第13話 女神官
怒りの収まらないカイウスは、そのままマディスを引きずって、ギルドへ怒鳴りこんだ。職員達に向けて「貴様らは冒険者に対して、どういう教育をしているのだ、しっかり管理しろ!」と例のオークの串刺しを見せ、「こんなものを門に持ち込むなど言語道断だ!」と怒鳴り散らした。
騒ぎを聞きつけた、レオンの取り成しでようやく場は収まったが、マディスは罰金として、今日の稼ぎの半分を納めることになった。最悪の場合、危険人物として街への出入りを禁止される可能性もあったため、だいぶ温情のある処置であった。
この一連の騒ぎによりマディスの狂人ぶりは、冒険者の間でますます広まり、また城門という、多くの人が集まる場所での出来事であったため、一般人にもその噂が広まることとなった。結局、マディスはその後、レオンからもコッテリと絞られることとなり、疲労困憊となって宿に帰還した。
●
翌朝、マディスは使用したポーションを補充すべく、ガルドの店に趣く。なお昨日の稼ぎはオーク三体で銅貨百五十枚、青ゴブリン十体で銅貨三十枚とこれまでの五倍以上の稼ぎであった。ただし、うち半分を罰金として徴収されているのだが。
オーク一体につき、銅貨五十枚というのは稼ぎとして良いか、というのは微妙な所で、難なく倒せる実力者であれば、オークを狩った方が断然効率がいいが、そこまでの力を持つものなどそうはいない。結局鉄級の大半の者は、表層でのゴブリン狩りや、薬草採取に勤しむことになる。向上心のないものや、リスクを冒す勇気のない者はそれで生涯を終えることになる。
店に着くと、いつも通りガルドはカウンターにいた。ガルドはマディスを見ると若干冷ややかに話し始めた。
「お前……昨日のこと聞いたぞ。まあ例の件はさんざん絞られただろうから、俺からは何も言わんが、あまり無茶をするな」
「す、すいません。事前に討伐部位を聞いておけば良かったです……今日なんですが、昨日早速ポーションを使ってしまいまして、補充とあと二瓶を追加でお願いします」
空瓶を渡しながら昨日、オーク二体と戦闘になり、打撃をくらってしまったことを話す。
「あれだけ複数体を相手にするなと言ったろうが。普通の鉄級ならオークなんてのはパーティを組んで倒すんだぞ。お前も知り合いがいないわけじゃないだろう。声をかけて仲間に入れてもらえよ」
「そ、それはそうなんですが……僕みたいなアブナイ奴と、組んでくれる人がいるでしょうか?」
こいつ自覚はしているのか、と意外に思うガルド。もう少し強く、パーティーを組むことを薦めようかと思ったが、それ以上言うのをやめた。代わりに生存率が上がるように、実用的な助言をすることにした。
「まあいい、ほら、ポーションだ。いいか? ポーションは外傷は癒してくれるが、失った血が戻るわけじゃねえし、疲労もとれん。ポーションを飲み続けても、いずれ疲労で動けなくなるからな。これは回復魔法でも同じだがな、過信するなよ。折角だから盾でも見ていけ。お前のその剣は本来は片手用だ。今のお前なら両手持ちでなくても扱えるだろ」
これまでマディスは両手で剣を扱ってきたが、今後、より強い魔物を相手にするときには、盾で守りを固めないと厳しいぞ、とガルドが指摘する。マディスはあまり気が進まなかったが、一応言われた通り、壁に陳列されている盾を眺めてみた。
バックラーと呼ばれる小型の丸盾から、中型のラウンドシールド、騎士が使うようなカイトシールドなど様々な種類のものがある。一つ、試しに手に取り、剣と合わせてみる。なかなか様になり、カッコ良かった。しかし、やはり重さが気になるのと、手荷物が増えるのが嫌で元に戻してしまった。するとマディスは後ろから声を掛けられた。
「もし……失礼ですが。少しよろしいですか」
呼びかけられ振り返ると、そこにはスッとした姿勢の女性が立っていた。女の背は高く、マディスとあまり変わらないぐらいだ。ローブを身にまとい、頭にはローブと揃いのフード、手には背丈ほどの長い杖をもっていた。
女は神官だった。ただマディスは奇妙に感じた。彼が見てきた聖職者たちは、みな真っ白な衣装を身にまとっていたが、彼女の身に纏う衣装は灰色で、ともすれば薄汚れているようにも見えたのだ。
「な……何でしょうか」
マディスは碌に顔を見ることもできず、俯きながら返事をすると
「あの……もしかしてそのお腰の剣は、呪われているのではないでしょうか?」
女がやや遠慮がちに尋ねると、マディスは何でもないことのように答えた。
「はい。確かにこの剣は呪われていますね」
マディスはそれが何か? と続けようとしたが、女の声に遮られた。
「やはりそうでしたか! それはさぞお困りでしょう! 私も未熟者なれど神に使える身! あなたに掛かった呪いを解いてあげましょう! 勿論、お代など結構ですわ!」
女神官は人助けができるのが嬉しいのか、やや興奮気味にまくし立てた。それを聞いたマディスは「なんですって!?」と驚き、顔を上げて大声で叫ぶように言った。
「この呪いを解くなんてとんでもない!!」