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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第一章
18/62

第18話 危機

 マディスがフェリスと勉強会を行うようになって、三ヶ月が経過していた。マディスは既に、一通りの読み書きを会得していた。また左手のみでの戦闘も、ゴブリン程度であれば無傷で倒せるレベルになっていた。


 さらに、ここ最近はラタンからの提案で、マディスはフェリスとコンビを組み、迷宮中層にてオーク狩りを行っていた。フェリスもまた鉄級冒険者として修行中の身であり、修練を積む必要があった。


 彼女単身の実力では、ゴブリンは問題なく対処できるがオーク相手は厳しい。しかしマディスと二人であれば実力的に丁度良い。ラタンはマディスと組ませることでフェリスの経験を積ませることにしたのである。


 また、ラタンはマディスに、真っ当な冒険者としての道を歩ませてやりたいと考えていた。前途ある若者が呪剣一つを相棒に、一人で孤独に戦い続けるなどあまりに哀れだ。それに一人ではいつか限界が来る。今はフェリスと自分だけだが、このまま共に戦っていれば他の冒険者達ともパーティーを組める日が来るかもしれない。そう考えながらラタンは二人の戦いを見守っていた。


 しかし、ラタンの思いを受けつつも、いまだにマディスは呪剣を捨てることができなかった。呪剣を使うことに忌避感はあったが、完全に捨て去ってしまうことにも不安があった。


(……今の自分の実力であれば、呪剣を捨てたとしても生きていけるだろう。だが呪剣のない自分など凡庸な冒険者に過ぎない。普通の冒険者など支部長は、特段気にかけてくれないだろうし、呪いを解かれたことで救われた自分など、フェリス達はもう構ってくれないかもしれない。そうなれば、自分など、いてもいなくても同じ存在だ。そう、村にいたときと同じで……)


 そんな思いを心に秘めながら、マディスは日々を過ごした。不安な心の内とは裏腹に、フェリスとの連携は順調で、日に数体オークを仕留めることができた。フェリスの武器は魔法を補助するための両手杖と接近戦用のメイスと小丸盾だった。


 神官の使う魔法は、回復や防御が中心で攻撃魔法は少ない。そのため実践派の神官達は、鈍器や体術を使用した攻撃を演練した。これが教会の神官たちであれば、戦闘は他の者に任せ回復や支援に徹しただろうが、実践派の神官達は、たとえ一人であっても、魔物を倒すのが使命だ。


 ゆえに、彼らは自らの肉体を日々鍛える。フェリスは女性としては大柄で、背丈はマディスとさほど変わらない。単純な殴り合いなら、マディスを圧倒するだろう。実際、ギルドですれ違いざまに彼女の尻を触った不届きな冒険者がいたが、顔面をぶん殴られ一撃でのされていた。


 またマディスは、フェリスやラタンから基本的な体術なども教わり、万が一、他の冒険者と(いさか)いを起こしたとき等に、殺さずに制圧する技術を学んだ。そうして鍛錬の日々は過ぎていった。


 ●


 マディスはその日もフェリスと組み、迷宮中層で狩りをしていた。なおラタンも同行しているが、戦闘には加わらず後方に控えている。何体かオークを仕留め、休憩していると突然森の奥から悲鳴が聞こえてきた。


「行きますぞ!」


 すぐに動いたのはラタンだった。悲鳴の下へ急ぐ三人。ほどなく戦闘中の冒険者と魔物が視界に入った。冒険者達のパーティーは既に壊滅寸前で、二人が倒れ、残った一人も剣を杖に立っているのがやっとの有り様だった。対して魔物は一匹だけだが、これが問題だった。


「トロールだと!」


 ラタンの声にいつもの余裕はなかった。トロールは毛むくじゃらの体を持った、大猿のような魔物で、オークより一回りも大きく、力も上だ。またその巨体からは想像できないほど機敏な動きをする。だが最も恐ろしいのはその再生能力だ。攻撃を受けても多少のダメージはあっという間に再生してしまう。普通は迷宮深層でしか現れない魔物だ。通常、討伐するには銅級複数名で対応する必要がある。


 トロールを視認したマディスは、恐れることなく、トロールに突っ込んで行く。たとえ呪剣を振るっていなくても、呪いの影響下にあるマディスは、一度魔物と対峙した以上、戦闘を回避する行動は取れない。


 このマディスの行動で、ラタンの目論見は崩れ去った。ラタンは当初、最も戦闘力の高い自分がトロールの相手をしている隙に、二人に負傷した冒険者達を連れて逃がそうとしたが、マディスが突っ込んでしまった。このマディスの異常ともいえる戦意が、呪いのせいだとラタンは気づいたが、今はどうすることもできない。


 ラタンとフェリスの戦闘スタイルは、トロールとの相性は最悪であった。彼らの攻撃は一撃が軽く、再生能力を上回るダメージを与えることができない。二人で加勢しても勝つのは難しいだろう。ラタンは、現時点で最も多くの者が助かる道を計算し、行動に移す。


「マディス君! とにかく時間を稼いでください! 負傷者を安全圏まで運んだらすぐ戻ってきます! さあ、あなたも逃げなさい!」


 ラタンが意識のない冒険者を担いで退却する。フェリスはマディスを一人置いていくことに躊躇(ちゅうちょ)したが、負傷者の生命も重要だ。一刻も早くこの場を離脱し応急手当をする必要がある。


「マディス! すぐ戻ってくるわ! 死ぬんじゃないわよ!」


 フェリスは弟にいい聞かせるようにマディスに言い、もう一人の負傷者を担いで全力で走りだす。


 だが、唯一意識のある冒険者は、逃げようとしなかった。冒険者はかねてマディスと面識のあるテオだった。テオはマディスへの対抗心から逃げることを、良しとしなかったのである。


「呪い野郎にだけいい格好をさせられるかよ! おい! 俺はもう機敏に動けねえ! お前が引き付けている内に俺がやる! いいな!」


 テオの図々しい指示に、マディスは黙って頷いた。トロールの長い腕から繰り出される攻撃は、そのリーチの長さとスピードで躱すのがやっとだった。まともに食らえば一溜まりもない。回避に専念するが、いつまでも持たない。イラついたトロールが大振りした後の隙をついてショートソードで切りつけた。だがトロールの固い皮膚には通用せず、逆に剣の根元から折れてしまった。勝ち誇ったトロールが、指を組んだ両手をハンマーのようにして高く持ち上げる。そのままマディスの脳天へと振り下ろさんとしたその瞬間


「うおおおおおおおおおおおお!」


 裂帛れっぱくの気合と共に放たれたテオの斬撃がトロールの背中を襲った。


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