人で援護するわね、じゃ、マギー明かりをお願いね」
マギーは、ほいよっ、と返事をすると、杖を掲げ、先端から魔法の光を生み出した。光は杖から離れ、ふよふよとマギーの頭上に浮かび、くっついてくる。
「この明かりは暫く続くけど、あたしが意識を失うと消えるから、明かりの準備はしておいてね」
「そういうこと。さ、行きましょ」
いつの間にやら腰のベルトにカンテラのようなものをくっつけているエミリー。マディスも背嚢からカンテラを取り出し、ベルトにくっつける。少し邪魔だが仕方がない、と我慢するマディス。
そうして一行が階段を降りると、そこは石畳の床と、床と同じ素材の壁でできた殺風景な空間であった。前方には通路が広がり、前に進むしかない。一行は、地図を持ったエミリーを先頭に進んでいった。すこし進むと、急にエミリーは立ち止まった。
「早速おいでなすったわね。マディス、あなたの出番よ。任せるわ」
そういって、後方に下がるエミリー。マディスが先頭に立ち、目をこらすと闇の中から、カタ、カタと音が聞こえてきた。程なくして、三体の人影が姿を見せた。人影といっても、人ではない。いや、かつては人だったのかもしれないが、現れたのはスケルトンと呼ばれる、歩く骸骨達だ。手には剣を持っている。
マディスは右手に呪剣を、左手にショートソードを持ち、躊躇なくスケルトン達に突っ込む。まず呪剣で先頭のスケルトンの頭蓋骨を破壊すると、ほぼ同時に、左手で斬撃を繰り出し、もう一体を倒す。最後の一体は剣を振る構えを見せたが、動きは緩慢で、機先を制したマディスの呪剣によってやはり頭を破壊された。
「な、なんか弱いですね。あっという間でした」
「たしかにスケルトンはこの迷宮では雑魚の部類だけど、あなたが強すぎるのよ。流石に一年も経たないうちに銅級に上がっただけあるわね」
「そーそー。マディス君はもっと自信を持ちたまえ」
「さて、実験を始めましょうか。マディス、そのスケルトンが持っていた剣、拾ってみて」
そう言われたマディスは剣を拾う。拾ってみたが、何の変哲もない、粗悪品の剣としか感じなかった。
「これが何か?」
「……やっぱりか。じゃあ今度は捨ててみて」
マディスは、エミリーの意図が良く分からなかったが、言われた通りにその場に打ち捨てた。
「これで確定ね。あなたの呪いを軽減する能力は、その呪剣だけではなく、他の武器でも適用されるみたいね」
エミリーがいうには、スケルトンの持つ剣は、例外なく呪われており、拾っただけで、呪いが発動するのだという。といっても呪いとしての力は弱く、外せなくなる以外に害はない。もっとも、スケルトンの剣は人間相手にはそれなりの切れ味を発揮するが、魔物に対してはほぼ効果を発揮せず、鈍器にしかならないそうだ。
なお、スケルトンがどこから剣を調達しているのかは謎で、一説によれば体の一部なのではないか、との事らしい。地下迷宮は自然にできた迷宮とは法則が異なることがあるのが特徴だ。
「だからスケルトンの剣を拾う人はいないわ。たまに何も知らないルーキーが拾ってしまうこともあるけど、スケルトン相手に数回殴るだけで、剣自体が壊れてしまうから、あまり害はないんだけどね」
「そうなんですか。あ、ところでスケルトンの討伐証明ってどれなんですか?」
「頭蓋骨よ。二体は破壊しちゃったからもう取れないわね」
「ええ! もったいない……先に聞いておけばよかった」
「マディス君。頭蓋骨なんて拾ってたら、かさ張るでしょ? 捨てておきなさい。持って帰ったって一個銅貨二枚にしかならないんだから、大抵の人は拾わず、そのままにするのよ。それより宝箱を探した方が、稼ぎとしては断然いいから皆そうしてるわ」
地下迷宮を探索する冒険者達は、荷物としてかさ張る討伐証明より、迷宮の財宝を優先するのだという。こういった放置された討伐証明を拾って換金する冒険者もいるが、死体漁りと呼ばれ、蔑みの対象となる。別に違法性はないが、力のないその日暮らしの冒険者とみなされる。
「とにかく、あなたのその能力がどれくらい効力があるのか、もっと実験する必要があるわ。さ、探索を続けましょう」
一行は再び闇の中へ進んだ。
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