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5 聖女・二

コンコルディア公爵子息ディノが、ビスク侯爵令嬢ヴァネッサに交際を申し込むことが決定した。


王命で………。


複雑な思いを持ったが、勝手ながら私は、安心した。

これで『王太子妃候補となったお嬢様から、()を奪う』という、あの予知夢は当たらない。


お嬢様が王太子妃候補に上がる事も、王太子妃になる確率も減ったのだから。

 

あとは、私が『聖女』かどうかだ。

夢でみた、あの『聖女』の高笑いが脳裏に浮かび上がり身震いする。

それに『攻略対象者』という言葉が、どうも引っかかる。


そもそも『もしも貴女が聖女だったら?』とは、どういう意味なのだろうか。 なにか、小説の題名のようだけど………。


国王が玉座から立ち上がり、裏手の扉へと向かった。


それを合図にしたように、王太子が続く。 

アトラスも私を抱いたまま、王太子の後に続き、裏手の扉へと向かっていた。

私は彼の肩越しから、項垂(うなだ)れ考え込んでいる様子のディノを眺めていた。


―――隣室に移動した国王は、ソファーに深く身を沈め、ため息をついた。


「それにしても、『聖女』とは………」


「わざわざ『聖女の知恵』なんて授からなくても、声くらいかけるのにね」

王太子のライモンドが、サイドテーブルに近づき、ピッチャーに入った冷たい水をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。


アトラスは私を肩に乗せたまま、窓辺に立ち窓枠に寄りかかっていた。

なんの気なしに、王太子を眺めていた私と彼の目があう。


「それで、その猫が、あの侍女?」

急に、興味深い視線を投げかけたライモンドが、私に手を伸ばしてくる。 

私は思わず、アトラスの背中に逃げた。

「ずいぶんと、好かれているじゃないか」

そう言って、ライモンドは楽し気に笑った。


「アトラス。 その猫が『聖女』であるなら、即刻処分せよ」


国王の発した言葉で、部屋の空気がピリリと凍りつく。

その国王の表情は、先程とは打って変わり、冷ややかだ。


「まぁ、そうだよね。王国を混乱に陥れた伝説の『悪女』だからね。 誰も、関わりたくないよ」

ただ一人、ライモンドだけは、我関せず。といった様子だ。


アトラスは、理解できていなかった。

「聖女の存在は、国益になるのではないのですか?」


いったい何時から()()に控えていたのだろうか。

隣接に続く扉近くに、年老いた魔法使いがいた。


「まさか『聖女』と言われる令嬢が現れる事になるとは思わず、アトラス殿下には話してはおりませんでした。長い話になりますが、よろしいでしょうか」


アトラスの頷きを、諾と解釈した魔法使いは、一つため息をついて、昔話を語り始めた。


王国を混乱に陥れた『聖女』

それは―――


今から百年と少し前、力を欲した神殿は、異世界の門を開き、一人の女性を導いた。

その女性が、珍しい光魔法の使い手だったこともあり、『聖女』として崇めさせることに成功した。


ところが、その彼女が『貴族学園に入りたい』と、言い出したことから混乱が始まった。


貴族学園に特別編入した『聖女』は、人心掌握術にたけているのか、聖女だからなのか、王太子をはじめ有力貴族の子息たちが、彼女の虜になった。


そして、彼らは自身の婚約者たちをないがしろにし始め、あろう事か、卒業時の舞踏会で一斉に、自身の婚約者に婚約破棄を言い渡したのだ。


王太子妃として、好き勝手に散財する『聖女』と、いいなりの王太子。

また、彼女を諌める事のできない王家。

それを良いことに、地位を高めようとする神殿。


必然的に、彼らを(よし)としない貴族が現れた。

彼らは王弟を担ぎ、聖女とその一団を王宮から排除した。


この混乱を収める為に王国は、かなりの年月を必要とした。と、言われている。


『聖女』が若き貴族令息令嬢や、資産家の若者達にもたらしたのは、自由恋愛への憧れと身分差への反抗だった。


時を経て、結婚は自由恋愛が主流となり、中産階級が台頭してきた。

一部の貴族と一部の平民の()は、取り払われた。

ただ、魔法は遺伝に依る所が大きいため、魔法貴族の嫡男や魔法騎士の家柄の子息は、魔力を持つ貴族令嬢との婚姻を望んだ。


追放された聖女とその取り巻きは、辺境の地でひっそりと暮らした。と、伝えられているが、本当のところはわからない。

彼ら一行は勿論、彼らの子孫達の消息は、跡形もなく消えていた。


―――国王は恐怖を感じていた。 あの『聖女』の子孫達が、再び王国を混乱に陥れようと画策しているのではないか、と。

私は身震いをした。 猫にされた挙げ句、聖女認定されて始末。なんて、冗談じゃない。

「ニャニャニャニャ」と、必死に抗議している私を見る国王の視線は、変わらず、凍てつく氷の(やいば)のようだ。


しかし、私が『聖女』だとしたら、どうなるのだろう。

お嬢様に悪意を持ったことは、勿論一度もなく、ましてや、私がお嬢様の婚約者を奪おうとするなんて、考えられない。

でも、あの夢の、お嬢様を見下す()は、『悪女』そのものだった。


どちらにしろ、私が『聖女認定』されてしまうと、命が無くなる事だけは理解した。


そして、万が一『聖女』が現れたとしても、国王は………、この国は、王族と『聖女』の婚姻を望まない事もわかった。


私は、ホッと胸を撫で下ろす。


それならば、お嬢様が王太子妃候補になったとしても、聖女により()される未来はこない。


「ですが陛下。この猫からは、伝聞に書かれるような『聖女の魅力』は感じませんな」


ホッホッホッと呑気な笑顔を湛え、(エリス)を撫でだしたこの魔法使いは、大変失礼な事を言い出した。


結果、聖女認定されなかったのだから、処分されない事が決定したのだが………、何故か不愉快だった。

ピンと張り詰めていた部屋の雰囲気が、一瞬で笑いに包まれた。


「アトラス。念の為に、神殿を調査しておいたら? 最近、聖女の話をよく聞くのも、誰かの画策だとしたら、面倒だよ」

笑い過ぎて涙目になっているライモンドの提案に、アトラスは小さく頷いた。

「そうですね。 それと、ビスク侯爵には、(エリス)の事を伝えておこうかと思います」


「なんで?」

「なぜ?」


異口同音の返事に、アトラスは思わず笑ってしまう。

「ビスク侯爵の不信を買うと面倒なので、巻き込んでしまおうと思いまして」

「なるほど。侯爵の騎士団にも協力が得られれば、心強いな」

「じゃ、僕は、聖女に攻略されないように、気を引き締めておくよ」


ライモンドは、口の端に笑みを湛え、私の頭を撫でた。


*******


石畳の上を、すべるように王族の馬車が走る。 侯爵家の馬車も揺れなかったが、アトラスの馬車はそれ以上だった。 

アトラスとビスク侯爵との面会が、ようやく叶った。 

侯爵の怒りは、只事ではなかったようだ。


「なぜ侯爵は、エリスを気にするんだ? ただの侍女じゃないの?」

私を抱え上げたアトラスが、恨みがましく見てきた。


アトラスには理解できないだろう。 私にもわからないのだから。 

ただ、ビスク家とエリュクス家には、()()()()()がある。とだけ、聞いている。


懐かしいビスク邸が見えてきた。 お嬢様は、元気にしているだろうか。












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