第21話 呪剣士
明くる日、マディスはギルドへ向かった。トロールの脂肪の分け前をラタンに渡すためだ。いつも二人とは、ギルドの酒場を待ち合わせ場所にしていた。酒場に着くと二人は朝食を取っていた。朝食と言っても、テーブル一杯に皿が並べられ、かなりの量だ。実践派の神官達は自らの肉体を武器にする。それ故に、体作りの為によく食べるのだ。
「おはようございます。食事中にすみません」
「おお、マディス君。おはようございます。いや、実はすこし寝過ごしました。普段は宿で食べているのですが、遅れそうでしたので、こちらで頂いております」
話を聞くと、あれからラタンは再び迷宮に入り、他にもトロールが出現していないか警戒に当たったのだという。フェリスはマディス同様に先に休んだらしい。
「こちらが例の分け前です。金貨十枚の半分ということで」
「ほほ! 話は聞いておりましたが、これだけの金額になるとは! ありがたく頂きますぞ」
ほくほく顔で受け取るラタン。マディスはこの人もこんな風に笑うのだなと意外に思った。
「あの、所でテオ達はあの後どうなったでしょうか」
「ええ、幸い迅速に治療できましたからね。おそらくですが、後遺症の残るような怪我にはならぬでしょう。君と同じでしばらく安静にしておけば問題ないでしょう。マディス君もしばらく討伐は控えなさい。いい機会ですからギルドの図書室で読書でもしてみてはいかがですか」
わずかばかりの蔵書量しかないが、ギルドにも冒険者向けの書籍を扱った図書室がある。無料とはいかないが、今のマディスには取るに足らぬ金額だ。ラタンとフェリスは暫くギルドからの臨時依頼となる迷宮中層の警戒任務にあたるという。マディスは自分だけ休むことに罪悪感を覚えたが、二人と距離を取るいい機会だと思い、素直に従うことにした。
二人と別れた後、マディスはギルドの図書室に向かった。マディスの興味は今のところ呪いしかない。呪いについて調べてみたが、大したことは得られなかった。新たに知ったことと言えば、呪いを解かれた装備品は、砕け散ってしまうということだ。つまり、マディスの呪剣も呪いが消えてしまうような事態になれば、その剣ごと失われるということだ。
この図書室ではこれ以上、呪いのことはわかりそうもなかったので、マディスは魔物全般のことや、薬草などについて当面は学ぶことにした。字を覚えたてのマディスは、一冊読むのにひどく時間が掛かったが、本を読むよい練習になった。こうして当面の間は読書に勤しむこととなった。
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マディスはその後図書室通いを続け、一週間程たったある日、一階の受付で呼び止められた。
「あの……なにかありましたでしょうか」
「マディスさん。悪い話ではありませんので、ご心配なく。支部長室までご案内します」
支部長室に案内されるマディス。初めて入る支部長室には正面にレオンが座る執務机、右手側に応接スペースがあり、そこにはガルドとラタンもいた。
「来たか。まあ緊張するな」
そういってレオンは立ち上がり、マディスを中央まで手招きした。レオンはマディスの正面に立ち何かを手渡す。
「おめでとう、マディス。君の働きが評価された。今日から君は銅級冒険者だ」
そういって拍手をするレオン。ラタンとガルドも続いた。ラタンはともかく、ガルドの拍手は適当だったが。
「銅級への昇級時は、他の銅級以上の冒険者立ち合いの上での冒険者証の授与が慣例でな。二人にも来てもらった。もっと呼びたかったんだが、あいにく都合が付かなくてな。ともかく冒険者証を見てみろ、今なら何と書いてあるか読めるだろ?」
そういわれたマディスは、冒険者証の刻印を読んでみた。
「銅級冒険者……呪剣士……マディス。この呪剣士というのは?」
「お前の職業のことだ。銅級以上は職業を決めることになっていてな」
レオンによると、銅級以上の冒険者はギルドの主戦力とも言える実力者達だ。職業を決めるのは、その者たちがどのような戦闘技能を持っているのかを、瞬時に明確にするための物だという。通常はギルドと本人の協議の上で決定する。ちなみに鉄級以下の者たちの職業は全て自称で構わない。
