第16話 読み書き
店を出たマディスは、言われた通りに商業ギルドへ向かってみた。商業ギルドは冒険者ギルドとは違い、街の中心部にある。木造だったが、しっかりとした作りの静かな雰囲気の建物であった。中に入ると多くの商人たちで賑わっていた。ひとまずカウンターに行き、中年男性の職員に話しかける。
「本日はどういったご用件で」
「あの、こちらで読み書きが習えると伺ったのですが」
「はい。我々が直接行っているわけではありませんが、講師の方の仲介を行っております。仲介をご希望ですか?」
「ええと、どのくらいお金がかかるんでしょうか?」
「そうですね。まず仲介料および頭金として、銀貨一枚が必要ですね。その後これは講師の方にもよりますが、大体一日あたり銅貨十枚から二十枚というのが相場ですね」
マディスはその高額さに驚いた。銀貨など今まで触ったことすらない。
「今は持ち合わせが無いので、またお金が貯まったら来ます」
「そうですか。それでしたら、教会に行ってみては? 我々が仲介する講師は商人向けですので、やや内容が高度になりますので、その分費用が嵩みます。ですが冒険者の方であれば、簡単な読み書きでも十分でしょうから、教会に寄進すれば経典を教本にして神父さんが教えてくれますよ。ただ、あくまで神父さん個人の善意で行っていることですから、どこの教会でもやってくれるとは限りませんが」
職員は人が好いのか、ずいぶんと親切に教えてくれた。マディスは礼を言ってギルドを後にした。
文字を習うのにあんなにお金が掛かるなんて、と肩を落としながら街を歩き、目についたベンチに腰を下ろして俯く。講師代を稼ぐには魔物を狩ってお金を貯めるしかないが、マディスは呪剣で戦うことに忌避感を覚え始めていた。
レオンからは励まされたが、やはりフェリスの言葉が堪えていた。教会で読み書きを習うのにも問題があった。先ほど教会とは距離を置け、とレオンに言われたばかりである。そうでなくても過去のこともあり、教会関係者の印象は悪く、行く気にはならなかった。
(へたに聖職者に目をつけられれば、火あぶりになるかもしれない)
そんな風に悲観的な想像をしていると、彼に声を掛ける者がいた。
「……マディスさん」
顔を上げるとそこには、沈痛な面持ちをしたフェリスが立っていた。今、最も会いたくない人物にマディスは硬直した。そんなマディスに対し、フェリスは一方的に話し始めた。
「先ほどは申し訳ありませんでした。あなたの事情も鑑みず、一方的に私の考えを押し付けてしまって。重ね重ねお詫びいたします。隣、いいですか?」
いいですか? と聞いておきながら、マディスの返事も聞かず、隣に座ってきた。彼女の中ではマディスに拒否されるという想定は無かったらしい。
「何かお悩みのようですが、私でよければお話しください。これでも神官の端くれ。迷える人々を導くのが私の責務です」
それを聞いてマディスは唖然とした。あなたの言葉が原因で悩んでいるのですが、とマディスは言いたかったが、どうやら彼女にとって、呪いについては終わった話のようだ。……なんて女だ、とマディスは思った。もっとも、それぐらいの気の強さが無ければ、女だてらに冒険者などできないのかも知れない。
フェリスにとって、既に呪いの剣は問題では無かった。彼女はガルドの励ましを真に受け、本気でマディスを救おうとしていた。フェリス自身も親と死に別れ、つらい思いをしてきた。彼女は、自分は運良くラタンに拾われ、救われたが、この人には誰もいなかったのだ、この人を救うことが私の使命だ、と心に誓っていたのである。彼女は今朝の一件の後、マディスを探し回っていたのである。
マディスも、フェリスが善意で言っているのは分かったので、無下にはしないが、呪いについて悩んでいるといえば、解呪されるに決まっている。マディスは仕方なく、読み書きを習いたかったが、思った以上に費用が高く悩んでいるのだ、と答えた。
「まあ、それでしたら教会でも読み書きは教えていますよ。無料とは行きませんが」
「ええ。それも聞いたんですが、さっき支部長に会って言われたんです。僕みたいな呪われし者が教会に行ったら、磔にされて火あぶりにされるから距離を取った方がいいって」
「……この街の支部長がそんなことを?」
それを聞いてフェリスの眉間に深いシワがよる。レオンの忠告は、マディスの中の妄想と交わり、自身への深刻な風評被害をもたらしていた。
しばらくフェリスは何事か考えていたようだが、突然マディスの両手をつかむと興奮気味に話し始めた。
「ええ! でしたら私がお教えしますわ! 朝の謝罪もかねて、ぜひやらせてください! 勿論お代なんていりません! わたくしがマディスさんを救いの道へと導いてみせますわ!」
爛々と光るフェリスの目には、マディスの呪いとはまた別個の狂気が宿っているようだった。マディスはその迫力にうなずくことしかできなかったが
(やっぱりこの人なんか苦手!)
内心ではそんな風に考えていた。
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