4 聖女
ビロードの絨緞が敷き詰められた会議室。
上段には玉座に座る国王と、その横には王太子が控える。
その下段に左右に分かれて、三大公爵家と近衛兵団より師団長とアトラス、それにディノが控えていた。 それと、アトラスの腕には猫が。
事件を起こした令嬢達が、彼らの前に並ぶ。
その横には魔道士達と、取調べに立ち会ったジジが控えていた。
「彼女達の言い分を伝えます」
そう前置きをして、ジジは話し始めた。
『異世界から聖女を召喚して、王子攻略のヒントを教えてもらうつもりだった』と。
国王の眉が、ピクリと動いた。
「なぜ、『聖女』なのか?」
尋ねるアトラスに、彼女達は答える。
「聖女様は、すべてを知っていらっしゃるからです」
彼女たちが参考にしたという小説は、確かに『聖女』が王太子妃になっていた。
しかし、それはあくまでも小説。架空の物語だ。
また、何故それが王子攻略のヒントになるのかが分からない。
「確かに古来、神殿にて聖女が預言を授かる事はありましたが、彼女達の魔法陣の魔力は禍々しく、聖なるものを召喚できたとは思えません」
「神殿を侮辱する行為とも捉えられます」
魔導士たちが、困惑しながらも補足する。
「やっぱり、イモリの尻尾とかヤギの心臓とか、端折ったのがいけなかったのかしら?」
「だって………気持ち悪いもの、仕方ないわよ」
令嬢たちが顔を見合わす。
「じゃ、誰に魔法陣の書き方を教えてもらったのか、思い出せた?」
アトラスが訪ねると、とたん彼女たちは黙り込む。
「申し訳ありません。思い出そうとすると、靄がかかったみたいに、ぼんやりするんです」
「そうみたいだね………」
彼女たちの様子を、観察していたディノが言う。
何かの魔法で、思い出せないようになっているようだった。
無理強いすれば、精神崩壊を起こすだろう。
「王子攻略って言っているけど、王太子妃になりたいの?」
アトラスの問に、彼女たちはクスクス笑う。
「そんな、王太子妃になんて、恐れ多くて………。 ただ、王太子殿下とお近づきになりたかっただけです」
「王太子殿下に名前を呼ばれるだけで、満足なんです」
なるほど、雲の上の王太子と友人関係になりたかったのだろうか。
私だって猫じゃなければ、第二王子とこんな至近距離で会うことはないだろう。
今、彼女たちは、王太子と距離的には、お近付きなれているので、ある意味成功した。と、言えなくもないが………。
結局、判明したことと言えば――――
ヴァネッサ嬢を『王太子妃候補から外す』事の協力を頼まれた彼女たちは、神殿の周りで『その人』を待っていた。
見返りは『聖女の知恵』。
しかし、気がつけば『聖女を呼び出す魔法陣』の方法が記された巻物を持っていただけで、使用方法はわからない。
仕方なく彼女たちは、見様見真似で魔法陣を作動させた………。と、いう事らしい。
肝心なところの記憶が一切ない。 随分と都合の良い『言い分』だった
アトラスが、小さく「痛っ」と声を上げた。
どうやら、私は彼の腕に爪を立てたようだ。
それほどまでに、彼女たちの言い分は腹立たしい。
しかも、彼女たちの言い分は、何度聞いても変わらない。
嘘はついていないようだった。
これ以上尋問しても、何も得ることはできないように思えた。
「君たちの処罰を言い渡そう。一年間、魔導士見習いとして、魔導士団に所属すること。以上」
尋問を諦めた様子のアトラスが、そう告げると悲鳴が上がった。
そりゃそうだ。
魔道士見習いなんて、魔物討伐の最前線に立たされる。
来る日も来る日も、魔物の生臭い体液を嗅ぐ事になのだ。
でもまぁ、あれだけの魔法陣を自力で完成させるのだから、魔力と知識は申し分ないのであろう。
「ニャゴニャゴ」
(よい、見せしめになるといいのだけど)
もう二度と、お嬢様が狙われる事がないように………。
泣き出した令嬢たちは、誰に声を掛けられることも無く、衛兵達に取り囲まれたまま、会議室を後にした。
このまま、魔導の塔に連れて行かれるのだろうか。
*****
なんとも言えない雰囲気の会議室で、残された人々が頭を抱えていた。
「今現在わかっている事と言えば、何者かが『ビスク侯爵令嬢』を狙っている。と、いう事だけでしょうか」
師団長の言葉に、国王が唸る。
「今後、王妃の茶会を取りやめるしか………、ないのか………」
王妃の茶会はいつの頃からか『王太子妃選びの場』として認識されていた。
当の王妃に、そんなつもりはさらさら無く、ただ、年ごろの令嬢に登城の機会と、社交の場を与えたいだけだった。
運が良ければ、家柄の良い異性との出会いもある。
「かといって、ビスク侯爵令嬢は王太子妃候補の一人ではある事は確かだ。 どうしたものか」
「かの令嬢にだけ、王家の護衛をつける訳にもいきませんからね」
そんな事をすれば、暗にヴァネッサ・ビスク侯爵令嬢が、王太子妃に内定した。と、言っているようなものだ。
沈黙が流れる。
「誰かが、ビスク侯爵令嬢の恋人になれば良いでは?」
ふと思いついたように、王太子が口を開いた。
「かの令嬢に想い人がいれば、少なくとも『第一候補』にはならないだろう。それに………」
と言い、一同を見下ろす。
「大事なのは、かの令嬢が狙われたのか、王太子妃候補者が狙われたのか。それとも、かの令嬢を候補者から外す事が目的なのか、を見極めるべきでは? 再度、候補と噂される令嬢が狙われれば、王家が対応しなければならないが、そうでなければ、侯爵家の問題だ。違うだろうか」
「しかし、だからと言ってビスク侯爵令嬢を見放すような事は………。 王城内で起きた事件ですし………」
と、師団長が異を唱えた。
しばし俯いて、考え込む王太子。
ふと顔を上げると「ディノはどうだろうか?」と、言い出した。
急に、王太子に名前を呼ばれ、ディノは驚いた。
「わっ………私ですか?」
「卿がビスク侯爵令嬢と恋仲になれば、万が一、彼女が標的であっても守る事が可能だろ?」
室内がザワつく。
確かに、彼がお嬢様と恋仲になれば、一石二鳥だ。 なれば………、だけど。
ただ、お嬢様が彼に恋をするかもそうだが、バレたら時が怖い。
理由が理由なので、侯爵もお嬢様も、納得はしてくれるだろうが………。
二人共、騙される事が大っ嫌いだ。