第10話 若手冒険者たち
レオンと別れたマディスは、一階に降りてきた。今後のことを考えながら出口へ向かおうとしたところ、後ろから突然呼び止められた。
「よう!お前が呪いのマディスだろう!」
振り返ると、マディスとそう変わらぬ年頃の少年が2人立っていた。マディスを呼び止めたのは、栗色の髪をした短髪の少年で、腰にはやや不釣り合いとも言える、立派な剣を差していた。半面、鎧はつけておらず、防具といえるのは革の胸当てのみの軽装であった。
「不躾にすまないな。こいつがどうしても、お前と話したいみたいでな。昼飯には少し早いが、軽く食いながら話さないか?」
そういって、もう一人の金髪の少年が話を引き取った。彼は革の銅鎧に、左右に短剣を1本ずつ差し、斥候とおぼしき出で立ちであった。
社交性皆無のマディスは、他の冒険者と、これまでろくに話したことがない。しかし先ほどレオンに言われたばかりであるから、この申し出を素直に受けることにした。
「勿論です……ぜひご一緒させてください」
マディスは、精一杯愛想よく答えたつもりだが、笑顔がひきつってしまっていた。二人は若干気圧されながら、マディスを入口から見て左側の奥の空間に案内する。普段マディスは精算窓口で用を済ませると、さっさと宿へ引き上げるため知らなかったが、そこは酒場であった。昼間の為、酒の提供はしておらず、食事のみ扱っているようだ。
「ここはまあ、見ての通り酒場で夜は賑わうんだが、昼間は主に打合せや情報交換のための休憩所って感じだな。おっと自己紹介がまだだったな。俺は剣士のテオ。こっちの金髪が相棒のミロだ。よろしくな」
そういうと、テオは食事を三人分注文し、程なくして、パンにハムとチーズをはさんだだけの簡単な軽食が運ばれてきた。お前の分は俺らが持つから気にするな、とミロ。パンを片手にテオが切り出す。
「お前、昇級時の説明を支部長から直接受けたんだってな。どんなことを話したんだ」
「はあ……冒険者の役割ですとか、等級のことですとか。あとは何を目指すのかと聞かれました」
それを聞いて鋭い目つきでテオがマディスを睨む
「へえ。俺らの時は職員から事務的に説明されただけだったぜ。お前ずいぶん贔屓されてんだな」
「贔屓なんて。そんな……」
マディスは、テオから向けられる敵意ともいえる視線に困惑し、俯いてしまう。見かねたミロが助け舟を出す。
「よせよ、テオ。今日昇級したばかりの奴に絡んでもしょうがないだろ。悪く思わないでくれよ、ここ最近ギルドじゃお前の話題で持ちきりだ。お前の戦う様子を見た新人が、震えながら言ってたぜ、無表情で淡々とゴブリンの首を跳ね飛ばすってな。お前、首狩り族とか呼ばれてんぞ」
そんな風に話題になっているとは思わないマディスが、驚いた表情を見せる。
「情報通の間じゃ、銅級に上がるのも、そう長くは掛からないんじゃないかって噂だぜ。まあ、呪いで狂い死ぬ方が先か、昇級する方が先かで賭けの対象になってたりもするがな」
ちなみに賭け率は一対九で、一年以内に呪い死ぬ方が圧倒的に優勢である。他人事のように言っているがミロも賭けている。
「まあそういうわけで、このひと月、話題の中心になっているのはお前だ。こいつはそれが面白くないのさ。許してやってくれな」
テオは憮然とした表情でミロの話を聞いていたが、やがて切り出した。
「なあ、俺と手合わせしないか?俺も剣には自信があるんだ。お前も他の冒険者がどれくらいの腕なのか興味あるだろ?」
挑戦的な視線を向けるテオ。マディスはおどおどしながら答えた。
「で、でも、僕は呪われているから、練習用の剣とか装備できませんし。この剣でやるとなると……。実は僕、この剣を拾ってからずっと、殺せ殺せって呪いの声が聞こえているんです。ですからこの状態で手合わせをすると、テオさんを殺してしまうかもしれません……」
ここで初めてマディスに、今の状態で誰かと対峙した場合、相手を殺さず、手加減することができるのか、という疑問が生まれた。
それはさておき、マディスの発言を聞いたミロは思わず、「うへぇ…」と声を上げた。テオも呆気に取られていたが、さも、自分が勝つのが当たり前だ、と言っているような、マディスの態度に腹を立てた。
「おめえに俺が殺されるとでも?大した自信じゃないか」
今度は明確にマディスを睨むテオ。両者の間に再び剣呑な空気が流れるが、ここでもやはりミロが両者の間に割って入った
「おい、いい加減にしろよテオ。お前が負けるとは思わないが、新人を倒した所で自慢にならねえ。男を下げるだけだ。マディス、引き留めて悪かったな。俺らはもう少し話していくからもう行きな」
ミロは、これ以上二人を絡ませるのはまずいと思い、強引に話を打ち切った。
マディスはテオの敵意に辟易としていたので、渡り船と思い、ではこれで……と小声で言いながら席を立つ。そのまま足早に去ろうとしたが、ふと食事に手をつけていなかったことを思い出し、席に戻りパンを口に頬張り、去っていった。
それを見たミロは苦笑いしながら言った。
「あいつ結構いい性格してんな」
テオはやや攻めるようにミロに詰め寄る。
「ずいぶんあいつに優しいな。お前も支部長と同じで、あいつの方が俺より上だと思ってんのか」
「馬鹿言うなよ。あんなイカレ野郎に関わったってロクなことにならないぜ。ほうっておけよ。……まあ俺はあいつが昇級する方に賭けているから、簡単に死なれちゃ困るけどな」
満面の笑みでミロが答えた。
「いい性格してんのはお前だ」
テオが呆れながら言った。




