第14話 救済
顔を上げたマディスは、ここで初めて、正面から女の顔を見た。年の頃はマディスより少し上だろうか。長い赤髪を三つ編みにして左肩に垂らし、目はぱっちりとして、可愛らしい女性だった。優し気な顔立ちをしているが、今はその顔は困惑一色であった。
何故、マディスが怒鳴っているのか、女神官には皆目見当が付かなかった。好きで呪いの装備を使用するものがいるなど、彼女の常識の範疇には無かったのである。
「あの、とんでもない。とはどういうことでしょうか! 呪いでお困りなのではないですか?」
マディスは激しく感情を露わにして、女神官に言い返した。
「困ってなんかいませんよ! むしろ呪われて助かっているんです! この呪いのおかげで僕は生きていけているんです! この呪いの剣は相棒! 友達なんです! それを解くなんて、とんでもない! そう言っているんです!」
その様子をカウンターから見ていたガルドは驚いた。マディスがあれほど感情を表に出す所を、初めて見たからだ。呪いを守るために激しく抗議するマディスを見て、ガルドは複雑な思いを胸に抱いた。
それはともかくとして、マディスの言い分を聞いた女は、その可愛げな顔を見る見る険しくしていき、汚らわしいものを見る目で言い放った。
「呪いを友と呼ぶなど! なんと悍ましい! あなたには救いが必要です!」
「勝手に救いを必要としないでください! 僕は今の生き方に満足しているんです!」
両者全く譲らず、言い合いは激しくなるばかりである。女の表情は凄みを増し、マディスを見る目は魔物に対するそれと変わりない。
「その考え! あなたの人格は呪いに支配されています! 今すぐその呪いを祓ってあげます!」
ついに実力行使も辞さないと、杖を構え今にも殴りかからんとする女神官。それでもマディスは一歩も引かない。
「いったいあなたは何の権限があってそんな事を言うんですか! 呪いの武器を持つことは違法ではないでしょう!」
「呪いの武器なんて使っていたら、いずれ魔物同然になるに決まってます! だから駄目だと言っているんです! 呪いで破滅した人を私は見たことがあるんです!」
ついには、顔を真っ赤にして地団駄を踏み始めるマディス。
「そういう人がいたからって、僕もそうなるとは限らないでしょう! そんなこといったらあなたはどうなんですか!」
「私がどうだっていうんです!」
マディスは普段の口数の少なさが嘘のように、長々と語り始めた。
「僕の家は貧しくて母が死んだ時でも、ちゃんとしたお葬式をあげることもできませんでした。それでも少しでもいいから祈りを捧げてほしいと、村の神父さんにお願いしに行ったんです。でもお前の家は普段から寄進をしていないから駄目だと断られました。僕は大人になったら必ずお金を稼いで持ってくる! と言ったけど取り合ってもくれませんでした! その時僕は思ったんです! こいつら聖職者は口では立派なことを言っても、お金がなければ何もしてくれない連中だって! あなたもそうなんでしょう!」
いつしかマディスは泣いていた。あまり優しくされたことはなかったが、それでもマディスにとって母は母であった。そのつらい記憶を思わぬ形で思い起こしていた。女神官はマディスの悲痛な過去と、思わぬ聖職者批判に怯んだが、それでも食い下がった。
「そ、それはその神父の方、個人の問題です! その方が強欲だからと言って聖職者全体がそうなわけではありません!」
「じゃあ、僕の呪いだってそうでしょう!」
「それとこれとは話が――」
「それまで!」
いつの間にか、女神官と同じ装いをした神官と思しき男が立っていた。神官は剃髪しているため分かりづらいが、レオンやガルドと同年代だろうか。
「フェリス……この方の言っていることに、理があります。一つの事象をもって、全体を語るのは偏見でしかありません。それにこの方の指摘した通り、呪いの装備を使うことは法に触れていません。私たちに彼を断罪する権限などないのです」
そういうと、男は女神官を下がらせ、マディスにハンカチを差し出した。
「弟子の無礼をお詫び申し上げます。善意で行ったこととはいえ、あなたの心を深く傷つけたようです。これも偏に私の監督不行き届き、どうか気のすむまで、拙僧をお打ちください。」
神官はマディスにハンカチを差し出したまま、深く頭を下げた。マディスはハンカチをひったくるようにして受け取ると、涙を吹き鼻をかんだ。
「別に……もういいです。呪いを解かないなら……」
そういってハンカチを突き返した。
「……それはお詫びに差し上げます。申し遅れました。私は銅級冒険者のラタン。これは弟子のフェリスです。御覧の通り神官です。フェリス、あなたも謝罪しなさい」
フェリスは納得していない表情であったが素直に謝罪した。
「……フェリスと申します。出過ぎた真似をしました。どうかこの未熟者をお許しください……」
フェリスの謝罪にマディスは一言だけ答えた。
「もういいです、僕は鉄級冒険者のマディスです……」
そう名乗ると、その場を逃げるように立ち去った。
ラタンとフェリスの間に気まずい沈黙だけが残ったが、ラタンはガルドの元へ行き、お騒がせしました、と謝罪した。フェリスは気まずそうに下を向いていた。
「いや、別に構わねえよ。あんたら見たことない顔だな? ロドックは初めてか?」
「ええ。今朝到着したばかりです。……先ほどの方ですが、ああいう方はこの辺りでは珍しくないのですか?」
「まさか。呪いの装備を使うような奴はあいつぐらいだ。呪いの作用を逆手に取って戦う冒険者の話は俺も聞いたことがあるが、実際に見たのはあいつが初めてだ。まあ、あいつも冒険者になりたてのひよっこだ。あんなもんとはオサラバして真っ当な冒険者になるべきだとは思うがな」
「そうでしたか……前途ある若者が道を踏み外すことの無いよう、祈るばかりです」
ガルドとラタンが世間話をしている間中、フェリスはずっと下を向いて落ち込んでいた。見かねたガルドが励ます。
「お嬢ちゃんのいう通り、あいつには救いが必要だと思うぜ。奴の過去は知らんが、呪いを抜きにしても、不遇な生き方をしてきたらしい。本人が言うには、ゴブリンに殺されかけた時にあの剣に助けられたらしいが、誰かに助けてもらったのは初めての経験だとぬかしやがる」
「彼に救いの手を差し伸べてくれたのは、呪いだけ。ということですか。それは何ともはや……」
それを聞いて天を仰ぐラタン。ますます落ち込むフェリス。
「まあ、そういうわけだから、お嬢ちゃんもあんまり引きずるな。あいつに何かあれば助けてやりな。それで今日のことはチャラになる。さてそろそろ商売の話とするか。何が必要だ」
そうですな、と手をあごに当てて思案するラタン。
「まずはハンカチを頂けますかな」




