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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第二章
27/62

第27話 挨拶

 王都に朝が来た。小鳥達がさえずり、冷たい空気が徐々に暖められ、陽光が城壁を照らした。その日、その若い衛兵は普段通り、城門前の警備についていた。


「今日もいい天気だ……」


 衛兵は、代わり映えのしない毎日に若干、辟易へきえきとしていたが、それでも平和な日々は何よりも尊いのだ、と思い直し、今日一日が無事に終わることを祈った。

 その衛兵の耳に、不吉な音が届いた。


「…………カラン…………カラン」

「ん? 何の音だ? 」


 音は断続的に続き、少しずつ音が大きくなっているようだった。気が付くと、大きな馬二頭を連れた男がゆっくりと街道から城門へと近づいているようだった。


「……カラン……カラン」


 男の顔が判別できるくらいに近づいた頃には、馬が何かを引きずっているのが分かった。衛兵ははじめ、荷車の車輪でも壊れて、荷物を引きずって運んでいるのかと思ったが、モノが何か分かると、仰天して顔を青褪めた。


 引きづっていたのは物ではない。人だった。それも一人や二人ではない。ぼろぼろの男たちが、手のひらを鉄杭で打たれ、鎖でひと繋ぎにされ、馬に引きずられているのだ。出で立ちから盗賊であることは分かったが、いかに罪人とはいえ、あまりにむごい仕打ちであった。衛兵は勇気をふり絞って、その職務を遂行した。


「オイ! き、君、これは何の真似だ!」

「ご苦労様です。銅級冒険者のマディスです。盗賊を連行してきました」


 何でもないことのように淡々と報告するマディス。衛兵は、この人は盗賊共に家族を皆殺しにでもされたのだろうか、とやや現実逃避気味に考えていたが、やはりこのまま通すのは問題がある。


「そ、それは結構ですが、このまま入門されるのは、あまりにも……」

「本部長からギルド本部へ直接連れて来いと言われているんですが」

「本部長――大魔道閣下の下へ直接ですか!」


 衛兵は、マディスの回答を、「これは本部長の命でやっていることだ。その命に君は文句を付けるのか?」と解釈した。ひどい仕打ちだが、なにか下々の人間には理解できない深い意図があるのだと、衛兵は無理やり自分を納得させた。


「……分かりました。ですが、このままですと、民が混乱します。我々が先導しますので、その後を付いてきてください」

「はい。ありがとうございます」


 マディスは、王都の衛兵はずいぶん親切なのだな、さすが都会は違う、とのんきに考えていた。


 盗賊をどう連行するか悩んだマディスは、手の平に鎖を通して、馬で引きずっていくことを思いついたのだ。腕を縛っていたロープで、足を縛り直し、逃げられぬようにした。そして縫い物でもするかのように、盗賊たちの右手の手の平に鉄杭を打ち込んだ。幸いハンマーを武器として使っていたものがいた為、道具には困らなかった。


 当然だが盗賊達は泣き叫んで暴れた。仕方なく殴って意識を奪ったが、流石に盗賊たちが気の毒になった。しかし殺してしまうよりはましだろうと考え、馬の鞍に鎖を括りつけそのまま引きずってここまで運んできた。道中で死んでしまう恐れがあったので、持参したポーションを飲ませ回復させたが、かえって盗賊たちを長く苦しめることになった。


 こうしてマディス一行は、衛兵の先導で街へ繰り出した。馬が歩くたびに、鎖に巻きついている鳴子が「カランカラン」と音を立て、世間の注目を集めた。


 大通りを進む一行を目撃した王都の人々は恐怖におののいた。ぼろぼろの男たちが、鉄杭で打たれ、引きずりまわされているのだ。男たちは死んでいるのか生きているのかもわからない。盗賊達は最初こそ鉄杭を打たれて、泣きわめいたが、一晩中引きずられ、既に声も出せなかった。


 この世界の倫理観は比較的高く、拷問や過剰な見せしめには忌避感が強い。これは、魔物と戦う上で、人類は一致団結する必要があり、人間同士の争いは、可能な限り避けなければならないとする、教会の地道な布教活動の成果だ。故にこうした見世物に人々は耐性がなかった。


