第22話 旅立ち
話を終えたマディスは一階に降りてきた。言われた通り窓口へ行くと、二日後の朝に出発する隊商の護衛依頼を、既に支部長が取りまとめてくれているとの事で、それまでに身辺の整理をすると良いですよ、との事だった。
身辺の整理といっても、宿屋暮らしのマディスには家財など無い。今身に着けている持ち物が全てだ。どうするか考えていると声を掛けられた。
「よおマディス、少しいいか?」
ミロとテオだった。二人とも無事回復し、冒険者稼業に復帰していた。ミロは相変わらず軽い調子だったが、テオは仏頂面で黙っていた。
「いやーようやく会えたな。お前がトロールを倒してくれたんだってな。助かったぜ! ありがとうよ!」
ミロは元々社交的で、マディスにも表面的には優しかったが、今回は本気で感謝していた。それに対してテオは、以前のような敵意は感じなかったが、複雑な心持ちのようだ。
「……マディス。お前また支部長に呼ばれてたな、今回は何だったんだ?」
「……銅級への昇級を伝えられました。あと紹介状をやるから王都へ行けと」
「何だって! やったぜ!! 大穴の頂きだ!! マディス君! 君はやる男だと俺は初めから見抜いていたよ! さすがだ! 俺たちもう友達だよな? 王都に言っても忘れないでくれよ!」
マディスが死ぬ前に、銅級に昇進する方に賭けていたミロは狂喜乱舞し、マディスを散々褒めちぎった後、マディスが今後も活躍すると踏んだか、媚びを売り始めた。最終的に「こうしちゃいられねぇ!」と賭け金の回収に走り出した。
呆気に取られていたマディスに、苦笑していたテオが話しかける。
「あいつのことは気にすんな。……マディス、お前のことは気に入らねえが、今回は助けられたな、ありがとよ」
テオがそっけなく言うと、マディスは「……いえ、別に、気にしないでください」と弱々しく答えた。テオはその様子に溜息をつくと呆れるように言った。
「全く調子の狂う奴だぜ。もっと勝ち誇ったらどうだ? ともかく、今回のことは貸しだが、必ず借りは返すぜ。……俺もいつか必ず王都へ行く。それまで待ってろ」
そう言うと、テオはその場を去った。マディスはこれまで同年代の男友達も碌にいなかったので、どう接していいのか分からず、ひたすらに頷くしか無かった。だがこれを契機に少しずつ社交性を高めていくのであった。
その後、マディスはフェリスと会い、昇級と王都への栄転を伝えた。フェリスは昇級を喜ぶと共に、マディスが王都へ行ってしまうのを寂しがった。ラタンはもうしばらくロドックを中心に活動する気であったためだ。
「王都は誘惑が多いから、変な遊びを覚えてはだめよ。付き合う冒険者は考えなさい」
「う、うん。気を付けるよ。フェリスも気を付けてね」
フェリスのマディスに対するそれは、どこまでも姉目線の心配であった。その後、意気揚々としたミロが戻ってきて、費用はミロ持ちで、昇級祝いと壮行会を兼ねた宴会をその夜に開いてくれることになった。思った以上に儲けたミロが、マディスへの先行投資を始めたのだ。
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宴会には、マディス以外ではラタンとフェリス、テオとミロの二組が出席した。ガルドも誘ったらしいが、断られたとの事だった。こういった気難しさが彼の欠点であったが、マディスはそれほど気にしなかった。その夜はマディスにとって楽しいものだった。普段は食べないようなご馳走は、マディスの若い食欲を十分に満たした。酒も薦められたが、飲酒は風紀の乱れにつながると考えるフェリスが怒ったので、飲まなかった。この地方では飲酒に年齢制限はないので別段問題ないのだが、マディスもアルコールには興味を示さなかった。
その後、悪酔いしたテオがフェリスに抱きつき、顔面をボコボコに殴られるであるとか、マディス、フェリス、ラタンの三人で料理を十五人前平らげ、ミロを青褪めさせるなどアクシデントはあったが、壮行会としては概ね成功していた。最後の方にはレオンも顔を出し、一言激励してくれた。それだけで無く、勘定を見て震えているミロを見兼ねて、代わりに払ってくれた。ミロは泣いて感謝した。ともあれ、マディスは人生初の宴会を存分に楽しみ、帰路についた。
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翌日、朝からマディスはガルドの店に向かっていた。王都に行く前に装備を整えるのと道具の補充のためだ。無論、ガルドに言われていた為でもあるが。
店につくと、いつも通りカウンターにいるガルド。マディスはこの光景もしばらく見納めになると寂しく感じた。そんなガルドは相変わらず無愛想に応えた。
「よお。昨日は盛り上がったそうだな」
「は、はい。それよりすみません。暫く来なくて」
「生意気なこと抜かすな。てめえだけが客じゃねぇ。ひよっこに心配されるほど落ちぶれちゃいねえぞ」
