第24話 王都
マディスがロドックを旅立ち、幾日かが過ぎた。隊商に護衛として同行しているマディスだが、その旅路は平穏そのものだった。同行している他の冒険者によれば、この街道筋は盗賊はあまり出ないが、魔物はちらほら出るそうだ。
魔物といってもマディスが戦い慣れている、ゴブリンはあまり出現せず、もっぱら魔犬だそうだ。魔犬は野犬が瘴気の影響によって魔物化したもので、迷宮の外にも良く現われる。複数体で連携して襲ってくるため、ゴブリンよりよほど危険な魔物だ。
魔犬のような、元の動物の姿が強く残っている魔物は、動物的本能がより強いらしく、自分より強い人間等にはあまり近寄らないそうだ。大森林でも出現するが、マディスは見たことがなかった。マディスの強さ、或いは呪剣の力を恐れて出現しなかったのかも知れない。
「……この旅で魔物に出会わなかったのは、あんたのおかげかもな、呪剣士。まあいいさ、ほら王都の城壁が見えてきたぞ。この分なら昼前には着く」
この冒険者もそう思ったのか、複雑そうな顔で言った所で、いよいよ王都が目前に迫った。
「……大きな城壁だ。ロドックも大きかったけど」
「そりゃ、国一番の街だ、当たり前だ。冒険者ラディアの築いた、ラディアの街、それが王都だ」
冒険者はマディスと距離を取っていたが、世間知らずのマディスに、親切に色々と教えてくれた。冒険者という職業は、粗野な人間の集まりと思われがちだが、その実、連帯感は強い。皆、命がけで日々魔物と戦う戦友たちなのだ、無暗に同僚や後輩をいじめたり、疎外したりはしない。勿論全員がそうとは言えないが。
しばらく歩いて、ようやく王都の城門までたどり着いた。近くで城壁を見上げるマディスは、こんな大きなもの、人間に造れるのか、とぼんやり考えていた。ともかく、隊商の一行と一緒に検問の列に並んでいると、兵隊に連行されている、縄でつながれたみすぼらしい格好の集団が現れた。
「……あれは?」
疑問に思ったマディスが商人に聞いてみた。
「盗賊どもですな。さっき衛兵に聞いてみましたが。東や南の街道に、最近盗賊が頻繁に出没するそうで、手を焼いているそうです。いや、私どもにすれば困った話です」
護衛費ばかりが嵩んで、利益がでない、とぶつぶつ文句をいう商人を尻目に、マディスは、一歩間違えれば自分もああなっていたかもしれない、と身震いした。ともあれ、マディスは無事検問を済まし、王都に入場した。
ロドックと同じく、冒険者ギルドは門のすぐ近くにあり、そこで手続きを行い、マディスは隊商一行と別れて報酬を手にした。受付で紹介状を提出したが、ここは本部ではなく出張所だ、と言われてしまった。本部は王都中心部にあるとの事で、出張所の業務内容は、討伐証明の精算や護衛依頼の達成報告などが中心だそうだ。
職員に道を聞いたマディスは、中心部まで歩き始めた。ロドックの街も人が多かったが、王都はその比でない。マディスが見たこともない、褐色肌の人や、顔の彫りが浅い人など様々な人々が集まっていた。
途中、いくつも飲食店があり、立て看板のメニュー表を見てみたが、ロドックに比べ物価が非常に高く、マディスは渋い顔をした。マディスの財産は、金貨三枚以上はあるので、同年代の冒険者の中では、富裕層の部類に入る。しかし元々の出自が持たざる者だ。マディスの金銭への執着は強く、ひどくケチだった。
マディスは普段から体づくりのために、人の倍食べるが、味は度外視で安いものばかり食べていた。別に味音痴ではないので、自分の金でなければ、おいしいものをたくさん食べたいとも思っており、そのせいでミロは危うく有り金を使い果たす所だった。
しばらくして王都中心部にたどり着き、ギルド本部の前にきた。本部は三階建てで、ロドックと同じく石造りの建物だが、外観の装飾なども凝っており、ずいぶん豪華なようにマディスは感じた。
中に入ると、ホールは広々としており、片方には広々とした食堂のような施設が確認でき、もう片方は庭につながっているようだ。ホールの床一面に絨毯が敷かれ、高級感に溢れていた。壁には絵画まで飾ってある。元々が貧農の少年には、もはや何と言って形容していいかわからない状態だ。マディスは萎縮しながら受付に向かった。
