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呪剣士マディス  作者: 大島ぼす
第一章
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第11話 ガルド

 二人と別れたマディスは、口の中のパンを咀嚼そしゃくしながら直営店に向かった。色々と面倒を見てもらっている、と自覚のあるマディスは、一言店主にお礼を言うつもりであった。


 店に入ると、店主はカウンターの内側で作業をしていた。彼はマディスに対して、いつものように無愛想に言い放った。


「お前か。昼間から珍しいな」


 この一ヵ月、マディスは魔物を討伐してから、直営店に寄るのが日課となっていたが、昼間に立ち寄るのは初日以来だった。


「あ、あの、ガルドさん。今朝昇級しまして、今までずっとお世話になっているので一言お礼をと思いまして」

「ほう。そりゃ良かったな。こっちも商売でやってんだ。気にするこたあねえ。ん? お前俺の名前なんで知ってんだ?」

「支部長から伺いました。世話になっているのに碌に名前も知らないのか、と怒られました。すいませんでした。僕はマディスと言います」

「知ってるよ。お前、今じゃ有名人だからな。……それにしてもあいつめ。余計な真似を」


 マディスはガルドの口調から、彼がレオンとは、ずいぶん親しいようだと感じていた。レオンは腐れ縁だと言っていたが、支部長をあいつ呼ばわりするほどの仲とは、ひょっとしてガルドも冒険者としては高位の立場なのだろうか、とマディスはぼんやり考えていたが、それよりは、自分の話題の方が気になった。マディスは話を続けた。


「は、はい。先ほどテオさんとミロさんという方にも言われました」


 マディスは先ほどの経緯をガルドに話した。


「そうか。テオの奴はずいぶんお前をライバル視していたからな。あいつも農村の出身でな。半年前に鉄級に上がったんだが、なかなか筋がいい。ついこの間、念願だった鋼の剣を手に入れてすぐに銅級に上がってやると息まいてたんだが、お前が話題の中心になっちまって面白くねえようだな。ま、要するにお前に嫉妬してんのさ」


 聞けばテオの剣は、銀貨二十枚もする一品らしい。鉄級がゴブリン相手に使うような代物ではなく、銅級などの中級冒険者が使用するレベルの物だ。


「僕なんかに嫉妬なんて……」


 ガルドは謙虚を通り越して、卑屈になっているマディスに、励ましも込めて諭し始めた。


「普通はな、新人が毎日ゴブリン三十匹なんて狩れねえんだよ。今のお前の稼ぎは鉄級の上位層とさして変わらん。お前はもう少し自信を持て。あいつらの格好を見ただろう? テオなんて剣を手に入れるために無理をしたから碌に防具も揃えられねえ。おめえみたいに、革製でもフル装備の防具を持っているのは一部の奴だけだ。ま、冒険者として活躍するとこういうのは避けられねえ。せいぜい足を引っ張られないよう気をつけな」


「は、はい。それで今日からもう少し、奥に進んでみようかと思うんですが、何か必要なものはあるでしょうか」

「そうさな。特別に必要な物はないが、中層以上はオークが出てくるからな。あいつらの一撃はゴブリンとは比較にならん。少し割高だが念のためポーションを買っておけ」

「オークですか」

「オークってのはな、猪の獣人みたいな魔物だ。背丈は人間の男と変わらんが。俺みたいな筋肉質な体でな。攻撃もきついが、守りも筋肉と毛皮に守られて生半可な攻撃じゃあ通用せん。油断するんじゃないぞ。戦うなら必ず一対一だ。複数体なら逃げろ」


 そう言いながら、ガルドは棚から緑色の液体の入った、革ベルト付きの丸いガラス瓶を取り出した。大きさは握りこぶし一つ分ぐらいだ。


「これがポーションだ。一番等級は低いが、それでも有る無しじゃ雲泥の差がある。瓶付きで一本銅貨十枚だ。中身の補充だけなら銅貨八枚で済むから、空き瓶を捨てるなよ」


 そう言ってガルドは、ポーションを腰のベルトにつけてくれた。初めて見るポーションを不思議そうに見るマディス。聞けば、飲めばたちどころに、ある程度の切り傷や内出血ならすぐ回復するらしい。


 普段、冒険者が採取してくる薬草が原料らしい。迷宮に生える薬草には魔力が含まれるらしく、これを加工し、ポーションに仕上げるという。


 迷宮の奥に行けば行くほど、瘴気の影響なのか、薬草に含まれる魔力は濃くなり、最奥部で取れる薬草には、金貨数十枚で取引されることもあるという。それらで作られた最上級のポーションは、飲めばたちどころに致命傷すら直すというが、そういった物は王族などの限られた立場の者しか使う機会はない。


「オークだけじゃなく、ゴブリンも奥に行けば強くなるからな。気を抜くんじゃないぞ」


 そう言ってガルドはマディスを送り出した。


 ●


 直売店を後にしたマディスはその足で城門へ向かった。既に昼を少しすぎており、城門付近の人はまばらだった。マディスが門を出た後、検問所を見ると馴染みの衛兵がいた。マディスは迷宮に向かう前に一言挨拶していこうと近づいた。


