第1話 はじまり
大陸の西方に位置する中堅国家、ラディア王国の端に位置する地方都市ロドック。この街の西方には広大な森林が広がっていた。通称、大森林と呼ばれる迷宮化した森である。
この世界の各地には、人間に敵対する魔物たちを生み出す、迷宮と呼ばれる場所があった。詳しい原理はわかっていなかったが、学者や神官たちが言うには、地の底から生じる瘴気が、森や洞窟を、邪悪な者どもを生み出す魔境へと変貌させるのだと言う。
それ故にロドックは魔物の襲来を想定し、街の周囲を城壁で囲み防御を固めている。昼下がりの陽光に照らされたその城壁を、ぼろぼろのシャツと麻のズボンを身に着けた黒髪の少年が見上げていた。
「これが街か……」
ロドックは王国内の都市としては中堅規模であったが、城壁を備えた城塞都市である。その威容は故郷の寒村しか知らぬ少年を圧倒した。
「この街で生きていくんだ。冒険者として……」
少年はロドックから馬車で一日ほどかかる農村からやって来た。彼は貧農の六男で、この春十六歳になったばかりであったが、折からの不作でいよいよ食料が不足し、わずかばかりの金銭と、草刈り鎌だけを持たされて家を追い出された。
彼は幸運にも村を出てすぐ行商に出会い、その境遇に同情した商人が、馬車で街まで乗せて来てくれたのだ。
「元気出しなよ。兄ちゃん。生きていればきっと、良いことがあるさ。いつか心の底から笑える時がくる」
暗く落ち込んだ少年を、行商はそういって慰めた。世間のことなど何も知らない彼に、冒険者になりたいなら、街のギルドに行けばいいと教えたのも彼だ。
ロドックには冒険者たちを管理する冒険者ギルドがあり、常に魔物駆除要員としての冒険者を求めていた。
この世界にはこうした冒険者ギルドが存在する街が無数に存在する。彼らが日々、魔物を狩らなければ、迷宮から魔物たちが溢れ出し、世界は混沌と殺戮に包まれるだろう。
少年は、危険を承知で冒険者になることを望んだ。ただの農民に戦闘経験などあるはずもない。しかし彼は痩せ細り、背丈も平均程度だが、日々親兄弟から農作業を押し付けられ、力はそれなりにあった。
無学な彼は自分の命を的に懸け、生きる道を選んだのだ。
城門の前には検問所があり、そこには多くの人々が列をなしていた。少年もそこに並び自分の番を待つ。
「次の者」
衛兵が呼びかけ、少年が前にでる。衛兵は少年を一瞥すると問いかけた。
「この街の住民ではないな。住民でなければ通行税が必要だぞ」
「入るのにお金がいるんですか?僕は冒険者になりに来たんですが……」
「冒険者であれば、通行税は不要だ。冒険者志望の者は門からすぐにあるギルドがで手続きをした後に冒険者証を提示しろ」
そういって衛兵は木でできた鑑札を少年に渡すと、槍でギルドの場所を指し示した。いわれるがままにふらふらと少年は門をくぐり街に入った。
門の先は少年にとって別世界であった。大通りを無数の人が歩き、石作りの立派な家屋がどこまでも続いていた。
「人がこんなにいるのか……」
感動を覚えつつ呆然とただずんでいると
「おい、さっさと手続きを済ませろ。日没までに鑑札を返却しなければ不法滞在者としてしょっ引くぞ」
門の内側を警備している衛兵からどやされ、慌てて少年はギルドに向かって歩き始めた。
ギルドは石造りの二階建ての立派な建物で、隣には木造の作業場のようなものが併設されていた。入口をくぐると中は広く、壁に作られた掲示板には無数の張り紙がされており奥にはカウンターが並んでいた。広い空間だが、人は疎らであり閑散としていた。
いったいどこで手続きをすればいいのか、少年には見当も付かなかったが、ひとまず一番左端のカウンターに向かうことにした。職員が若い女性で話しかけやすかったためだ。
「あの……冒険者登録に来たのですが」
おどおどと、若干、挙動不審気味に声をかける。女性は少年をチラリと一瞥すると手元に視線を移し、何やら作業をしながら事務的に返答した。
「はい。承ります。まずはお名前をどうぞ」
少年は答えた。
「マディス。僕の名前はマディスです」
こうしてマディスは冒険者としての道のりを歩き始めた。
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本日は5話まで投稿します。