表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

8 仕返し

あのお茶会以降、お嬢様はディノの誘いをすべて断っているようだ。

当たり前だろう。


「王太子妃候補から、外されて可哀想だ」


そんな理由で交際を申し込まれて、喜ぶ令嬢がいたら教えて欲しい。 

紅茶を引っ掛けられるくらいで済んで、感謝して欲しいくらいだ。


(でも、もしまた、お嬢様が王太子妃候補に挙がったら………)


万が一、万が一があっても困るけど、

あの夢のように、私が、お嬢様から王太子殿下を奪ってしまったら?


保険が欲しい。


私がお嬢様の幸せを奪わない。という、保険が。


何か良い方法がないか考えながら、アトラス殿下の庭を歩き回る。

猫の本能なのか、意識せずとも目の前で跳ねるバッタに飛び掛かってしまう。

そして、気が付いた。


(私、王太子殿下に()()()()興味がないわ………)


興味がないのだから、お嬢様を幽閉する理由も、王太子妃の座を狙う事も無いのでは?


だって、何とも思ってないもの。


急に気が楽になった私を、急激な眠気が襲う。

一つ欠伸をして、大きく伸びをした。 

そして、気の赴くままに寝転び、惰眠をむさぼる―――。


*******


「またこんな所で寝ているよ………」


庭園に敷かれたレンガの上で、だらし無く白いお腹丸出しで、眠りこけている(エリス)をつまみ上げたアトラスは、呆れながらもその腕に抱いた。


「ディノ。 エリスの解呪はどうなってる?」

「魔道士が、毎日行っていますが、難しいようです。そもそもが、()()した魔法なので………」

「そうか………」


アトラスは、無防備に眠り込んでいる(エリス)の頭を撫でる。


なんの進展もないまま、ただ時だけが過ぎていく。



―――そんなある日、ビスク侯爵がアトラス殿下の舘を訪れた。

侯爵は、アトラス殿下に会うなり「(エリス)を引き取りたい」と言い出した。


設えの良い応接室で二人は対峙していた。

私はアトラス殿下の膝の上で、事の成り行きを見守る事しかできない。


侯爵からの提案を「まだ、解呪の糸口も見つけられない」と殿下は断るが、侯爵の方も「なんの進展もないのだから、一度私たちに任せて欲しい」と一歩も引かない。


睨み合う二人………。 


しばらくの沈黙のあと、私はつまみ出された。 侯爵が()()()には聞かせたくない話がある。と言ったのだ。


行き場を失った私は、お気に入りの場所で昼寝でもしようかと、中庭へと向かっていた。

そこで驚きの風景を見た。

あの『冷めきったお茶会』が開かれていたのだ。


青々とした芝生の上に設置された日よけの下で、見目麗しい令嬢と令息がテーブルを挟んでいた。


ヴァネッサとディノだった。 


二人は一言の言葉を交わさず、お互いの存在を無視するかのようだった。

ヴァネッサは小説を読んでいるようだったし、ディノは前回と同じように見当違いの方向を眺めながら、カップに口をつけていた。


彼らはいったい、何をしたいのだろうか?