 この残酷な見せしめに、王都の人々は心の底から恐怖した。一体、あの冒険者は何者なのか? 悪魔としか思えぬ所業、あの若者は一体誰だ? とその日のうちに噂は町中に広まり、ロドックからやってきた呪われし男『呪剣士マディス』の悪名は王都に轟いた。


 一行はしばらくして、ギルド本部前に到着した。


「……では、我々はこれで失礼します……」


 そういって、衛兵達は去っていったが、彼らも王都の治安に責任のある立場である。こっそりと、遠巻きに成り行きを見守っていた。


 騒ぎを聞きつけた冒険者達が表に出てきた。彼らもぼろぼろの盗賊達を見て絶句する。その中には、昨日食堂でマディスの噂話をしていた男がいた。


「お、おい! 呪剣士! これはなんの真似だ!? なんでこんなことをする!?」


 噂好きの冒険者がマディスを問い詰める。


「何故って……」


 マディスは、盗賊を捕縛しただけなのに、何か手違いでもあっただろうかと考え、昨日大魔道がなんと言っていたのかを思い出し、返事をした。


「つまり、これは挨拶です」

「あ、挨拶……だと?」


 冒険者は、マディスの返答をこう解釈した。


「これが俺のやり方だ。よく覚えておけ。貴様らは俺をなめているようだが、この程度は挨拶に過ぎん。なめているとお前たちもこうなるぞ」


 ほとんど、冒険者の妄想なのだが、この男は昨日の噂話を聞かれていたのだと思い込み、眼前の光景もあいまって、恐怖に顔を歪めた。


 その様子を見ていたマディスは


(おかしいな? 様子が変だぞ? 何かおかしなことでもしてしまっただろうか……)


 と内心思っていたが、ふと


(マディス。挨拶の基本は笑顔よ。笑いなさい)


 フェリスの教えを思い出し、怯える冒険者ににっこりと笑って見せた。笑い慣れていないマディスの笑顔は、ひどくいびつで、兇相(きょうそう)といっても過言ではなかった。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」


 遂に、冒険者はギルドの中へ逃げていった。その様子をマディスはポカンと見ていたが、入れ違いにティアンナがやってきた。


 ティアンナもマディスの所業に絶句し、次にその非常識な振る舞いに激怒したが、まずはマディスの思惑を知るべく、怒りを押し殺して問いかけた。


「……マディス。これはなに? どうして盗賊をこんな目に?」

「あ、あの実は、盗賊達を生け捕りにしたんですけど、八人もいて、どうやって連れてくればいいか悩みまして、それでこうしました。……騒ぎになってしまったようですいませんでした。こんなことなら他に誰かを連れていくべきでした」


 それを聞いたティアンナは、拷問などの、加虐嗜好(サディズム)から来る行動ではないと一応安堵したが、一方で、いかに世間知らずとはいえ、このような行動が人からどう思われるか理解していないマディスの人格に違和感を覚えた。


(この行動が、この子本来の性格から来るものなのか、それとも呪いの影響のせいなのか、気になるわね……)


「……わかったわ。ご苦労様。夜通し歩いて疲れたでしょう。今日はギルドの客間で休みなさい。後はこちらで処理するわ」


 ティアンナは、気になる部分もあるが、まずは事態を収集させなければいけない、とマディスを目の届く所で休ませるように手配すると、盗賊たちの保護と収監など次々と指示を出し、場を収めた。


(……いずれ、ロドックに人をやってあの子の過去を調査する必要があるわね)


 ティアンナはそう考えていたが、結局この考えは実行されなかった。何故ならその日の内に、王宮や教会から


 ――民が怯えている、冒険者ギルドは一体何を考えているのか!――

 ――盗賊とはいえ、あまりにむごい仕打ち、このような行いには神罰が下りますぞ!―― と苦情が殺到したためだ。


 大魔道は一言「任せるよ」と言って消えてしまった。ティアンナは一人で各方面への釈明に忙殺され、マディスの過去のことなど気にしている余裕は無かったのである。


「覚えておきなさい! マディス!」


 執務室に、ティアンナの怒声が響き渡る頃、マディスは客間のベッドですやすやと気持ちよさそうに寝ていた。

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