最も多い職業は、近接戦闘をメインとする戦士で、剣にこだわりがあるものは剣士と呼称することもある。その辺はかなり自由だが、王侯貴族が任命する騎士や、教会の司教、神官などの役職名は不可となっている。また魔法を使えもしないのに、魔法使いを名乗るなどの詐称も不可だ。
「お前の職業についてはこちらで決めさせてもらった。呪剣士という職業は前例がないがな。本部にも許可をもらった。お前……呪剣を捨てるつもりはないのだろう?」
そう言われて、呪剣に目を落とすマディス。
「はい……いろいろ考えましたが、やはりこの剣は自分に必要な気がして。単に切れ味のよい武器というだけなら、他にもあるのかも知れませんが。」
「うむ。正直にいうとな……お前の呪剣については懸念がある。お前が今その剣を支配しているというか、制御下に置いているというのも信じられない状況でな。諸々全て本部のギルドマスターに相談したんだが、曰く、力のあるものを昇進させるのは、全く問題ないが懸念も、もっともだと。故に王都にある本部で当面は面倒を見るとの事だった」
「……僕に王都へ行けと……」
「そうだ。勘違いしてほしくないが、ここから追い出すわけではないぞ。どの道、今のお前の実力ではこの街は小さすぎる。王都に行けば地下迷宮や大きな図書館もある。王都でならもっと呪いのことを詳しく知ることができるはずだ」
ロドック付近の迷宮は大森林しかない。大森林は中層までは銅級冒険者の狩場として問題ないが、深層までいくと一気に危険度が跳ね上がる。深層の奥深くには、いまだ手つかずの財宝が眠る古代遺跡があると噂されているが、それを見たものはいない。故に銅級の中堅以上のものは皆、王都や他の都市へ向かうのだ。
「王都へ行き、さらに研鑽を積め、マディス。ここ最近、徐々にだが魔物が増えつつある。今回のトロールの件もそうだが、何か良くないことの前触れかも知れん。おまえのその力を持って魔物達を倒し、邪悪を打ち破れ! ――なに心配することはない。もしお前が呪いによって外道に堕ち、罪なき人々を害するようなことがあれば……」
その瞬間、レオンが抜刀し、マディスの喉元に剣を突きつける。一瞬のことでマディスは全く反応することができなかった。
「その時は、私がお前を切る。銀級冒険者『閃撃のレオン』の名にかけてな」
そういうと、レオンは剣を鞘に戻した。余談だが銀級以上の冒険者にはその戦歴に応じた「二つ名」が贈られる。レオンの二つ名の由来はその剣の鋭さ故だ。
「……すまなかったな。とにかく、お前がおかしくなっても、止めるものはいくらでもいる。安心して王都に行け。王都まで行く隊商の護衛依頼を見繕ってやっておいたから帰りに受付に寄っていけ。後、これは紹介状だ、本部の受付に渡せ。無くすなよ。」
そういって、レオンは巻物をくれた。封がしっかりとされていて、中身は読めない。
「……はい。今までお世話になりました」
王都行きの話は全く予期していなかったが、これでフェリス達とは距離を取れる。マディスは寂しく感じたがやむを得ない。それが彼の決断だからだ。それに王都に行けば呪剣の謎も解けるかも知れない。マディスは前向きに受け止めた。
「……おい。明日にでも店にこい。王都に行く前にしっかり準備を整えておけ」
ガルドにそう言われ、頷くマディス、その後三人に挨拶して部屋を出た。
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「さすがの剣裁きですな。支部長殿」
ラタンが言う。
「カッコつけやがって。こんな狭い所で剣を抜くなよ。」
悪態を突くガルド。ガルドとレオンは腐れ縁であるから普段からこの関係性である。
「そういうな、あれでいくらかはあいつの心配も晴れただろう。」
「まあな。王都に行けば、あの化け物みたいな、本部長もいるし、銀級の数もここの比じゃない。……それはそれとして、ギルドの慣例も何とかならんかね? 職業はともかく、二つ名なんていい年こいて恥ずかしくてよ」
実はあまり知られていないが、ガルドも銀級冒険者で、その実力はレオンに次ぐ。かつての戦いで膝を悪くし、半分引退状態ではあるが、その戦闘能力は衰えていない。二つ名は『剛撃』だが本人が口にしたことはない。
「…………」
「え? 何お前、二つ名がカッコイイと思ってんの? 閃撃のレオンさんよ~」
「やかましい!」
じゃれあう中年二人を、ラタンは呆れ顔で見ていた。
明日で第一章が完結となります。