心配になった私は、こっそりヴァネッサの足元に忍び寄った。

彼女が本をめくる、紙の擦れる音だけが定期的に聞こえていた。


「君はいったい何を考えている?」


ディノの、少し苛正しい雰囲気が伝わる。 

私は、お嬢様の足元でドキドキしていた。


「何も? 空虚なお誘いに付き合っているだけですわ」

カサカサと紙の擦れる音がした。 カチャリとカップの音もする。


「これはいったい何の真似だ?」

パサリと何かを投げた音がする。

「返事をもらえるまで、帰れない。と、従者が言っていたようなので。 仕方なく………ですわ」

「断るにも礼儀があるだろ」

あきらかに苛立っている。 あの、優男のディノが怒りを表している。

お嬢様はいったい何をしでかしたのだろうか。


カチャリと再びカップの音がした。


「見る必要も無いし、誘いにのる気もなかったので。 紙の節約よ」

フフン。と、斜めに顎をあげ、相手を小馬鹿にしているお嬢様の様子が目に浮かんだ。


瞬間、()()()()がした。


気がつけば、テーブルの上に飛び乗り、相手の、ディノの攻撃からお嬢様を守ろうとしていた。

だが、悪意の出所はディノではなかった。 

もっと後方、王宮の方からだった。

瞬時に防御魔法を放った。 猫なのに。 無意識だった。 何も考えていなかった。


「エリス⁉」


お嬢様の悲鳴に近い声が聞こえ、テーブルがひっくり返った。

「エリス! エリス! あぁ。エリス!」

お嬢様に、ひしっと抱きつかれ私は身動き一つできなくなった。 

よくよく見れば、どうやら()に戻った上に、裸のようだ。


「お嬢様、お嬢様。 放してください。私………」

必死に彼女の腕から逃れようともがくが、どこにそんな力があったのだろうか。と思えるほど、びくともしない。


騒ぎを聞きつけた人々が、集まってきた。 

勘弁してほしい。私は裸なのに。

それなのに、お嬢様はしっかりと私を抱きしめ離さない。


恥ずかしさに気が遠くなりかけた時、パサリと何かが頭に乗った。

柑橘系の爽やかな香りがした。


「ビスク嬢。 人目があります。 ひとまず室内に参りましょう」


ディノはそう言うが早いか、私をフワリと抱え上げた。

彼の上着なのだろう、私は騎士服で覆われていた。


**********


「なにがあった!」


取次もノックもなく、アトラス殿下が部屋に駆け込んできた。 その後ろにはビスク侯爵の姿もある。

「ビスク侯爵令嬢。 ケガはないか?」

「えぇ。エリスのお蔭で無事ですわ」


ソファーから優雅に立ち上がったヴァネッサは、アトラスにカテーシーをする。 

テーブルを挟んだ向かい側に立つ、ディノの肩が僅かに揺れた。


「それで………、エリスは?」

アトラスはキョロキョロと部屋を見渡している。 

彼は、人を探しているのだろう。 私はあなたの足元、視線を落とさないと気づけない。


「………」


二人の沈黙と視線で、アトラスは視線を落とす。 

そこには、ブリティシュブルーの猫がチョコンと座っていた。


「エリス………」


ガクリとアトラスの肩が落ちた。 わかりやすく落胆している。 

しかし、落胆したいのはこちらだ。 せっかく人間に戻ったと思ったのに、また猫だ。

人間に戻った理由もわからない。


いつの間にか、テーブルに上にお茶の支度がされていた。

各々が席に着いた後、コホンと咳払いが聞こえ、ビスク侯爵が話し始めた。


「殿下。 エリスを我が家に返していただきたい」

「いや。エリス嬢の安全を考えると、人に戻ってからの方が………」

「殿下。安全だと言っていた殿下の邸宅で、娘のヴァネッサは狙われたのですよ」


ビスク侯爵とアトラス殿下の言い合いが始まった。

結局、先程行われていた二人の()()の話し合いは、平行線だったのだろう。


アトラスの居城内は結界が貼られていて、悪意ある魔法攻撃は通用しない。

確かに、あの()()は、お嬢様のところまでは届かなかった。 

悪意の持ち主は、それを知らなかったのか。

それとも、あえて、お嬢様を狙ったのだろうか。


「殿下。標的はビスク侯爵令嬢です。 あの魔法攻撃の軌道は、令嬢に向かっていました」


淡々とした口調で、ディノが告げる。

「さすがに殿下の結界は破られませんでしたがね」

やや冷淡な視線をヴァネッサに向けた。


どうやら、お嬢様を守ったのは(エリス)ではなく、アトラス殿下の結界だ。と、印象付けたいようだ。


ディノの思惑に気づいたのか、そうでないのか。 お嬢様はとどめの一言を発した。


「それならば、エリスは()()に居なくてもよろしいわよね? 狙われているのはエリスではなく、このわたくしなのですから。 殿下の御手を煩わせわけにはいきませんわ。ねぇ。お父さま」


完璧なる淑女の微笑みをたたえながら、ヴァネッサは周りを見渡す。

ビスク侯爵は、笑みをかみ殺すのがやっとだった。


「では、参りましょう。 皆さま、ごきげんよう」


晴れ晴れとした微笑みと共に、ヴァネッサは軽快に歩みを進める。 

その腕には(エリス)をしっかりと抱えていた。 その後ろをビスク侯爵が続く。


誰も止める事ができなかった。 異様な静けさの中を二人と一匹が進む。

「馬車まで()()してくださる?」

ヴァネッサは、入口にいた衛兵に声を掛け、チラリと室内を横目で見やった。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