暫くの間、マディスはガルドの店に来ていなかった。フェリス達と行動を共にしている間は怪我をしても回復魔法で治してもらっていた。そのためポーションを使用することもなく、一通り装備をそろえていたマディスは、武具を調達する必要がなかったからだ。
「さて、明日は旅立ちだな。王都は物価が高いから、ここでしっかり整えておきな」
いわれるがまま、マディスはこれまで通りガルドに装備一式を見立ててもらった。
「予算は金貨五枚か……それだけありゃあ騎士と変わらん装備が用意できるが、ひとまず金貨二枚を目安にしておくぞ。装備に有り金使い果たすのはバカのすることだ。まあ装備をケチって死ぬのもアホだがな」
そういってガルドが用意してくれたのは、まず下半身全体を保護するチェインレギンス。それに鋼で補強されたブーツに鉄の脛あて。上半身はレギンスとセットのチェインメイル。この上から胸からへそまでを保護するブレストプレートをつける。肩当と小手も鉄製の立派なものだ。
「こんな所か。これより上の装備だと騎士が着るような全身鎧になるが、今のお前には体力的に無理だな。どのみち冒険者向けの装備ともいえんがな」
「お、重いですね」
「そうだろうな。だが本来トロールと戦うならこれが最低限だ。暫くは重さに慣れるように鍛錬に励め」
新装備一式を身に着けたマディスは、立派な冒険者の姿をしていた。マディスは気づいていなかったが、彼が子供の頃見た冒険者達よりよほど上等な装備をしていた。そこにかつての貧農の少年の面影は残っていなかった。
ガルドは初めてマディスが店に来た時を思い出していた。ぼろぼろのシャツに鎌だけを持った、今にも死んでしまいそうな少年。それが一年も経たぬ内にこれだけ立派になるとは。……あくまで外見の話で、内面はあまり変わっていない気もするが。ともかくガルドの胸には込み上げてくるものがあった。
「……いいか、俺の見立てでは、お前はそう遠くない内に銀級に昇級するはずだ。」
「ぼ、僕がですか?」
「そうだ。本来オークを一人で楽に仕留める実力があるなら銅級冒険者として不足はない。トロールまで倒したその実力があれば、順調に行けば数年で昇級してもおかしくはない」
「そ、そうですか」
ガルドは「もっと自信を持て」と言おうとしたがやめた。こいつはこのくらいがいいだろうし、武器の力でつけあがるような輩は長生きも大成もしない、と思い直したからだ。その後ポーション等を調達し、マディスは一通りの用事を済ませた。
「マディス」
帰り際、ガルドが呼び止める。
「死ぬなよ」
マディスは黙って頷き、店を後にした。ガルドがマディスの名前を呼ぶのは初めての事だったが、マディスがそのことに気づくことはなかった。
店を出たマディスは、その装備の重さに辟易としていた。マディスは残りの時間を新装備の重量に慣らすのに使った。森まで歩き、浅層でゴブリンと戦い、一つ一つ動きを確認していった。そうしてロドックでの最後の一日は過ぎていった。
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翌朝、マディスは城門の前にいた。隊商との合流にはまだ早かったが、気が焦り、早めに来てしまったのである。城門を出たところでカイウスを見かけた。そういえば挨拶をしていないと思い話しかけた。
「あ、あのカイウスさん。おはようございます」
「む、お前か。おお、随分と立派な格好になったな。見違えたぞ」
「あの、実は銅級に昇級しまして、これから王都に行くんです」
「そうか。それはめでたい。……お前が銅級冒険者か。正直初日にお前は死ぬと思っていたが、何はともあれ良かった。」
ガルド同様、カイウスにも思うところがあった。呪われた剣は正直どうかと思っていたが、とにかく若者が無残に死ぬことは無かった。
「い、いえ。これまでご迷惑をおかけしました」
「うむ。王都でも騒ぎを起こすんじゃないぞ。……マディス、銅級冒険者ともなればその地位は下手な衛兵等より上だ。その力、見誤るなよ」
その後、フェリスや他の面々も送別に訪れ、やがて隊商が来た。隊商と共に歩いていくマディスを見ながら、皆、それぞれ思う所があった。
「あの子、大丈夫かしら……王都でもうまくやっていければいいけど……」
「案ずることはありませんよ。さあ彼に負けぬように我々も奉仕を行うとしましょう」
師弟の会話を聞きながら、カイウスは段々と小さくなっていく一団を見ながら、不思議と悪寒に襲われた。
「……なんだか嫌な予感がするな……」
こうしてロドックが生んだ、呪われし冒険者……呪剣士マディスは旅立った。彼はその活躍の場を王都に移し、更なる飛躍を遂げることになる。
……悪名と勇名を同時に轟かしながら……
第一章 完
これにて一章完結となります。お読みいただきありがとうございました。
明日以降も投稿しますが、詳しくは活動報告を更新しましたので、
よろしければご一読下さい。