「……あ、あの、ロドックから来た、マディスといいますが……」
「はあ? お約束はございますか?」
受付はやはり女性だった。挙動不審なマディスを見て怪訝そうに対応したが、マディスが紹介状を提出すると、驚いた様子でどこかに連絡をしていた。
しばらく受付の前で待っていると、一人の美しい女性が現れた。
「お待たせしました。私は本部長補佐、銀級冒険者のティアンナです。以後お見知りおきを」
「ど、銅級冒険者、呪剣士のマディスです」
ティアンナは、マディスが今まで見てきたどんな女性よりも美しかった。年齢はフェリスの一回り以上は上のように見えた。背はマディスより高く、青色の長そうな髪を美しく編み込み、後頭部の高い位置でまとめていた。顔立ちは上品だが、その眼光の鋭さは歴戦の冒険者を思わせた。服は髪の色に合わせたような、青色のローブだが、ぴっちりとした素材で体のラインを浮き上がらせていた。
ローブの上から冒険者らしく、ブレストプレートを付けているが、マディスのものと違って輝くような銀色で、職人が何か月も掛けて彫ったようなレリーフで飾られていた。そして腰には銀色の細剣を差していた。マディスには価値が良く分からなかったが、レオンの衣装より十倍くらい高そうだと思っていた。
「あいにく、本部長は昼食を取っておりまして、その後なら対応可能です。折角ですから食堂へご案内しますわ。お昼はまだでしょう?」
「は、はい。ぜひお願いします」
マディスは案内されながら、ティアンナの後ろ姿を見る。歩くたびに物凄い大人の女性の色香を漂わしていた。フェリスはゆったりしたローブを着ていたので、体のラインは良く分からなかったが、彼女の後ろ姿はそれだけで、男を狂わすような魔性の魅力があった。もっとも、マディスは彼女を美しいとは思ったが、それ以上の感情には至らなかった。
食堂は昼飯時ということもあり、多くの冒険者で賑わっていた。食堂はロドックに比べ清潔で広く、テーブルなどの什器備品もおしゃれだ。ただし、酒類の提供は夜でもしていないようで、あくまで食堂の機能しかないようだ。ティアンナは空いている席にマディスを座らせると、自身は立ったままで言った。
「今回はこちらで費用を持ちますので、お好きな物を注文してください」
「いいんですか? すいません……」
マディスは萎縮しながらも、遠慮なく、一番高いメニューを三人分注文した。それを聞いたティアンナの眉間に一瞬深いシワが寄ったが、すぐに表情を戻した。
「……あら、よく食べるのね。私はお勘定を済ませておくから、ごゆっくり。食べ終わったらまた受付で待ってなさい」
「は、はい。重ね重ねありがとうございます」
ティアンナの態度が若干冷ややかになった気がしたが、マディスは気にせず、昼食を大いに楽しんだ。
一部始終をみていた周囲の冒険者達が、コソコソ話をしはじめた。
「――あの小僧。鬼の本部長補佐相手にいい度胸してるぜ」
「――知らないってことは、恐ろしいな。あいつが噂のロドックの呪剣士だろ」
「――そうみたいだな。農民の出らしいが、あの年であれだけの装備は大したもんだ」
「――そうなんだが……思ったより普通の兄ちゃんだな。噂じゃ恐ろしい狂人だそうだが」
「――普通だよな。ある程度の修羅場をくぐったような雰囲気はあるが」
「――まあ、噂ってのは尾ひれがつくからな。そんなもんさ」
そういって彼らの話題は別のものに移った。ちなみに鬼、というのはティアンナのあだ名だ。二つ名ではない。
今のマディスは年に似合わない装備を除けば、どこにでもいる普通の若者だ。呪剣の鞘も、相変わらず布製だが、既にきれいなものに取り替えている。以前使っていた血染めの鞘は、フェリスに不衛生だ、とひどく叱られたので捨ててしまった。今は魔物を切るたびに、刀身を拭き、定期的に鞘を交換している。
王都の冒険者達は、どんな狂人が来るかと、噂の呪剣士を楽しみにしていたが、期待ハズレに終わりがっかりしていた。そんな周囲をよそに、マディスは美食を楽しんでいた。
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