「あの……」

「む、お前か。毎日精が出ることだな。感心するぞ」

「あの、いつもお世話になってます。まだ名乗っていなかったと思いますので。僕はマディスと言います」

「うむ。これは丁寧なことだ。私はカイウスだ。活躍は聞いているぞ」

「はい。実は、昇級しまして、これからはじめて中層に向かうんです」

「ほう、そうか。もう昇級したのか。まあ毎日狩りを続ければそうなるか。お前なら大丈夫だとは思うが気をつけろよ。あと揉め事を起こすなよ」


 そういってカイウスはマディスを見送ったが、その背を見ていると不思議と悪寒がした。


「何か嫌な予感がするな……」


 ●


 マディスは慣れた足取りで森への道を進んだ。森へ入ると、普段は表層部を行ったり来たりしてゴブリンを狩るのだが、今日は直進した。


 しばらくすると、不思議と森の雰囲気が変わった。どうやら植生が少しずつ変化しているようだった。さらに進むと立札があった。マディスは読むことができなかったが『これより中層』と書いてあった。


「そうだ。読み書きも教わらないと」


 ふと、レオンの教えを思い出すマディス。直進をやめ周囲を見渡すと、左右に小道が走っているのに気が付いた。この小道を行ったり来たりして魔物を狩ることにした。進んでから程なくして一匹のゴブリンを発見した。


 これまでの緑色の皮膚とは違い、青色の皮膚をしたゴブリンだった。青ゴブリンだとかハイゴブリン等と呼称されることもある個体だ。一般に迷宮の奥に行くにつれ、瘴気は濃くなり、これが魔物に影響を与えるらしく、皮膚の色に現れるのだという。青いゴブリンは緑ゴブリンより力が強く、危険な相手であった。


 マディスは剣を抜くと、一瞬で距離を詰め、ゴブリンの首を刎ね飛ばした。ゴブリンは迎撃する間もなく仕留められた。マディスの剣は日々の討伐と修練により、その鋭さを増していた。


 その後もゴブリンの一団を発見したが、これも難なく退けた。強いといっても、ゴブリンであれば今のマディスの相手にはならなかった。ゴブリンたちは反撃する間もなく、いずれも一撃で切り伏せられていた。


 しばらくゴブリン狩りを続け、十匹ほど討伐したところで正面に人影が見えた。一瞬、他の冒険者かと思ったが、悪臭と人間ではありえない毛深い体に、すぐに魔物だと気がついた。


「これがオークか……」


 オークは猪そのものといった顔で鼻の横には牙が生え、荒い呼吸をしながら口からは涎を垂れ流していた。背丈はマディスより少し低い程度だが、その全身は太く筋肉質で、ゴブリンとは比較にならぬ威圧感を放っていた。オークはマディスに気が付くと


「ぶおぉぉぉぉぉぉ!」


 と凄まじい雄叫びを上げて、猪のように突進してきた。マディスは突進を横に跳んで避けた。オークは木にぶつかって止まったが、すぐに体をマディスに向け直して攻撃の隙を与えなかった。


 オークはその太い腕を振り回しながら近づいてくる。マディスは剣を両手で肩に担ぐ態勢のまま、慎重に間合いを図った。これまで相手にしていたゴブリンとは、腕のリーチが比較にもならない。今までは敵の間合いの外から一撃で仕留めることができたが、オークの場合、リーチは剣の分だけマディスの方が優勢だが、安全圏からの攻撃は無理だ。こちらの攻撃が届く距離は相手からも攻撃が届く。


 マディスは攻撃の隙を伺い、じりじりと後退していたが、オークが再び突進の素振りを見せ動きを一瞬止めると、その隙を見逃さなかった。意を決して踏み込み、上段から首めがけて振り下ろした。隙を突かれたオークは、後退して回避しようとしたが、間に合わなかった。


(浅い!)


 これまでの首を跳ね飛ばしてきた感触とはほど遠いことから、致命傷ではないことを察知したが、マディスの剣は頸動脈を捉えており、オークは派手に出血して、傷口を両手で押さえていた。それを見たマディスは全力で渾身の振り下ろしを放った。オークは頭部にまともに受け、絶命した。


「やった……」


 マディスはほっと胸をなでおろしたが、後方からの気配を感じ取り振り返った。


「新手か! それも二体!」


 そこにはオークが二体、マディスを補足し戦闘態勢に入っていた。この状況であればガルドが助言した通り、逃げの一手だが、マディスにその考えはない。敵と対峙したマディスの頭の中には魔物を殺すことしかない。剣を拾ってから常に敵を殺せと呪いがささやいているのだ。自暴自棄に相手に突っ込んだりはしないが、不利を悟ったからと言って、敵を放置して逃げたりはしない。いや、できないのだ。これも呪いの作用の一つだったが、マディスは気づいてもいなかった。

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― 新着の感想 ―
マディス、良くも悪くも注目の的になってますね。 そして今度はオーク狩り。 ゴブリンとは一味違うが、 ここでマディスがどう戦うかで、 彼の今後に大きく響きそうですね。
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